13話 価値観
「ベルクス、何しにきたんだ」
「様子を見にな」
上空にいたベルクスは、俺たちの横まで降りてきた。
「レグラム、調子はどうだ」
「今日はポイントでお酢を買った」
「お金な」
ベルクスは顎をさすりながら、じっとレグを見ていた。
俺はベルクスに向かって尋ねる。
「おい、さっきの相沢さんのこと、お前なんか知ってるのか?」
「……元天使のことか? あれは最近、魔界で噂になっていた上級天使だ」
「最近? 相沢さんは二十代後半ぐらいだぞ」
「ふん。きっちり時間軸で過ごしてるのは、人間ぐらいだぞ」
ベルクスのその言い方が、妙に引っかかった。
「……なんで人間になったんだ?」
「さあ」
「さあって何だよ」
「それよりも、レグラムはまだ人間になりきってないぞ。大丈夫か」
そう言って、ベルクスはレグをじっと見つめた。
「あと、二週間だぞ」
二週間、と改めて口にされると、急に足元が現実に戻った気がした。
「仕事とか、色々教えてるぞ。あと何すればいいんだよ」
「価値観を覚えさせろ」
「それが一番わかんねえんだよ」
仕事なら教えられる。食べ方も、一応は教えられる。
でも価値観なんて、普段わざわざ言葉にするものじゃなかった。
ベルクスは翼を羽ばたかせ始める。
「おい、それだけで帰る気か!」
「頼んだぞ」
「価値観って何だよ! もう少し説明しろ!」
ベルクスはそのまま飛び去っていった。
「ったく、何しにきたんだ」
俺はレグに尋ねる。
「お前さ、相沢さんのこと知ってるのか」
「知ってる」
「魔界でも知られてたのか?」
「フェルガ様と一緒にいたから」
「そのフェルガ様って何なんだよ」
「上級悪魔。ドクロとかいっぱい持っててかっこいい」
「……そうか」
上級天使だの上級悪魔だの言われても、俺の中ではまだ、買い物帰りの相沢さんのほうがよほど現実味があった。
レグは、知っていることでも全部は話していない気がする。
聞き方が悪いのか、そこに意味を感じていないのかは、よくわからない。
「今日の夜はこれにしよう」
レグは酢を掲げた。
「いや、酢だけじゃ食べられないぞ」
「大丈夫」
「大丈夫じゃない。人間は、酢だけ食べたりしないんだ」
「飲む人はいる」
「そういう問題じゃなくて……。ほら、普通はやらないだろ。そういうのが、たぶん価値観なんだよ」
言いながら、自分でもだいぶ雑だと思った。
「わかった」
わかってなさそうな返事だったが、俺だってちゃんと説明できた気はしなかった。
二週間で覚えさせるには、あまりにしょうもない入口のような気もする。
自分では当たり前だと思っていたことほど、説明しろと言われるとうまく言えない。
もし人間にできなかったら、という思いが一瞬だけよぎった。
振り払うように、俺は頭を振った。




