未知の模擬戦③
「ハァ…ふう…いやーーーー!走ったね!未だ嘗てないほど廊下が長かったような気がするよ!肺がやばい!」
「は、ゲホッ…オエ…うう、吐きそう…湖礼くん元気だね…」
「お前体力なさすゴハァッガハッ」
(人のこと言えなさそう)
「…ああっ!?つい雰囲気的に走っちゃったけど今思えば『風』で普通に飛べば良かったぁああ!」
「頭になかったけどゲホッ…俺も、光速移動試せば良かった、な…ふう」
「自分の能力忘れてるとか!バーカバーカ!このバカどもがゲホゴハァッ!」
湖礼少年の悲鳴を合図に三人は即座に校舎の外を目指して全力疾走し、息も絶え絶え冷や汗ダラダラの状態になりながらも、なんとか校舎の外へと脱出することに成功した。脱出する一瞬だけ、三人の心は一つになった。───そのまま揃ってその場にしなだれるように座り込む。地面の冷たさが熱った体には丁度良くて気持ちいい…しばらく動きたくない…遠くで名無の絹を引き裂いたような悲鳴が聞こえた気がするけれど、きっと気のせいだろう。…気のせいであれ。
「う〜〜〜〜ん」
「湖礼くん?」
息も体も大分落ち着いてきた頃、湖礼少年が目を閉じて唸り始めた。彼にしては珍しく長考している。そして数十秒が経ったののち、決意をしたように目を見開いた。夕陽を浴びて宝石のエメラルドのように美しく光るその瞳が、一瞬だけ煌めいたのを俊輔は見逃さなかった。
「この白髪の彼はね、チームタイタンに入ってる真野 真二くん!半径30センチ以内なら自在に針を出せるんだ!」
「え……あ、あれ針だったのか。杭か何かと思った」
「…おい」
「場所の縛りはなくて、地面でも空中でも水中でも出せる。真野くんの半径30センチ以内ならね。針の大きさ、長さも自在に変えられるし、さっきみたいに白兵戦と合わせて連射もできるし…まあ奇襲に向いてる能力だよねえ」
「…チッ」
「流石に人体の中に針を出すのはまだ無理っぽいけど!」
「煩えわ、そろそろ黙れよ湖礼!やろうと思えばできるっつーのクソが……多分……つーか思考がえぐいっての…」
い、いきななり能力の詳細をばらしてる?!そんなことしていいの?!めっちゃ舌打ちしてますけど?!
思わず俊輔は真野と紹介された白髪の少年を見る。案の定、彼は忌々しげに湖礼少年を睨んでいた。まあそうなるよな…能力の開示は同じチームであるとか、お互いが納得した上でしか、しないはずだから。俊輔はもう少し終わりそうにない二人のやりとりをそっと見守る。
「わざわざ新人に能力の開示、ご解説どうもありがとう」
「いやあ、だってね?」
「ああ?んだ言い訳か?聞いてやるよ、話せ。納得いく理由をよ」
「今回は真野くんも下手打ったし、大会前なのに校舎に被害も出てるし、そのうちボクは間違いなく名無先生に怒られるだろうからね。これくらいの仕返しはいいでしょ〜〜?」
「…わーってるよ。はいはい悪かった、全部俺が悪かった!どうもすみませんね!それはそれとして、なんだあのバッドコントロールは。おい、お前だよ、お前。せいぜい模擬戦までにコントロールを磨いておくことだなこの新人が」
「え、は、はい…」
「真野くん感じ悪ーい」
「煩え。当日楽しみにしてるからな、じゃ」
そう言うと真野 真二は校舎に背を向け門の方へ向かって歩き出した。すれ違いざまの一瞬に再び舌打ちをされ、肩が反射的に跳ね上がる。このタイプは苦手だ…ヤンキーって怖い…今後彼とは相容れなさそうだ。
さて真野少年の後を追うように校舎を後にした二人は、その足で中等部へ向かう。松院寺松也の弟、松院寺竹也を探すために。湖礼少年曰く、俊輔と同じくオンラインではなく毎日授業を受けに律儀に登校しているため、この時間ならほぼ間違いなくどこかの教室にいるとのこと。
門を出てくるりと南西に回り、そのまま少し歩いたところに中等部はあった。狭いグラウンドと、高等部とさほど変わらない外観の校舎がある。
「着いたよ、ここが中等部!まああんまり来る機会はないとは思う!ボクもほとんど行かないなぁ」
「なるほど」
靴を来賓用のスリッパに履き替え、夕陽に照らされた廊下を並んで歩く。校舎の中もほとんど同じ構造のようで、ひとまず迷子になることはなさそうだ。俊輔はほっと胸を撫で下ろした。
