14話 人間テスト
「よし、今日はテストをしよう」
朝、レグは寝ぼけた顔でこっちを見ていた。
「テスト?」
「今日は一人でやってみろ。俺はついてくけど、いないもんだと思え」
レグはじっと俺の顔を見つめている。
「いいな」
「わかった」
「よし。これは今日の生活費だ。三千円入ってる。好きに使っていい。でも、ちゃんと一日過ごしてこい。……じゃあ、始めるぞ」
レグは頷いた。
俺は少し離れた場所からレグを見ていた。
レグは迷わずドクロ柄のTシャツを手に取る。
「……違う。今日は無地」
レグは一度俺のほうを見たが、結局ドクロを着た。
その時点で、今日のテストに一抹の不安がよぎった。
レグはもう一度だけこちらを一瞥して、そのまま外へ出る。
俺も少し間を空けてあとに続いた。
レグは商店街を抜けると、パチンコ屋の前で足を止めた。
「だめだ」
物陰から小声で言ったが、レグはパチンコ屋の前から動かない。
通りすがりの人が、俺をちらちら見ていく。
俺は立ち上がって、ひとつ咳払いをした。
その瞬間、レグの姿が消えていた。
慌てて辺りを見回し、パチンコ屋の中を覗く。
レグはもう台の前に座っていて、隣のおじさんが札の入れ方まで教えていた。
慌てて中へ入ったときには、千円札はもう機械に吸い込まれていた。
しかも、レグの前の台が光り始め、玉がどんどん積み上がっていく。
レグはその様子をしばらく見ていたが、満足したのか、それ以上興味がないように席を立った。
隣のおじさんが何か言っていたが、レグはそのまま外へ出ていく。
止めなきゃと思うのに、俺は一瞬立ち止まって、ドル箱をちらりと見た。
それから、慌ててレグのあとを追いかけた。
レグはそのまま公園へ向かった。
時々しゃがみこんでは、ダンゴムシを突っついている。
横を通り過ぎる人が、不思議そうにレグを振り返った。
俺は少し距離を空けて、そのあとを追う。
レグは一度だけこちらを見たが、何も言わずにまた前を向いた。
やがてレグは、この前のパンケーキ屋に入っていった。
俺は背伸びをしながら店内を覗いたが、ガラス越しに見るだけで、結局中には入れなかった。
しばらく外で待っていると、レグが出てきた。口元にクリームをつけている。
バッグの奥で潰れていたポケットティッシュを取り出し、俺はレグに近づいてそれを手に渡し、すぐ離れた。
レグはティッシュを持ったまま、こっちを見ている。
俺は自分の口元を拭う仕草をしてみせた。
レグは同じようにティッシュで口を拭いた。
俺は小さく二回頷く。
ここで近づいたらテストにならない。
そう思っていたのに、口元のクリームだけは見過ごせなかった。
「何してんだ、お前」
声のしたほうを見上げると、佐藤がいた。
「こんな物陰に隠れて、大丈夫か」
しゃがんだまま見上げる形になっていて、自分でもだいぶ言い訳のきかない姿だと思った。
「……佐藤。今日出勤か」
「今度うちのチーム、コンペがあるからな。休日出勤だよ」
「そっか。大変だな」
「……お前、犯罪はやめとけよ」
「違う!」
俺は反射的に立ち上がった。
ただ、その時にはもう、視界の中にレグはいなかった。
「やば、俺急ぐから!」
「お、おう」
佐藤を置き去りにして、レグを探し回る。
すると、商店街の唐揚げ屋の前にいるレグを見つけた。何やら店員と揉めているようだった。
パチンコで千円、パンケーキで二千円使ったはずだから、きっと金がない。
急いでレグのところへ向かおうとした、そのときだった。
レグのそばに、さっきのおじさんが寄ってきた。
おじさんは笑いながらレグの肩を叩き、店員と何か話したあと、「また来いよ!」と言って去っていく。
気づけば、レグの手には唐揚げの袋があった。
「レグ」
俺は駆け寄った。
「唐揚げ、お金は……」
「さっきのおじさんが交換してくれた。勝ったからって」
「ああ、パチンコの」
おじさんの後ろ姿が、遠くに見えた。
「智也、一緒に食べよう」
「ん、ああ……。お土産か」
「お土産」
食べたいものを見つけるだけなら、前からしていた。
でも、それを持って帰ってくるのは、たぶん初めてだった。
それだけで、今日やらせた意味が少しはあった気がした。
「今日は頑張ったな。帰るか」
「わかった」
三千円の使い方としてはひどい。
でも、最後に唐揚げを持って帰ってくるあたりが、妙にレグらしかった。
こうして見ると、こいつにもだいぶ“選ぶもの”が増えてきている。
袋から漏れるニンニクの匂いに、腹が鳴った。
なんだかんだ、ちゃんと帰ってきたんだなと思った。




