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PASS!  作者: 寛世
第3章
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未知の模擬戦②



◇検査室兼保健室◇


 通い慣れてきた校舎の白く長い廊下を抜けて、中でも一段と白い扉を数回ノックする。が、隣にいる少年は応答を待たずして横から大胆にガラッと扉を開いた。


「おっ邪魔しまーす★」

「し、失礼します」


 ノックの意味とは。


「はーい、いらっしゃ…ヤダ佐原井くんじゃない!?久しぶり〜〜!ホラこっち座って座って!湖礼はその辺のパイプ椅子使うか浮いてて…っていうかアンタどうぞって言う前に扉開ける癖、治しなさいってば。何回言ったらわかるのよ。さ、良くきたわね佐原井くん。元気にしてた?第三の地球(ここ)での生活にはだいぶ慣れたかしら?あ、お菓子食べる?」

「お、おかげさまで。あの時はありがとうございまし「それはいいのよ〜〜ワタシの仕事だもの!困ったことがあったら相談になるし、遠慮しないで頂戴ね。

それに今日の()()はちゃんとわかってるわ、湖礼もいるし───参加証ね?」

「は、はい…」

「先生なんかボクの扱い雑〜〜!」

「気のせいよ気のせい」

「ぜったいちがーう!まあ慣れたけどぉ」

「そういやアンタとも付き合いな長いわよねえ…アンタがこぉーんな豆粒の時からだっけ」

「そんな小さくないし!」


 ───相変わらずだ。

 俊輔は久しぶりに聴いたその声に、自分でも驚くくらいの安堵、安心感を覚えた。湖礼少年とのやりとりは、まるで親戚の叔母と甥っ子のやりとりでも見ているかのようで、ひどく落ち着く。なんだか懐かしい。相変わらず先生は綺麗で、性別も不詳だけど。


(……家族……家族は、今、どうしてるのかな)


 一瞬、心が重くなった。久しぶりに訪れた検査室兼保健室、そして不思議な保険医名無は、あの日あの時と何一つ変わらなくて。なんだか昔の記憶を思い出してしまった。


(…今は、そのことは考えないほうがいいな)


 名無は二人が入室するとすぐ椅子から立ち上がり、雑談をしながらソファーをすすめてくれた。有り難く腰をかける。ベッドとは違ってふわりと柔らかく腰が沈む。ふと横を見ると一人掛けだったため空中に横になりながら浮遊している湖礼少年が、名無が飲んでいたものを猫のようにじーっと見つめている。

 その視線に気付いた名無が得意げに口を開いた。


「フフ、気になる?これはね、玄米とレモングラスととうもろこしと枸杞と苦丁茶ブレンドよ」

「新作?!新作だーー!!」

「え…あの、俺そういうの、全然詳しくないんですけど飲み合わせ的には大丈夫なんですか…?」

「味は意外とイケるわよ、味は。特に変なものも使っていないし、健康にも良い…はず!」

「はず?!」

「名無先生ってたまに変てこブレンドしてるんだよね。体感ハズレも当たりも二分の一かな!はーい、飲む飲む〜〜!」

(すっごいチャレンジャー…)

「今二人分追加で淹れてくるからちょっと待…今変なのって言った?」

「変てこブレンドとは言った!」

「ハーッこの坊やは全く…別に良いけど」

(いいんだ…)


 ため息を吐きつつもひらひらと給湯室へ向かう名無を見送り、嫌な予感がして冷や汗が頬を伝う。


「二人分…?ああ、先生と湖礼くんのか」

「いやいやボクらの分でしょ!旅は道連れ〜〜ってね!あ、これって昔の人の諺らしいよ、二千年くらい前の…ん、三千年だったかなあ?」

「な、なんてこった!参加証を取りに来ただけなのになんかヤバそうなお茶を飲むことになるなんて!」

「まあまあ!まあ!休憩も必要だって!特に、()()()()()()()()()ね?」

「う……それは、そうなんだけど」


 そう…休憩の大切さは、俊輔自身が身を持って知っている。


 実はこの数日、能力(アビリティ)の力加減と自身の体力の限界を間違えて気絶、もしくは能力を行使した際の疲労により、行動不能状態を数回体験した。その度に教室のAIによって呼び出された海野少年か、その日に任務がなくたまたま手が空いていた同じチームのメンバーにより、寮の部屋まで回収&お届けしてもらうといった、ものすごく情けないことになっていたのだ。

 みんな口を揃えて「焦るな」「ゆっくりやれ」と優しく声を掛けてくれる。たまに鬼教官のように厳しくなる海野少年でさえ。

 しかしそう言われる度に、かえって言葉にできない焦りが重圧となり、能力の加減が上手くできない…という負のループに陥っていた。


「大丈夫、美味しい時もあるから!」

「…わかったよ。湖礼くんを信じる」

「やったー!そう来なくっちゃね★」


 とは言ったものの、言葉とは裏腹に体は拒否反応を示してしまもので。その証拠にほら、指が震えてきた。もちろん休憩の大切さはわかる。わかるよ。けどこれはなんか違くない?というか休憩じゃなくない?どちらかというと修行の類では???