「竹也がどの教室にいるかまではわかんないんだけどねえ」
「それはそうだよな…日によって授業内容も変わるし」
「そうだよね。とりあえず…カンで開けてみよっか!」
「カ、カン?!この局面で?!いやそれよりさ、湖礼くんの携帯端末で連絡した方が確実では?」
「よーし3-B君に決めた、ここから行ってみよーーーーー!!たーけーやー?いたら返事してーーー!!」
「聴いて!ちょっとは聴いて音の人!!」
湖礼少年は玄関から教室三つ分ほど離れた教室の扉をガラッと豪快に扉を開く。相変わらず豪快でなんという行動力。そして話を聞かない究極のマイペース。もうだいぶ慣れてきたけど。
(………あ)
「3-B」と書かれたプレートが吊り下がっている、教室の中。教室内を端から見渡していくと、一人分の影があった。よほど目立ちたくないのか、端の席でひっそりと息を殺し、カーテンに隠れるようにして座っている。ここからではカーテン越しの影しか見えない。
───まるで、見つけて欲しくない、とでも言うかのように。
「うーん、ハズレかあ。やっぱ一発目じゃ見つからないね、気を取り直して次行こ!」
「え?!」
「えっ、なになに?シュンスケ、どうかした??」
「か…彼では?あ、まさかの人違いだったり…?」
「え……あっ、ああっ!?本当だ!竹也ー!いるなら返事してよ!いやー、また擬装が一段と上手くなってるね。危なかった、シュンスケがいなかったら見逃してたよ!あ、今日は顔合わせにきたよ★」
(……何でいま、湖礼くんは気づかなかったんだ?音の能力を使えるのに?)
呼吸音は能力の範囲外?…実は視力が低めだったり?
(まあ、俺も特段目が良い方ではないけど)
いやしかし、こう、仮に、いくら存在感が薄めであったとしても、室内を見渡せばきちんと違和感を覚えるレベル…影はカーテンにちゃんと落ちているわけだし…俊輔が思考の海に浸る前に、静かな声が教室に響いた。
「薫くん、顔合わせって、誰と?」
カーテン越しに東院寺少年が口を開いた。
「東院寺センセは出られないかもだけど、竹也は参加するでしょ?リーンフォース」
「うん、出る」
「したら自己紹介しとこうねー!こっちおいで!ボクらがそっち行ってもいいんだけど」
影が動いた。椅子から立ち上がり、覆っていたカーテンを優しく横に除ける。見覚えのある顔だ。ついこの間まで、同じチームとして行動を共にしていた顔。
(松院寺先生と瓜二つすぎる…!身長は湖礼くんと同じくらい…?)
「竹也、こっちのお兄さんは新しくチームに入った佐原井 俊輔、『雷』と『砂』の能力が使えるんだよ!シュンスケ、この東院寺センセをまんま幼くした感じのこの子が竹也だよー!能力はなんと『浮力』&『引力』でシュンスケと同じトゥーフェイス!」
「浮力と引力…」
湖礼少年が二人の紹介をすると、東院寺竹也は頭を一度下げて、そして恭しく手を差し出してきた。その手を取って握手をする。
「よろしくお願いします、佐原井先輩。東院寺 竹也です。自分は兄と違ってあまり強くないので、たくさんご迷惑をおかけするかもしれません」
「こちらこそよろしく、えっと、竹也くんって呼んでもいい…?」
「ええ、呼びやすい呼称でどうぞ」
「ありがとう。えっと、俺もまだ強くないし、むしろ弱いし…なんというか、お互いに協力して頑張って行きたい、ね」
「はい」
ぎこちない俊輔の挨拶にも嫌な顔をせず、頷いてくれている。嫌な顔どころか、カーテンから出た時からずっと無表情。そんなところまで東院寺先生とそっくりなんだなぁ、としみじみ思った。そんな彼の手は、ほんのり暖かかった。
「いやー無事に顔合わせも終わって良かったよー。あ、今日21時からさっそく作戦会議する予定なんだけど、竹也大丈夫そう?」
「行けます。海野先輩の部屋でよろしいでしょうか」
「おっけおっけー★時間的にこのまま夜ご飯食べてから向かえば丁度良いね、ご飯行こうか」
「お供します。あ、そういえば今回兄は地球での任務があるので出れませんよ」
「…ん、やっぱりそうだよねえ。おっけ、教えてくれてありがと!」




