未知の模擬戦 20
「…ちょっーーと待ったぁぁ!!」
「っ!」
突如叫び声にも似た大声が響き渡った。俊輔の肩がびくりと跳ね上がる。声の主は秋山少年だった。彼は先程の戦いで回収していた瓦礫を周囲に浮かせ、大粒の汗をかきながらも俊輔を庇うように前に勇み出ると、彼女の上に容赦なく瓦礫を落とした。氷の結界は瞬時に凍結させ床へ弾き落とす。
「黙って聞いてればさあ!カワイイ顔して随分と上から目線じゃん!『氷の国』が文字通りの陰湿チームで、俺ビックリなんですけどぉ?!」
「貴方は秋山…だったかな。陰湿は褒め言葉として受け取っておくけど…今、話し中よ」
「関係ないよ、戦いの最中なんだからさ!えっと雪姫さん、だっけ?俺はこんなことしかできないけど、少しは相手して欲しいなあ〜〜!」
「本当に無駄なことを…こんなもの、全て凍って終わりなのに」
「ここでリタイアしたら怖ーいお方にシバかれるんでね…ほらほら、弱い俺を少しでもいいから強くしてよ、最強さん?!」
「最強ではないんだけど…そんなこと言われたら…少しは相手してあげないとね」
「あんがとーさん!どんどんいくよ!ここには氷も沢山あるしね!」
「氷に氷は…うーん」
秋山少年は全身震えながらも繰り返し凍った瓦礫と玉座の氷像を持ち上げて落とし続ける。氷像は砕け散り、瓦礫は氷結される度にその体積を増していくが、弾かれる一方だった。
瓦礫だけではない。徐々に彼の足元も少しずつ凍てつき始める。
「っさむ!なにこれ、距離とかカンケーないワケ?!ヤバすぎ…!クーラーいらずで羨ましいわ!」
「うん、水気があるならレンジは関係ないかも」
「範囲関係ないとか、この学校そんなんばっかかよ!参るねこりゃ…!というか、君、重くない…!?」
「!い、言っておくけど、私は平均体重だから。持ち上がらないのは…氷の質量じゃない?今はそんなに厚くしてないはずだけど…そう、氷のせい…わ、私は重くない…はず」
「ガーーーーッそれって何トン?!どんだけ重いんだよできるかあーーっ!!こんのチートめえーー!!」
「…うーん、チート…チートか…そうだったら、良かったんだけど」
秋山少年は凍傷を避けるために忙しなく足踏みをしている。彼の一連の行為が時間稼ぎだと理解すると同時に、いつの間にか近くまで来ていた海野少年が耳を寄せて小声で囁いた。
「…佐原井、十秒後、或いはあの女が秋山に仕掛けた時に防氷結界を奴ら中心に全力で展開する。結界の効果はわかるよな?例え瓦礫を落とすだけでも、秋山が攻撃を続けていればあっちの能力の出力…つまりは結界の耐久力が僅かでも落ちるはずだ。瓦礫が落ち続けてる箇所を狙え、一点突破で行くぞ」
「…っでも、雷は」
彼女まで、届かない───
その言葉の続きを言う前に、海野少年が不敵に微笑んだ。ミステリアスな青い瞳が今この瞬間は俊輔だけを見ている。期待してるかのように、信頼しているかのように。
期待されている…重い。なんて重いんだろう。その期待に応えられるか、わからないというのに。俊輔は呼吸すら苦しくなった。
それを安心させるかのように、海野少年が背中をさする。…温かい。ゆっくりと深呼吸をした。視界が少しだけ、明瞭になった気がした。