 と言うのも、とてつもない色してたのだ、あの他称お茶という何か。一瞬、見間違いでなければ色が三層くらいに分かれていた上に、色々浮いていた。下は透明だった。問題は二層目からで、赤茶色っぽい濁りのある紅茶系の色をしていた。三層目にいたっては透明感のない泡立つ深緑と浮かぶ赤い実。仄かに香ってくる匂いは、柑橘系にスパイシーさを足したような……

 え、本当にお茶?


「はいお待ちぃ!サービスでダージリンの茶葉も足しておいたから!爽やかな香りに自律神経を癒されて頂戴!」

「あああ心の順番が整う前に来てしまった!しかもなんか頼んでないサービスまで!」

「水の比重を利用した見事なお茶でしょ?!綺麗よね?!わかるわあ!見惚れる気持ちもわかるけど、ここは、くいっと一思いに召し上がれ!」

「はあい、ありがとう先生!じゃ頂きまおええええ」

「はっ?!ちょ、ちょっと先生!?飲みながら吐いてるんですけど?!」

「な、なんて失礼な湖礼なの!?いくらなんでもこんなこと初めてよ!ワタシもひと口おええええ」

「先生まで?!なんだこの地獄!と、とりあえず洗面器…?!」

「「おええええええ」」

「ぎゃああああああ!!」


 こ、こんなんで休めるか!!

 俺はこんなの休憩って認めないから!!







 




「完全にミスったわあ……失礼……まさかダージリンがトドメとはね、色んな香りが混ざって……オェ……まだきもちわる……あ…ハイ、これ六人分の参加証…名前とチーム名と、枚数確認して…」

「先生、ダージリンだけじゃない、全部やばかったよ……味も……なんでさいしょ飲めてたの……?シュンスケ、ごめん…頼んだカクリ……」

(やめておいて本当に良かった!!)


 あの後。盛大にヤバそうなお茶を吐き出しながら床にぶっ倒れた二人の惨状を見て命の危険を察知した俊輔は、雷の能力で椅子五つ分右に光速移動し、洗面器を二人の前に置いて様子見し、落ち着いた頃合いを見てなんとか後始末をした。


(我ながらよく咄嗟に動けたな…)


 そして、改めて思ったことがある。これくらいの…約五メートル前後の距離なら、光速移動を使用してもあまり疲れなくなってきたということ。必ず成功するかはわからないけれど。


(これが参加証…)


 瀕死の名無から手渡された、薄く平たい透明なバンドのような参加証を見る。手触りはシリコンのように軽く滑らか。大文字の『P』の反対側に重なるように小さく『s』。チームの刻印だろうか?その下にチーム名が小さく記載されていた。


(チーム名『Pass』…うん、全部に入ってる。そういえば、なんか意味とかあるのかな?今度海野くんに聞いてみよう。えっと名前は…湖礼薫、海野茂樹、秋山環、東院寺松也、松院寺竹也、佐原井俊輔…きちんと六人分ある。ん?)

「東院寺竹也…?」


 小さな呟きだったが、音の能力が使える彼には関係ない。その名前を聞いた途端、さきほどまで屍のようにピクリとも動かなかった湖礼少年が勢いよく起き上がった。


「やっばい!紹介してなかった!えっと竹也はね、東院寺センセの弟さんだよ!普段は中等部で授業を受けてるんだけど、今回は参加するって!」

「えっと、それはいいんだけど…中等部?この大会って中学生も参加できるのか…?」

「うん、あんまり年齢は関係ないんだよねえ…ほら、そもそも能力者の母数が少ないからさ。なんなら条件付きだけど小学生も参加できるよ!じゃなくて、早く顔合わせしないと!大会まで時間もないし、作戦会議もしないとだし、とりあえずこのまま会いに行こっか★」

