初めての任務(2)
左手に宇宙の珍味、オケラルタ・ナボーナのパウチを握りながら、あいは立体ディスプレイであらためて戦場を確認した。輸送船団は惑星の軌道を示す円弧に近づいていた。
「ブルドック隊長どの、この線はなんでありますか?」
「この星系のガス巨星の公転軌道だ」
「がすきょせい、でありますか?」
「ガス巨星だ。太陽系でいえば木星や土星のような星だな。主に水素とヘリウムから構成される惑星だ」
「ありがとうございますであります!」
ディスプレイでは、輸送船団の進路を示す青い線は、ガス巨星の公転軌道を示す円弧を避けていた。
「どうして、ここを避けるでありますか?」
「うむ、よい点に気がついた。ちょうど、この位置にガス巨星がいるのだ。まっすぐ進むと危険なほどガス巨星に近づいてしまう。だから避けて通るのだ」
「分かりましたであります!」
あいは唇を軽く噛みながら、ディスプレイを凝視した。
今治空襲で一度死んだ身ではあるが、生き長らえるものならば、なるべく長く生きていたい、なにか答えはないものかと、あいは健気に思うのであった。
◇ ◇ ◇
「3Gでの加速を開始します」
駆逐艦MIの警告のすぐあと、機関が推力を上げた。
「敵艦隊の動きはありましたか?」
「波方少尉、また宇宙の物理学を忘れておるな。いま、我らと彼奴らの間には3光時の距離がある。こちらが3Gに加速したのを敵艦隊が観測できるのは3時間後だ。敵艦隊の行動の変化を、我々が観測できるのは、更にその3時間後だ。だから合計6時間、何もすることがない。お前は休んでおれ」
「そんなに眠れないでありますよ!」
約6時間後、敵艦隊の動きに変化が見られた。ディスプレイでは敵艦隊の予想進路を示す赤い線が更新されて表示された。遷移点の手前で、赤い線が青い線と交わっていた。
「う~ん。追いつかれてますよ……」
「敵艦隊が0.3AUよりかなり太陽に近づくコースを取っておるな。あれだけ太陽に近づくと放射線で損傷する艦も出るのではないか? 我々を殲滅できたとしても、費用対効果では、説明がつかんな……」
ブルドック隊長が考え込んだ。
◇ ◇ ◇
あいが立体ディスプレイで戦闘シミュレーションを行っているうちに時間が矢のように過ぎた。気がつくと敵艦隊は輸送船団のすぐ後ろにまで迫ってきていた。ディスプレイを戦闘シミュレーションから戦況へと切り替えた。
あの後、輸送船団は、一時的にではあるが、加速度をさらに4Gにまで上げていた。
敵艦隊を示す赤い輝点群は、もう少しで輸送船団を示す青い輝点群を攻撃できる位置にまで迫っていたが、最後の一歩を詰めることが出来ずにいた。
青と赤の輝点群は次第に遷移点Bへと近づいていった。
遷移点では光の速さよりも速く他の場所にジャンプできる。だが、そのためには、速度をほとんど0に落とさなければならない。いっぽうで、敵艦隊は遷移点でジャンプする必要がないので、速度を0にまで落とす必要がない。
とうとう、輸送船団は敵艦隊に追いつかれてしまった。駆逐艦は輸送船団の後尾へと移動した。追いすがる機械類艦隊の前に立ちはだかり、輸送船団の盾となる位置だ。
「波方少尉は2次放射器の使用を承認するか?(イエス/ノー)」
「イエス!」
駆逐艦MIがあいに対し、ヒューマンファクターによる攻撃兵器使用の承認を求めると、あいは即座に承認した。
機械類の艦隊のうち、軽快な小型艦5隻が先行し、輸送船団を猛追した。小型艦が駆逐艦を追い越そうとする寸前、駆逐艦は180度回頭し、2次放射器を続けざまに照射する。敵小型艦5隻のうち、3隻が爆散し、2隻が脱落した。
「敵は脆いでありますね」
「うむ。太陽に近づきすぎて既に損傷を受けていたのであろう」
対する駆逐艦の損害は極めて軽微だ。前方のシールドが30%強まで減少したが、再調整が行われ出力を取り戻しつつある。
だが、シールドが回復する前に、残った機械類の艦隊が追いついてきた。総勢、巡洋艦5隻だ。再び、駆逐艦が回頭し、2次放射器を浴びせかけるが、敵巡洋艦からも強力な放射器が照射された。駆逐艦の前方シールドがみるみるうちに減少し、再調整を行うが間に合わない。激しいが短い攻防のあと、駆逐艦は放射器のすべてを損傷し、攻撃能力を喪失した。
駆逐艦MIは生還の確率が限りなく0%に近づいた時点で、確実に敵艦を破壊できる戦術に切り替えた。駆逐艦はもっとも近い敵艦に対し、体当たりを敢行したのだ。敵艦は特攻を回避しきれず、2つの艦は華々しく衝突すると、巨大なプラズマの火球と化した。
プラズマが次第に冷却して赤い輝きを失い、宇宙空間が元の静寂さを取り戻すと、そこには、かつて駆逐艦が存在した痕跡は何も残されてはいなかった。
残りの敵巡洋艦4隻は、のろのろと進む輸送船団に殺到した。輸送船団が敵の放射器の射程に入るまで、もう間もなく……。
と、その時、輸送船団が忽然と宇宙空間から消えた。ついに、遷移点Bからジャンプしたのだ。敵の巡洋艦は虚しく遷移点Bを通過して行った。