「大丈夫だ、落ち着け。自信を持てよ、倉良にも言われたんだろ。それに、お前はさっき、春戸先輩の焔の剣を壊している」
「…それはそう、だけど」
「お前の『雷』の瞬殺的な破壊力だけなら、ほかの能力者より桁違いだ。おそらく、湖礼よりも」
「でも、攻撃がさっきから通らないし、なんか絶縁体らしくて」
「絶縁体だろうがなんだろうが、負荷をかけ続ければ壊れる。俺の耐水耐氷結界もそうだったろ?」
「た、確かに…!」
「あの落雷を二回も受けたんだ、氷の結界の耐久は間違いなく落ちている。…佐原井、負けてもいい。ただ、どうせなら全力を出しきれ。あとで後悔するより良いだろ、その方が」
「わかった…ありがとう海野くん、やってみる…!あ、でも過度な期待はしないで欲しいと言うかなんというか」
「あーもうごちゃごちゃうるせえないいからやるだけやれ!!」
「はい!!」
───海野少年の結界は、二種類ある。一つは対象から身も守ったり身を隠す防御結界。もう一つは対象の能力に負荷をかけ閉じ込める結界。俊輔も授業で何回か防電結界を体験しているため、その結界の厄介さは身をもって理解していた。俊輔レベルなら能力を使うどころか、立ち上がることさえできなくなる。彼女は倉良少年との合わせ技とはいえ、海野少年の耐氷結界を力量差で上回り破壊している。せいぜい目眩程度か、良くても能力の低下程度の効果しか期待できないかもしれない。
「チートではないけど…水があればこんなこともできるのよ」
「へ…なにそれ龍?ドラゴン?ああ、さっきも水使ってなんか作ってたもんね。いやあ、精巧な作りですこと。で、それをどうする気??」
「もちろん、こう」
「っ、ああ───っ!わかってたけどしぬーーーー!!」
雪姫が右手で愛らしく狐の形を作り、何かを食べるように動かした瞬間。床に散乱している水から造られた小さなドラゴンを模ったような氷像が秋山少年に襲いかかった。
「防氷結界、展開!!」
その刹那、海野少年全力の防氷結界が展開され、彼女の周囲を透明な結界が包囲する。『氷』の能力を使う彼女には、相当な負荷がかかったはずだ。
「?!っあ…なに…この、何…!?」
彼女は苦しそうに目を見開き、ぐったりと車椅子にもたれかかった。苦しそうに海野少年を睨んでいる。結界内のドラゴンの氷像は、瞬く間に水へと戻った。
「間一髪助かった系?!」
「っし、効いたぁ!!」
「あ、あ、頭の中、が…きもちわる……海野、茂樹…貴方から、倒すべきだった…っ!凍れ…凍れ…ぇっ!」
「行けええええ!!佐原井いいい!!」
ピシピシと音を立てて凍てつく両の拳を前に向けたまま、海野少年が叫ぶ。
一呼吸つき、腕を前に向け拳を握り、彼女に向ける。
「氷の壁を撃ち砕け、俺の雷!墜ちろ!!」
「は、な…なにを…しているの転校生…む、無駄って、言ったのに…!」
「一発で駄目なら、二発でも!三発でも!!墜ちろおお!!!」
氷の結界を粉々に打ち砕き破壊するイメージを。
弱体化した今なら、壊せる。
(腕も、肩も、足もきつい…辛い!寒すぎて千切れそうだ…疲労も…!だけど、できるはず!俺の能力なら力を貸せ!!今ここで全部、出し切れ!!何のために訓練してるんだ!!)