「え?!ちょっと、ま」

「はいはい、枚数合ってたならまた今度いらっしゃいね。ごめなさい、この時期は少し忙しいの。というのもワタシのカンじゃ、そろそろ次のチームが参加証をとりにくるから」

「名無先生のカンってけっこー当たるんだぁ、お暇しよっか」

「わ、わかった。あの、ありがとうございました!…また、きてもいいですか?」

「その参加証のことはわかってるわよね?それがある限り死なないから安心して……って、当たり前じゃない!待ってるわ、佐原井くん。初めての団体戦、学ぶことはきっと多いはずよ。頑張ってね!」


 別れ際にウインクを一つ寄越して、二人はぺいっと保健室兼検査室を追い出された。顔を合わせてちょっと笑い合う。


「先生、去り際は雑なんだよね」

「わかる。良い人なんだけどな」

「!あ、シュ」

「え?」


 ───刹那、湖礼少年が憂い顔で何かを告げる前に、()()()が俊輔の喉元に突きつけられた。


「な、なに…」


 突然の出来事に掠れた声しか出せなかった。咄嗟に動くこともできなかった。至近距離に人の顔がある。自身の髪が相手の髪に触れるほどの近さ。間近に白い髪と黒い瞳。わかることは、その瞳には明確に殺意が宿っているということだけ。


「湖礼、手ぇ出すなよ。()()()()()だ。で、お前、雷が出せるんだってな?」

「……」

「え、は、はい、一応…」

「じゃちょっと見せて貰おうかそのチカラ」

「は」


 白い髪がふわっと視界から消えた瞬間、カカカッというリズミカルな音と共に、服の首の部分の布と右腕の袖が()()で壁に縫い付けられててた。まるで標本のように。白い髪の男は片手で頭を押さえて露骨に溜息を吐く。


「よ、弱い……反応が鈍すぎるし、最低限の反撃もなし…状況理解能力も無い…これは期待できねえな」

「不意打ちしておいてなんて言い様!」

「は、ひよってんな〜〜普通に考えて不意打ち想定は当たり前だろ。まさか、敵がわんちゃんよろしくお行儀良く待ってくれるとか思ってんの?脳内お花畑か?そうなら海野、教育間違えたんじゃね」

「な」

「………」

「あーあ、『雷使い』が来たって聴いたから超期待してたのに。あわよくばスカウトもしようと思ってたけど、これじゃオハナシにもならねえ〜」

「は……」


 俊輔は空いた口が塞がらなかった。

 兵器としての彼の言い分は正しいのかもしれない。おそらく彼はいずれ来たるべき地球の奪還…地球での戦場のことを、言っている。それならきっと、彼は正しい。正しい、のだろうけど。


 それでも、理不尽だ。というかシンプルに腹が立つ。


(そっちは能力の扱い方に慣れているかもしれないけど、こちとら覚醒してから数ヶ月しか経っていないんだけど?!この間まで普通に地球で暮らしていた、ただの一般人なんだけども?!ようやく少しずつ周りの助けを借りて、この生活にも、能力の使い方にも、自身の在り方にも慣れてきたのに!まるで、まるで俺の努力が全く足りないような…あからさまに気落ちし馬鹿にするようなその態度!)


 俊輔は、キレた。久しぶりに。


「ふっざけんな!いきなり!!襲ってきて!!!言いたい放題言ってんじゃねえ!!これでも努力してるんだっつーの!大体お前は誰なんだーーー!!」

「っ?!」


 ───ドゴォ…ォン…

 刹那、怒号と共に天井から堕ちる閃光と轟音。

 イメージは目の前の男がビビるくらいの、死なない程度の(いかづち)を奴の真横に堕とす、それだけ!


 能力(アビリティ)は確かに発動した。しかし悲しいことにコントロールは上手くいかなかった。残念ながら男の真横ではなく、男が先程まで居た所が半径一メートル前後、焦げ跡になっている。男と俊輔はそれを見て同時に青褪めた。


(……やりすぎてる!!)

「おおう……」

「う、うわーーーー!?ストップストップ!これは流石に見逃せないってえ!ヤバいヤバいよ名無先生に怒られるボクが!!というか、校内での能力を使った喧嘩は御法度でしょ〜〜!?真野くんもやりすぎだよ!!ただのスカウトかと思ったから黙ってたのに!そういうことなら最初から外出ようよ!外なら大丈夫だからさあ!シュンスケはもちっと加減して欲しかったなぁ〜!」

「う、努力します…」


 珍しく大声と涙声で訴える湖礼少年に、二人の少年もたじろぎながら背中を押され、校舎の外へ走り始める。


「……や、やるじゃねえかよ…びびってねえけど」

「いや…あの……はい…」

「いいから!とにかく避難ー!」




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