21話 別れのとき
朝起きて、ベッドの中を覗いた。
レグが寝息を立てている。
まだいる、と思って、ようやく息を吐いた。
俺はパンを焼き、コーヒーを入れたところでレグを起こす。
パンの焼ける匂いがして、今日もいつも通りの朝みたいに思えた。
レグは寝ぼけた顔で台所に来た。
コーヒーを渡し、ついでに酢も入れてやった。
「今日あいつはいつ頃来るんだろうな」
「あいつ?」
「ベルクスだよ」
「夜だと思う。ベルクスは朝苦手」
「……そういうとこだけ妙に人間くさいな」
そう言って、パンをかじった。
「あとでコンビニ行くから、ついてこい」
「わかった」
今日はレグを一人にできなかった。
何が起きるわけでもないのに、そうしておかないと落ち着かなかった。
コンビニで、カップラーメンとお菓子をカゴに入れた。
なんとなく、高カロリーなものを多めに買った。
そうしておけば少しは安心できる気がした。
相変わらずレグは酢を持ってくるから、一本だけ買ってやった。
「あいつの持ってたあの機械、ほんとにあれで決まるのか」
レグは首を傾げた。
コンビニの帰り道、レグと並んで歩いた。
「そういやさ、昨日相沢さんに会っただろ。まだ弱ってたか?」
「弱ってた」
「そうか。何が影響してるんだろうな」
「近くに元悪魔がいたら影響する」
「えっ、じゃあ俺とかも?」
「智也はもう薄い。家族とか、恋人とか、近い人が強い」
「……恋人か」
この前のやり取りを思い出して、勝手に引っかかった。
「……俺じゃないよな」
「恋人なのか?」
「違います」
俺は眉をひそめてそっぽを向いたが、レグはまったく気にしていなかった。
ただ、コンビニの袋を覗いては、首を傾げていた。
レグが「唐揚げを食べたい」と言ったから、帰りに商店街に寄った。
お金を渡すと、レグは唐揚げを一袋買って戻ってきた。
唐揚げをぶら下げて戻ってくる姿は、最初に比べればずいぶん普通だった。
ほら、普通だよなって、誰かに言いたくなった。
帰るとラーメンを作り、唐揚げとお菓子をテーブルに並べた。
テレビをつけて、なんとなく一緒に見て過ごした。
いつも通りにしていれば、今日もそのまま終わる気がした。
夜、風呂から上がると、ベルクスがベッドに座っていた。
さっきまでの部屋の空気が、そこで急に途切れた気がした。
「よう」
俺は一瞬、立ち止まった。
「きたのか」
「朗報だ」
その言い方が、全然朗報に聞こえなかった。
「なんだよ」
レグもテレビから目を離し、こっちに来た。
「間引き期間が終わった。レグラム、魔界に戻っていいぞ」
「えっ! どういうことだよ!」
「人間にしなくても良くなったってことだ」
「おい待て、今さらそれはないだろ!」
「レグラム、魔界に戻れるぞ」
レグはベルクスを見ていた。
俺は口を挟む。
「魔界に戻るって、レグを人間にしようとしたり、悪魔に戻っていいって言ったり、勝手じゃないか!」
「知らねーよ。俺が決めたんじゃねーんだから」
俺はレグの顔を見た。
表情からは読めない。
「レグはどうしたいんだよ」
レグは少し俯いた。
ベルクスが口を開く。
「まあ、今日お達しが出たから。今日までなら、多分人間枠にもギリ入れられるとは思うぜ」
俺はベルクスへ向き直る。
「本当か!」
思わず大きな声が出た。
「多分な。……まあ、一応」
ベルクスは、例の機械を取り出す。
レグはその機械に指を通した。
「上が100で下が75だ。まあ、人間もいけるんじゃね」
ベルクスはいつも通りの軽さだった。
その機械を服の中にしまった。
「本当だよな。人間になれるんだよな……?」
「ああ、大丈夫だろう」
俺は笑顔でレグを見たが、レグは喜んでいるようには見えなかった。
さっきから安心しているのは俺ばかりだった。
そういえば、こいつから「人間になりたい」なんて聞いたことは一度もなかった。