轟音と共に空より出現した稲妻が、目が眩むような閃光を発しながら水の天幕を破り氷の結界に命中した。一度目は弾かれるように消された。二発目は墜ちてから消されるまでに少し時間があった。
そして三度目の『雷』は、今まで以上の轟音と勢いを伴い、氷の結界の一部分を貫いた。
「!?そ、そんな……絶縁破壊、したというの…!?」
「あとは本人だ!!」
「や、やった…!っごめんね、雪姫さ」
間髪入れずに腕に力を込める。あとは雪姫に雷を墜とすだけ。次の一撃で決まったはずだった…のに。
パタリ、と。視界に赤が散る。
「ん…ぁ……?」
「え…?」
何が起きたのか、わからない。この赤はどこから…?視界にそれを認めた途端、激しい痛みに襲われた。ごぽりと溢れた己の血で咽せ返る。呼吸が、できない。
倒れる直前に見た彼女は、酷く驚いた顔をしていた。彼女の攻撃では、ない?ということは…つまり───
「はーいストップ。これって、チーム戦なんだよねえ」
「ごっ、はっ…い、いき、が」
「が…っ?!こ、の…っ!くら、らぁぁっ!!」
俊輔が攻撃するよりも早く、倉良少年が雪姫の近くの水から剣を二本作成し、飛ばしていた。
一本は俊輔の胸に突き刺さり、もう一本は海野少年を貫いていた。湖礼少年と戦いながらも、なんというコントロール。
二人揃って不意打ちを受け、その場に崩れ落ちてる。体を貫かれた箇所が、熱い。意識が飛びそうになる。もう、これは…
「う、うわあああああ?!ふ、二人ともしっかりして…っ!ってか俺の方が残るパターンかー!」
───…ああ、ここまでだ…まあ、頑張れた方…だといいな──
秋山少年の悲鳴が、遠い。
「…っああ!!?あれ…い…痛く、ない…」
安全装置が作動したらしく、気がつけば体育館の待機場所にいた。貫かれた心臓がばくばくと落ち着かないが、血も痛みもなくなっていた。致命傷を負ったら回復する…すごい装置だと俊輔は感嘆した。ふと視線を横にずらすと、隣には海野少年がいた。
「倉良だ…あいつにやられた。あいつの攻撃を受けて安全装置が発動したんだ…ああ、初めての感覚で驚いただろ。色々、大丈夫か?」
「あ、うん…なんとか。すごいね、名無先生」
「伊達に保健医やってないよなァ…ああ、佐原井、よく夜都見の結界を破った。やっぱりお前は凄いよ」
「ありがとう……でも、俺、倒せなかった」
「…だが経験にはなっただろ。絶対に無駄にはならない。次に活かせる」
「…そうだね」
会話が途切れたのを機に、周りを見渡す。当然だが脱落した生徒達が揃っていた。もちろん白髪の真野真二もいる。彼は不機嫌そうにモニターを見ていた。他の生徒も大きな空中モニターを見ている。少し離れたところにいる焔の剣の春戸少年が俊輔に気付いて、笑顔でひらひらと手を振ってきた。…とりあえず苦笑いで返しておこう。
(自分を倒した相手なのに……!あ、秋山くんをあの場に残してきちゃった…というか湖礼くんと竹也くんの方はどうなって…?!)
俊輔も慌てて他の生徒と同じように空中モニターを見る。
戦闘はまだ続いていた。
『そうなんだよねえ、チーム戦なんだよね。二人ともお疲れ様、とりあえずお返しに雪姫はボクが倒しておくねー!えーい!』
『え…なんで湖礼がこっちに…きゃ、ああああ!!』
か、簡単に倒してる…!結界も…!
目にしたものは、倉良少年と戦っていたはずの湖礼少年があっさりと残りの氷の結界を風化させ、音速移動して雪姫本人に風を叩きつけて倒したところだった。それはもう容赦なく。一瞬で。
…シュン、という電子音が聞こえそちらを見やると、呆然とした顔の雪姫がいた。普段表に出てこない『氷の国』というだけあり、彼女を初めて見た者が多いらしく、訓練所は少しざわついた。「あれが氷の…」「事実は小説よりも奇なり」「というか、本当に女子の実験台の成功者っているんだ…」「どう接したらいいかわからん」「声…かけた方がいいのかな?」こんな具合に、不思議な雰囲気になっていた。
多数の視線に晒され、彼女の顔色が青くなっていく。…何か、声をかけるべきなのかもしれない。しかし…
