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悪魔を人間にする方法 〜うちに来た悪魔は、常識だけがなかった〜  作者: 蒼


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11話 働いてみよう

 朝、レグにスーツを着せて、一緒に家を出た。


「今日、お前が会社に行くの、本当に大丈夫なんだよな?」

「大丈夫。魔力が効いてる」

「その言い方、怖いな」


 電車に乗って、会社へ向かう。

 周りの視線が時々レグに引っかかるたび、俺もつられて肩に力が入った。


 駅に着くと、会社までの道を歩きながら、レグに念を押す。


「レグ、昨日練習した内容、覚えてるよな。あれ通りにやるんだぞ」


 振り返ると、レグの姿がなかった。


「あれ、レグ?」


 辺りを見回しても、いない。

 少し迷ったが、このままだと遅刻しそうだったので、ひとまず会社へ向かった。


 朝礼が始まると、上司の隣にレグがいた。

 一瞬、心臓が止まるかと思った。

 何食わぬ顔で立っているのが、余計に腹立たしい。


「今日からこの会社に入る田中くんだ」


 昨日聞いた本名はあまりに馴染みがなさすぎて、俺が適当に田中にした。

 なのにレグは、最初からその名前だったみたいな顔で立っていた。


「よろしくお願いします」


 レグはそう言って、教えた通りに頭を下げた。


 順調だ。

 ちゃんと挨拶して、ちゃんと立っている。

 それだけのことなのに、少し安心しかけた。


「じゃあ、高瀬くん。しばらく田中くんの面倒を見てやってくれるか」

「わかりました。レ……田中くん、こっち」


 レグは大人しく俺のそばに歩いてきた。


「なかなか、いいじゃないか」


 小声でそう言うと、レグはこっちを見た。


「今日は、俺が言ったことを、ちゃんとやるんだぞ」


 レグは頷いた。


 思っていたよりも、レグは大人しかった。

 コピー機の前にもちゃんと立っていたし、紙も詰まらせなかった。

 ただ、気を抜くとトレイの上の資料がふわっと浮くので、そのたびに小声でやめさせた。


 頼んだことを終えるたび、レグは無表情のままこっちを見る。

 褒めてほしいのか、確認したいのかはわからないが、とにかく指示を待っているような顔だった。


 レグに次の仕事を任せ、俺は自分の資料作成を進めていた。

 すると、後ろから声をかけられた。


「高瀬、お前今日暇?」


 佐藤が周りをきょろきょろしながら尋ねてくる。


「珍しいな。なんだ?」

「仕事終わったらパチンコ行かねえ?」

「は? ……ああ、パチンコ……いいな」

「無性に行きたくなってさ。会社終わったら行こうぜ」

「いいぜ」


 佐藤が去っていったあとで、はっとした。

 頭の中が、少しぼんやりしていた。


「高瀬くん」


 今度は逆側から、相沢さんの声がした。


「どうしたんですか?」


 振り返ると、相沢さんの頬が少し赤くなっていた。


「……あのさ、高瀬くんってパチンコ屋さんに行ったことある?」


 その聞き方自体が、もうおかしかった。

 相沢さんが勤務中に、頬を赤くしてまで聞く話じゃない。


「……ありますが、ちょっと、すみません!」


 俺は走ってレグを探した。

 頭の中では、佐藤も相沢さんも、ついでに社内の全員までパチンコ屋に吸い込まれていく絵が浮かんでいた。


 給湯室に、レグの後ろ姿を見つける。


「おい、レグ!」

「智也。ここ、酢がない」


 レグはコーヒーを持ったまま、こっちを見た。


「酢はいらない! てか、みんなパチンコ行きたくなってんだけど」

「たぶん魔力の副作用だ」

「なんだよ、それ! 俺も途中まで効いてたぞ」

「成功してる」

「成功じゃねえ!」


 レグは首を傾げていた。


「その副作用、どうにかなんねーのか」

「他のことにできる」

「例えば?」

「スロットとか」

「……そこじゃねえ。その副作用って、今日だけ、ちょっとみんなパチンコに行きたくなるだけだよな?」


 レグは頷いた。


「頼むから、明日には戻しとけよ」

「わかった」


 いつも返事だけはすこぶるいい。


 そのあと上司にまで「高瀬はパチンコ、いくら勝ったことがある?」と聞かれたので、「負けてばっかりですよ」と返しながら、今日は会社中のパチンコ欲を抑えて回った。


「はあ、疲れた」


 うなだれて歩く俺の後ろを、レグがついてくる。


「今日は、仕事、どうだった?」

「楽しかった」

「そうか……」


 その反応は意外で、それだけで今日やった意味があった気がした。


「智也」

「なんだ」

「人間は何のために働くんだ?」

「……生活のためだよ。家賃とか飯とか。そういうことにしとかないと、やってられないし」


 レグは首を傾げていた。


「それに、お金がもらえるんだ。お前のポイントと一緒だよ」

「Tシャツと交換できるのか?」

「そうだぞ。働く気になったか」


 レグは大きく頷いた。


「高瀬くん、お疲れ様」


 そのとき、後ろから声がした。


「あ、相沢さん。お疲れ様です」


 相沢さんはレグを見て、何か言いかけてやめた。

 レグも、珍しくそちらを見返していた。


「二人ともお疲れ様。気をつけてね」

「お疲れ様です!」


 颯爽と去っていく後ろ姿を見送る。


「レグ、相沢さんって元天使なんだろ」

「そう」

「元天使とか悪魔って、見ればわかるのか?」

「わかる」

「ふーん。悪魔って、このへんにもいるのか?」


 レグは周りを見渡した。


「んー、あれ」


 レグが指差した先には、佐藤がいた。


「え、あいつ元悪魔なのか!」

「下級」


 いや失礼だろ、と思ったのに、少し納得しかけた自分がいた。


「じゃあ俺は?」

「智也はいっこ前も人間」

「いっこ前?」

「いっこ前しかわからない」

「ふーん、そうなのか」


 俺はレグのほうを見た。


「今日は頑張ったし、焼きそばにするか?」

「する」


 会社ではあれだけ厄介ごとに振り回されたのに、その返事で肩の力が抜けた。

 今日はもう、それで十分な気がした。


「よし、材料買って帰るか」


 そう言って隣を見ると、レグがかすかに笑った気がした。

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