2話 逃げられない
「レグ、お前普通に歩けないのか」
「ついてきてる」
レグは俺の少し上空を飛びながらついてきていた。
こいつに、ある程度の常識は通用しないようだ。
「お前、街中で見られたら騒ぎになるぞ」
レグを見ながら言った。
「だめなのか」
「ほら、降りてこい」
通りすがりの人が、一定の距離を保ちながら、俺とその右斜め上を交互に見比べている。
「やばいって」
レグを見上げたが、表情ひとつ変えず、ただ距離は保ったままついてくる。
歩くたびに、モーセの十戒のように人が避けて行く。
俺の顔の横で、ドクロ柄の靴がゆらゆら揺れていた。
「俺は知らねえからな!」
レグを指差しているところで、話しかけられた。
「ちょっと、お話いいかな」
振り向くと警察官が二人いた。
◇
財布の中身まで確認されて、ようやく解放された。
愛想よく頭を下げたあと、反射的に上を見た。
「お前、見えてないなら見えてないって言えよ!」
警察官が二人すぐさま振り返る。
俺は「へへっ」と笑って急いで立ち去る。
悪いことはしていないのに、俺だけが完全に不審者だった。
もう、家に着くまで何も喋らないと決めた。
「おーい」
後ろから声が聞こえるが、無視した。
何度か呼びかけられたが、前を向いてひたすら歩いた。
声が聞こえなくなったと思って、ゆっくり振り返る。
そこには、ついてきていたはずの悪魔がいなくなっていた。
「おい、レグ」
辺りを見回しても、いない。
「……帰ったのか?」
数秒待っても返事はなかった。
「ま、いっか」
急に足取りが軽くなった。
勝手にいなくなったレグが悪い。
スキップしたい気持ちを抑え、自分のマンションに着いた。
歩いて帰れる距離だから良かったが、このちょっとズレた距離はなんだったんだ。
まあいい。とりあえず、帰って寝たい。
ドアを開けて、ベッドに飛び込もうとした瞬間、目の前にレグが座っていた。
俺は、飛び込む格好のまま、空中で停止し、そのまま投げ出された。
床に転がったまま、数秒固まった。
「おい!」
すぐさま立ち上がり、こめかみを抑えながら、レグを睨む。
「お前、なんでいるんだ!」
「さっき見た」
「だからって来るなよ!」
「お前の居場所だろう」
「だから、俺だけの居場所なんだよ!」
大きなため息をついた。
街中で目立つのも最悪だが、部屋にいるのはもっと最悪だった。
「……もう無理」
とりあえず一缶飲まないとやってられない。
冷蔵庫には、昨日自分が買ったビールが、ちゃんと冷えていた。
缶を開けると、ひとりのはずの部屋に、もう一人分の気配を感じた。
それだけで、自分の部屋じゃないみたいだった。
振り返ると、目の前に、またドクロ柄の靴がさっきと同じ距離で浮かんでいた。
「背後に回るな! あと、そのダサい靴を今すぐ脱げ!」
レグはその場で靴を片方脱いだ。
片付いていない台所に、その靴が転がっていく。
「そこじゃなくて、玄関でだ!」
レグは宙に浮いたまま、もう片方の靴を脱いで玄関に置いた。
そして、こっちを見た。
「……とりあえず、歩け」
そう言って、俺はビールを一気に飲み干した。
たぶん今まで飲んだ中で、一番うまかった。
ただ、視界の端では、さっき放ったもう片方の靴を持ったままレグが浮いていた。
従っているというより、判断を全部こっちに投げている顔だった。




