7話 外の世界
日曜日の朝。
「レグ、起きろ」
レグ用に布団を買って下に敷いているのに、目が覚めると、いつの間にか俺がベッドから追いやられて、その布団で寝かされている。
何度か怒ったが、まったく言うことを聞かない。
俺のベッドなのに、起きるたび立場が入れ替わっているのが地味に腹立たしかった。
「今日は出かけるぞ。外にも慣れたほうがいいだろ」
レグはベッドの上で起き上がると、無言のままこちらを見た。
「どこか行きたいところはあるか?」
「パチンコ」
「ダメだ!」
「じゃあ、Tシャツ屋」
「もういらない!」
レグは少し黙ってから、首を傾げた。
俺は大きくため息をつく。
「じゃあ、公園でも行くか。人も少ないし、変なことしてもまだごまかせる」
「わかった」
納得したというより、候補が尽きただけに思えた。
「用意しろ」
そう言って、自分も身支度を整える。
バッグを肩にかけて振り返ると、レグが見たことのないTシャツを着て立っていた。
「まあもう、ドクロなのは突っ込まねえけど、そのTシャツはどうした」
「ベルクスから買ったやつ」
「ああ、それが例のやつか。結構ダサいぞ」
レグはTシャツの裾を引っ張って、柄を確認していた。
「とりあえず今日は、俺が買ってやったやつを着ていけ」
「わかった」
返事だけはいい。
「ちなみに、そのTシャツ何ポイントだったんだ」
「五千ポイント」
「価値は知らんが、なんか高そうだな」
レグは部屋に戻ると、先日買ってやった無地のTシャツに着替えて戻ってきた。
「よし、じゃあ行くぞ」
レグは頷いた。
道中、翼は広げず、黙ってついてきていた。
ただ、俺のシャツの裾をずっと掴んでいる。
邪魔ではあるが、急に消えられるよりはましだった。
通り過ぎる人たちは、レグを見て一瞬だけ振り返る。
その視線が顔に向いているのか、俺の裾を掴んだ手元に向いているのかは、あまり考えないことにした。
それでも、今日はかなりましなほうだった。
このまま何事もなく帰れるかもしれない。
外に慣れさせるって、案外こういうことの積み重ねなのかもしれなかった。
昼間の公園は、人もまばらだった。
家族連れがちらほら見えるくらいで、今の俺にはちょうどいい。
変に目立たないよう、なんとなく外周を歩く。
「レグ、どうだ外は? 人間のこと、わかってきたか?」
「うん」
たぶん、わかってないだろうけど、習うより慣れろだ。
部屋にいるよりは、実際に人を見たほうがいいはずだった。
そのとき、後ろから聞き慣れた声がした。
「高瀬くん?」
振り返ると、相沢さんがスーツ姿で立っていた。
「あ、お疲れ様です! もしかして仕事ですか?」
「そうなの。急ぎの仕事が終わらなくて」
相沢さんはそう言ってから、レグのほうを見上げ、少し目を見開いた。
「……友達?」
「あ、そうなんです。ちょっと、知り合いで」
レグは、じっと相沢さんのほうを見ている。
俺は腕で軽く突ついて、小声で「挨拶!」と急かした。
レグは頭を軽く下げた。
相沢さんも不思議そうな顔をしながら、軽く会釈を返す。
そしてその目線が、そのまま俺の裾を掴んでいるレグの手元で止まった。
「あ、これは……日本がまだ慣れてないんだよな!」
俺は軽くチョップして、その手を払った。
レグは、なぜか苦い顔をしている。
相沢さんが、ぽつりと呟いた。
「……なんか似てる」
「えっ? なんですか?」
「あ、ごめん、なんでもない。じゃあ、急ぐから、また会社で」
「はい! お疲れ様でした」
相沢さんの後ろ姿を見送ってから、俺はレグのほうを見た。
レグは、まだしかめ面のままだった。
「レグ、どうしたんだ」
「あれ、元天使だぞ」
「は?」
頭が追いつかなくて、一瞬言葉が出なかった。
会社で普通に挨拶している相手が、急に別の何かに見えてしまう。
「元天使? ……それ、比喩とかじゃないんだよな」
「ああ。匂いが嫌い」
レグはそう言って、鼻を押さえた。
「マジかよ……。悪魔って、天使にも会ったりするのか?」
「いや。上級悪魔ぐらいしか会えない」
「へえ、上級だと会えるんだ」
「天使と合コンしてるって聞いたことがある」
「……今まで聞いた中で一番のパワーワードだな」
もう一度、相沢さんが去っていった方向を見る。
でも、もう姿はなかった。
レグを外に慣れさせるつもりだったのに、何も知らないのは俺のほうかもしれない。
レグを見ると、少し疲れているようにも見えた。
「もう帰るか?」
レグは頷いて、また俺のシャツの裾を掴んだ。
「さっきのやつ、弱ってた」
その言い方が妙に引っかかった。
「なんか言ったか?」
レグは答えなかった。
俺は握られたシャツの裾を見て、小さく息を吐く。
そのまま家へ戻った。




