18話 フェルガ様
「ベルクス、何で俺の家でくつろいでんだ」
「おお、人間」
ベルクスがベッドから起き上がって、台所に来た。
「レグラム、あのコーヒーくれ」
「いいぞ」
レグは当然みたいにコーヒーを淹れる準備を始める。
俺はベルクスを睨む。
「お前、何しにきたんだ」
「もうすぐだろ。見にきたんだ。調子はどうだ?」
「順調だとは思うけど……」
ベルクスは、目を細めてレグを見た。
「悪くはないな」
「あとは何が足りねーんだよ。数値とか出せねーのか」
ベルクスは前に出されたコーヒーを一口飲んだ。
「あるぜ、測る方法」
「えっ!」
「これで測れる」
手のひらサイズの、小さい機械みたいなものを取り出した。
「最初から言えよ!」
「聞かれてない」
言い返したかったが、言葉が続かなかった。
「……どうやって使うんだよ」
「おい、レグラム、指出せ」
レグは指を差し出した。
ベルクスはその指を機械に通す。
スイッチを押すと、ピーという音とともに、指が締めつけられていった。
「大丈夫なのかよ」
「大丈夫だ」
しばらくすると、その締めつけは止まり、数値が変わっていく。
「……なんか見たことあるな、それ」
一分もしないうちに、ピピピと音が鳴った。
指の圧がなくなり、レグの指から機械が外れた。
ベルクスが数字を確認した。
「上が85で下が57だ。まだ低いな」
「完全に血圧計だよな!」
「魔界でもらった」
「じゃ、血圧計と違うか……じゃないんだよ」
ベルクスは機械をしまう。
どう見ても血圧計なのに、その数字ひとつで笑えない話が決まりそうなのが嫌だった。
「それで、まだなのか」
「もうちょっとだな」
「これ、人間になれないとかあるのかよ」
「その場合は、破棄だ」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
次の瞬間には、勝手に声が出ていた。
「ベルクス!」
自分でも思った以上に大きな声だった。
その瞬間、ベルクスがひざまずいた。
「は、申し訳ございません。フェルガ様」
一瞬、誰も動かなかった。
部屋の空気だけが、急に重くなった気がした。
レグだけは、まばたきもせず俺を見ていた。
「ん? どういうことだ、ベルクス」
「……しまった」
ベルクスは立ち上がり、また椅子に腰掛けてコーヒーを飲み出す。
座り直したあとも、目を合わせなかった。
「ベルクス」
「その声で呼ぶな」
「おい」
ベルクスは俺をちらりと見た。
「お前は前の生では上級悪魔だった」
「は?」
レグが口を開く。
「智也はフェルガ様なのか」
「ああ」
ベルクスが答える。
俺は一瞬だけ思考が止まった。
当たり前だが、俺がフェルガだったという記憶はない。
レグは一度だけ俺を見た。
いつもと同じ無表情のはずなのに、何かを確かめるみたいな目だった。
それから寝室に行ってしまった。
「……え、俺、悪魔だったのか」
そんなはずない、と思った。
でも、レグやベルクスの妙な馴染み方を思い返すと、その言葉もすぐに弱くなった。
「二回前だがな」
「俺も、間引かれたのか」
「上級悪魔が間引かれることはない。自分で選んでる」
「……自分で?」
「そうだ」
言葉が一拍遅れた。
レグは寝室で何やら物音を立てていたが、やがて台所に戻ってきた。
手にはお気に入りのドクロTシャツを持っている。
「フェルガ様、ここにサイン」
「書かねえし、フェルガ様じゃねえ!」
ベルクスはコーヒーカップを置くと、窓際に近づく。
「じゃあ、人間。二日後だ」
「ちょっと、待て」
フェルガ様だの何だのより、二日後という言葉のほうが遅れて効いてきた。
急に、さっきまでのやり取りが全部笑えなくなる。
たった二日しかない。
ベルクスは翼を広げ、いつものように部屋の物をなぎ倒して窓へ向かう。
「毎回それやめろ! ベルクス!」
ベルクスの飛び方が一瞬だけぶれたが、振り返りもせず飛んで行った。




