初めての任務(1)
星の海は穏やかだが、新米士官のあいには何もかもが新しく刺激的だ。
立体ディスプレイを起動しては星系における乗艦や遷移点の相対位置を確認したり、星系を舞台に戦闘シミュレーションを行ってみたり、惑星の近くを通ればシートに固定されたモニターに映し、その姿を鑑賞するのだ。
「わあ、ブルドック隊長どの、綺麗な青い星であります!」
「波方少尉、これが氷巨大惑星というものだ」
「こおりきょだいわくせい?」
「うむ。氷巨大惑星だ」
あいの最近のお気に入りの宇宙食はホットココアだ。パウチを両手に持って甘くて温かいココアを口に含みながら、惑星を見飽きることがない。
派遣先でのあいの初任務は、戦線から離れた辺境での、旧型駆逐艦による輸送船5隻の護衛である。
旧型駆逐艦は全長約300m、全幅約30mの三角錐の形状をしており、三角錐の底に推進機が配置されている。武装は2次放射器が11門、前方を睨むように4列で艦体表面に艤装されている。4列のうち、1列のみ2次放射器が2門と少ないのは、シャトルを収納するシャトルベイの空間を確保するためだ。
シャトルは駆逐艦における人間の居住スペースを兼ねている。
銀河連合の艦船は全てMIによって操艦、運営されており、艦内外のメンテナンスや修理も全てMRU(保全修理ユニット)が行う。人間の乗組員は何百年も前に文字通りお払い箱となっており、当然、艦内は気密されてはいない。
だが、艦が自衛以外の戦闘を行うためには、ヒューマンファクターによる承認が必要である。そこで、人間が座乗する場合には、シャトルベイに格納したシャトル内のキャビンに滞在することになる。人間はお客様であり、その居住空間は艦橋でなく、客室なのである。
任務中は、駆逐艦の背中に収められた小さなシャトルのキャビンがあいの生活空間の全てである。
それはさておき。
輸送船団がこの名も無い星系の遷移点Aに出現したのは4日前のことだ。以来、船団はこの星系のほぼ反対側にある遷移点Bに向かって航行している。遷移点Aから遷移点Bまでは光の速さで5時間弱である。1Gの加速度で0.02光速まで加速、慣性航行、減速するなら、約18日間の旅程である。
ビイッ、ビイッ、ビイッ
キャビンにブザーが3回鳴り響き、駆逐艦MIの男性の声が続いた。
「機械類の艦隊が出現しました。巡洋艦5隻、小型艦5隻からなる小艦隊です」
立体ディスプレイが自動で起動すると、そこには敵艦隊が赤い10の輝点群として表示されていた。あいの乗る駆逐艦と輸送船団は向かって手前の青い6つの輝点群だ。戦力差は明らかであった。
「大変であります! 敵艦隊であります! このままでは輸送船団は全滅であります!」
「落ち着け。敵艦隊はまだまだ遠い」
「こんな辺境で敵艦隊に出くわすなんて、ウチの運、悪すぎ……」
あいは目を丸くして口元を手で覆った。
「慌てるな! 慌てるのは波方少尉の悪い癖だぞ!」
「そっ、そうだっ! いまから遷移点Aに戻ることはできないでありますか?」
あいの目が希望に輝いた。遷移点Aとは輸送船団がこの星系にやってくる際に通ってきた遷移点だ。
「――だめだな。既に帰還不能点を越えておる。今、反転して遷移点Aに向かう場合、遷移点Aの手前で優速な敵艦隊に捕捉されてしまう。これはお前とテイラー少尉が熱心に研究していた達成不可能ミッションそのものだな」
「そ、そんな……」
見えかけた希望があっさりと消えて、あいは肩を落とした。
「詰んだわ。ウチの人生、また終わった……」
「あまり深刻になり過ぎるな、波方少尉。『トムとジェリー』でジェリーになったと思え。 儂がブルドックになって助けてやろう!」
あいは自分がねずみになって、宇宙空間を猫から逃げ回る様子を想像すると、少し面白かった。
「それに、まだ詰んではおらんぞ。時間はたっぷりあるし、打つ手もある!」
「そうなんでありますか?」
あいは目をパチクリさせる。
「敵艦隊が出現した宙域はここから光の速さにして4時間の距離にある。敵艦隊は……5Gでこちらに向かって加速中だ。このままならば会敵するとしても6日後だな。それにシミュレーションと違い、輸送船に加速度1Gまでという制限もない」
駆逐艦MIが会話に加わった。
「現在、敵艦隊は太陽の手前を通って当艦と輸送船団を追撃するコースを取っています。この状況を踏まえて、当艦と輸送船団は、ただちに2.1Gまで加速します。2.1Gが輸送船団が出すことができる最大航行速度であると、敵に誤って判断させる目的です」
駆逐艦MIの冷静な声を聞き、あいはようやく落ち着いてきた。
「駆逐艦さん……、つまり、その、敵艦隊をおびき寄せるってことですか?」
「そうです。敵は巡洋艦5隻と小型艦5隻の小艦隊です。データベースによると、これらの艦は放射線による損傷を避けるため、太陽から0.3AU(AUは天文単位、1AUは太陽から地球までの距離)以内に近づくことはありません。我々は太陽を盾にできるようになるまで、2.1Gで加速航行を行い、敵艦隊を引き付けます」
ディスプレイを見ると、青の輝点群から青い線がゆっくりと伸び、赤の輝点群から赤い線が急速に伸びた。
「その後、理想的なタイミングで我々は3Gで加速を開始します。当艦MIの計算によれば、敵艦隊が0.3AU制限を破らない限り、我々は追いつかれる前に目的地である遷移点Bに到着することが可能です」
青い線の伸びるスピードが急に速くなった。赤い線は、太陽の周囲をおおうオレンジの領域に突入して、そこで止まり、点滅を繰り返した。
「その…理想的なタイミング…で、敵艦隊が太陽の反対側を通って遷移点Bに先回りする決断をする可能性はないの?」
「その場合でも、敵艦隊が我々に追いつくためには0.3AU制限を破らなければなりません」
駆逐艦MIの声は誇らしげだ。あいの人生はまだもう少し続くらしい。
「駆逐艦さん、ありがとう。少し元気が出てきました。いつ3Gで加速するの?」
「輸送船団が2.1Gまで加速度を上げるのを観測した敵艦隊の反応を見てからの判断となります」
輸送船団が2.1Gに加速したという情報が敵に伝わるまで光の速さで4時間、そのあとの敵艦隊の反応が輸送船団に伝わるまで、やはり光の速さで4時間である。
あいが眉をひそめた。
「宇宙戦争って、気の長い将棋みたいや……」
もしかしたら、輸送船団が2.1Gに加速するのを見た時点で早々に、敵艦隊が追撃ではなく、太陽の向こう側を通って遷移点Bへの先回りを決断するかもしれない。そうなったら、また最初から考え直しである。
「波方少尉、あと8時間はある。今のうちに寝ておけ」
「ブルドック隊長どの、私、眠くありません!」
「休めるうちに休むのも士官の仕事である!」
「……分かりましたであります」
あいはハーネスで体を固定すると、シートをフラットにして目を閉じた。数分後、駆逐艦の加速度が上がり、体がシートに強く押し付けられるのを感じたが、このくらいであれば、横になっていればどうということはなかった。




