22話 また会おう
「レグ。お前は悪魔にも戻れるし、人間にもなれるって……」
「智也」
レグはそれだけ言って、黙った。
本当は、行くなよと言いそうだった。
でも、それを言ったらもう駄目な気がした。
「……レグ、お前が望むほうを選べばいいと思う」
俺は小さく息を吐いて、レグを見た。
「でも俺は、お前の人間の姿、似合うと思うぜ」
そう言うと、レグが初めて微笑んだ。
「人間は面白かった」
その言い方があまりにまっすぐで、俺は何も返せなかった。
少しの間、沈黙が流れた。
「じゃあ、行くか」
ベルクスが言った。
「えっ、レグはまだ決めてないだろ」
「帰りながら決めればいい」
「人間になるなら、ここでじゃないのか?」
「転生だ。俺は送り届けるだけだ」
「……じゃあ、この二週間は何だったんだよ」
「価値観を教えろって言っただろ」
俺は言葉に詰まる。
その横を、レグが通り過ぎた。
「行くか、レグラム」
「ちょっと準備する」
レグは寝室に戻って、自分の荷物を探っているようだった。
ベルクスを見たが、やつは相変わらず何も考えていない顔だった。
「おい」
「なんだ」
「お前は、俺がフェルガだったから、レグを任せたのか?」
「さあ。……でも、あいつは俺の店の上客だったからな。ドクロのTシャツ、馬鹿みたいに買ってたから」
ベルクスはそれ以上、何も言わなかった。
レグは少しの荷物を持って戻ってくる。
「レグラム、行くぞ」
ベルクスは窓から翼を広げ、羽ばたいた。
俺は、窓際へ向かうレグに声をかけた。
「……行くんだな」
レグは振り返った。
「ありがとう、智也」
そういえば、こいつに礼を言われたのは初めてだった。
少しだけ、視界が滲んだ。
レグも翼を広げて外に出た。
俺は窓際に寄って、レグに言った。
「レグ、またな」
レグが頷いた。
レグの後ろから、ベルクスが言った。
「レグラム、行くぞ。じゃあ、人間またな」
「お前は二度と来なくていいぞ」
二人はそのまま飛んで行った。
俺は見えなくなるまで、その姿を見送った。
最後に、焦げた匂いが残った。
レグと初めて会った日と、同じ匂いだった。
◇
翌週の土曜日。
朝から服を何度も着替えた。
レグにはまともな服を着ろと散々言っていたのに、いざ自分の服となると何を着たらいいのかわからない。
「地味かな。デートだからな。明るい色がいいか」
クローゼットから白いシャツを取り出したとき、Tシャツが一枚落ちてきた。
レグの気に入っていた、俺のサイン入りドクロTシャツだった。
「あいつ、これ忘れたのか。……取りに来るかな」
そう思ったあとで、取りに来る相手がもういないのかもしれない、と思って手が止まった。
Tシャツを拾い上げ、広げた。
自分で書いた「フェルガ」の文字が目に入った。
どう考えてもいらないはずなのに、もしレグが取りに来たとき、なかったら残念そうな顔をする気がして、結局元の場所に仕舞った。
取りに来るわけがないと思いながら、少しだけ取りやすい場所に置いた。
「あっ、時間だ」
俺はバッグを慌てて掴み、家を出た。
公園まで急ぐ。
待ち合わせ場所では、相沢さんがすでに到着していた。
「遅くなってすみません」
肩で息をしながら言った。
「大丈夫、時間ちょうどだよ」
相沢さんが笑った。
その後ろで、小さな影が少し動いた。
「ごめんね、今日この子がどうしても来たいって聞かなくて」
相沢さんの後ろから、小さい影が見え隠れする。
「前言ってた姉の子なんだけど、一緒にいてもいいかな?」
「大丈夫ですよ」
俺は言った。
相沢さんは、子供に向かって話しかける。
「ねえ、今日ちゃんと大人しくできる?」
「わかった」
その返事だけで、胸の奥が一回だけ跳ねた。
相沢さんの後ろから、小さい影がひょっこり顔を出した。
浅黒い肌に、まん丸の目。
Tシャツには、可愛いキャラクターのドクロがプリントされている。
この顔を、俺は知っている。
一瞬、息が止まった。
「レレレ、レグー!!」
公園中に俺の声が響き渡った。
相沢さんが目を丸くして、その小さい影が首を傾げた。
[終]




