12話 初給料
「ほら、これ」
レグは不思議そうな顔でそれを受け取った。
「これは何だ?」
「お金だよ。昨日働いただろ。その分」
「ポイントと同じやつか」
「まあ、そんなもんだ」
レグは両手でお札の端をつまみ、いろんな角度から眺めている。
昨日の仕事が千円分だったかはともかく、働いた実感くらいは持てるだろうと思った。
「これでTシャツは買えるのか?」
「もういらないだろ。それに、千円じゃ無理だ」
レグは首を傾げていた。
「使ってみるか。コンビニ行くぞ」
レグは頷いた。
コンビニに着くと、周りをきょろきょろ見渡している。
「このへんが飯とか飲み物だ」
俺は小声で説明した。
「なんか好きなの買ってみろよ」
レグは無表情のまま棚を見ていたが、パンコーナーのパンケーキの前で足を止めた。
珍しく、すぐには目を逸らさなかった。
それを見て、この前の店の甘い匂いを思い出す。
レグの様子を見届けたあと、俺は少し離れて書籍コーナーで雑誌をめくっていた。
すると、遠くから声がした。
「お客様、足りません」
嫌な予感がしてレジへ向かうと、台の上に酢が五、六本積まれていた。
「智也、交換できないぞ」
「すみません! レグ、酢はもういらない!」
俺は店員に謝って、酢を一本だけ買った。
レグはそれを持ったまま、少し満足そうだった。
「智也、これでコーヒー飲もう」
「俺はコーヒーに酢は入れないぞ」
そう言いながら、いつもの公園を通って帰っていた。
「高瀬くん?」
振り返ると、ショッピングバッグを下げた相沢さんがいた。
「あ、相沢さん」
「お出かけ? 前、一緒にいた友達だよね」
そう言って、レグを見上げる。
昨日の会社でのことは、もうどこにも残っていないみたいだった。
「はい、ちょっと出かけてて」
「……そうなんだ」
「相沢さんはショッピングですか?」
「うん、物欲を満たしたくなってね」
相沢さんは少し笑って、それから目線を落とした。
「子供がいるのに……って思っちゃうよね」
冗談っぽい言い方なのに、視線は下を向いていた。
「そんなことないです。息抜きぐらいしますよ」
相沢さんは少し間を置いてから、口を開いた。
「ありがとう。……会社の人はあまり知らないんだけど、子供は、実は姉の子なんだ」
「えっ」
「姉は病気で亡くなっちゃって。それで、今は家族で育ててるの。今日は母が見てくれててね。……なんとなく、高瀬くんには言いたくなって」
相沢さんはそう言って、かすかに笑ってみせた。
そう言われても、俺なんかでいいのかと少し思った。
それでも、とっさに口から出たのは——
「困ったことがあったら、言ってください」
それだけだった。
俺の後ろで、レグがぽつりと口を開く。
「弱ってる」
相沢さんがレグを見た。
俺は反射的にレグの口を塞いだ。
「な、何でもないです!」
相沢さんはきょとんとした顔をしていたが、「じゃあまた会社で」と言って去っていった。
「レグ!」
「なんだ」
俺はため息をついた。
「思ったことをすぐ口にするな。弱ってるって何なんだよ」
「わからないけど、弱ってる」
「そうなのか。……いや、普通に見えたけどな」
そう言ったのに、それで済む気がしなかった。
「弱ってる」という言葉がまだ引っかかっていた、そのときだった。
俺とレグの上に、黒い影が落ちた。
「ふーん、あれが元上級天使か」
見上げると、上空にベルクスがいた。