(どうしよう…でも、今はあっちの方が…)
大会の行方を、見届けなくては。チームメイトはまだ戦っているのだから。
『こっ…コラーー!湖礼ーーー!!あたしの雪をよくもやったなーーー!?』
竹谷少年の『引力』で押さえつけれている天幕と床以外の全ての方向から、水の槍、水の鎖、水の
剣、水の矢…水で作られたあらゆる武器が、湖礼少年を目掛けて飛び交っている。湖礼少年はそれを空中でふわりと踊るように交わし、水同士をぶつけて相殺させていた。
『一瞬でもボクから目を離した方が悪ーい!それに、そっちもボクのチームメイト倒してるからおあいこでしょ!いやあ、お互い不意打ち得意で嫌になるよねー!竹也、あと一回、頼める?』
『っはい…それで、限界なんで…リタイアしますね…』
『ん!本当にここまでよく持ち堪えたね、上と下同時は疲れたでしょ!ありがと!』
『…まあ、大分…頑張って、薫くん。』
『うん!頑張る!』
全力疾走したのかというくらい汗が滝の様に滴る竹也少年に一つウインクをして、『風』で空中を駆け回る湖礼少年。
『はあああ…動くな水共ぉっ!』
竹谷少年が最後の力を振り絞り、水を固定する。乱舞する水の武器は、湖礼少年が指を鳴らした瞬間に形を崩して床に落ちた。湖礼少年はその隙に音速で倉良少年に近づく。
それを見届けて竹也少年が小さくリタイアを宣誓した。電子音と共に、疲労困憊の竹也少年が現れる。三人で小さくお疲れ様、と声をかけ合ってから再びモニターに視線を戻した。
『ああ、今のは「音」だね。マジ厄介』
『御名答!くらえ風速40/km!!』
『まあ見慣れてるし?本物はぁ、こっち!』
『っ分身…!』
『空中とか逃げ場ないけど大丈夫なん?はは、今度こそさよなら湖礼〜〜!』
『なんの!!もっかい!!』
『分身の分身の分身!』
『もう!しつこいな〜〜!』
『あんたもね!というか諦めなよ。もう水を固定してくれる子はいないし、地の利がこっちにある以上、勝ち目ないよ?』
『…そういうところもムカつくほんと。前から気に食わなかったんだよねぇ、ボクは』
『で、そんなんよりさ、どうやって勝つ気?音波は水の壁で届かないのに?風で切り裂いても元に戻るのに?どーーやって?』
『…』
『その「音」の力は確かに強力だけど、ここの水は消しきれないでしょーし、消されてもあたしが出せるから問題ナシ。風の塊をぶつけてくるやつも水の分身で躱せるしなぁ、タイミングも風が吹くからわかるし。勝ちの目なくね?リタイアしなよ、湖礼』
『……諦めない。諦めなくない〜〜!』
『はいはい、頑固者ボクちゃんめ!しゃーなし。もーちょい付き合ったげるから打開策がんばえ〜〜』
『ボクが頑張らないと…みんながここまで繋いでくれたんだから…!
ってわけで、大技、いっくよーーー!!』
『ほう、やってみたまえよ』
『…風よ、集まれ…巻き起これ嵐!!』
『っおおお?!スカート捲んな!…これは…どーすっかな。天幕の水が全部巻き込まれた…攻撃も…まあ巻き込まれるわな。ってか!できるなら!最初からそれやれよ!煽ってたあたしが馬鹿みたいに見えるじゃん!!』
『そうしたいけど、これ時間かかるしめちゃくちゃ疲れるんだよねえ…っ!まだ周りに見せたくなかったし、できればやりたくなかったよ…あ、あと君は馬鹿だよ?』
『湖礼コロス。もーさっさと水に全身を貫かれて終われ!連なれ水よ、全てを貫け!!』
『…この嵐を、超えられるなら、その時は…大人しく負けを認めてあげる!』
屋上はとんでもないことになっていた。吹き荒れる嵐と荒狂う一面の水。ここは荒れた海の上か?と思うほどに、青空も地面も見えなければ、本人達の姿を見つけることさえ困難を極めた。辛うじて音はクリアに聴こえているが、なにやらモニターの様子がおかしい。
「…ドローン、やられたか?」
「映像の乱れが酷いですね…多分、水でも被ったんじゃないですかね。」
「もっと丈夫な奴使えよな…変なところでケチるからこの学園」
隣で二人が冷静に分析していた時、モニターの映像が一度落ちた。




