8話 進捗確認
仕事帰り、商店街で惣菜を買うついでに、また唐揚げも買った。
レグが何度か「あの肉は?」と聞いてきたせいだ。
家のドアノブに手をかけた瞬間、中からレグ以外の声が聞こえた。
嫌な予感がしてドアを開けると、レグがベルクスにコーヒーを淹れていた。
一瞬、状況が飲み込めなかった。
「お前、なんでいるんだ! てか、何くつろいでんだよ!」
「これ美味いな」
「智也に教えてもらった」
帰ってきた俺を差し置いて、二人の会話だけが成立していることが、妙に気に入らない。
俺は無理やり二人の視界に割って入った。
「おう、久しぶりだな」
ベルクスは美味そうにコーヒーを飲んでいる。
俺が教えたコーヒーを、なんでこいつが先に飲んでるんだ。
「智也もいるか?」
「レグ、ちょっと待て」
レグは無表情のままこっちを見ている。
「……わかった。一杯もらうよ」
レグは頷いた。
「おい、レグラム。このコーヒー、魔界で売れるぞ。お前が作って、俺が売るのはどうだ。一杯二百ポイントやるぞ」
レグは少し考えて、その話に乗りかけた。
「レグ、やめとけ! そいつ、中抜きする気満々だ。……てか、何しにきたんだお前」
ベルクスはコーヒーをひと口飲んでから答えた。
「進捗をな、見にきた」
完全に査定しに来た上司の口調だった。
呼んでもいないのに、評価する側の顔だけは一人前だ。
ベルクスはレグを見て言う。
「順調じゃないか」
何をもって順調なのか、こいつと俺では基準が違いすぎる。
「順調? そもそも人間にするって、結局何すればいいんだよ。今は適当に教えてるけど」
「この調子なら問題ない。あと一ヶ月で終わらせろ」
一瞬、耳を疑った。
会社でも聞きたくない種類の締切を、なんで家でまで言われなきゃいけないんだ。
「は? 期限あるとか聞いてねーぞ」
「今言ったからな」
レグは自分のことを言われているのに、気にした様子もなく、俺の分のコーヒーを淹れている。
「人間にするって言うなら、せめて何したらいいかヒントぐらいくれよ」
ベルクスは肘をついて、こっちを見た。
「人間の価値観を覚えさせろ。あとドクロやめろ」
「ざっくりしてるな」
ベルクスはレグのほうに視線を向けた。
「おい、レグラム。人間界はどうだ」
「元上級天使がいた」
「まじか。やべーな」
相沢さんの顔が真っ先に浮かんだ。
「相沢さんのことか?」
「あ、もう帰らないといけねえ」
「待て、今の話だけ聞かせろ!」
ベルクスは窓際まで行きかけて、途中で振り返った。
「おい人間、あと二人頼めねえか」
「それは絶対に断る!」
こいつ、まさか俺を便利な委託先か何かだと思ってないだろうな。
「残念だ」
そう言って、ベルクスは窓のほうを向き直る。
広げた翼が棚に当たって、本が何冊か落ちた。
「ちょっと、落とすな!」
「じゃあな、レグラム」
「ああ」
そしてそのまま、お気に入りのプラモとスタンドライトまでなぎ倒して飛び立っていった。
「あいつ……」
窓のほうを睨んでいると、レグが俺の前にコーヒーを置いた。
レグを見てから、カップを手に取る。
さっきまで腹が立っていたのに、ちゃんと淹れられていることには少し感心した。
「俺が教えた通り、できたんだな」
ひと口飲んだ瞬間、危うく吹き出しかけた。
「何入れた!」
「これ」
レグの手には、酢の瓶があった。
人間の価値観を覚えさせろと言った本人が帰った直後に、これだ。
淹れ方は覚えたのに、味の正解だけがずれている。
「悪魔はバカ舌なのか」
レグは首を傾げた。
「もういい。ご飯食べるぞ」
レグはまだ、酢の瓶をじっと眺めている。
その様子を見ながら、俺は小さく息を吐いた。
あと一ヶ月。
俺はこいつを、本当に人間にできるのか。




