誰も見捨てない
プラズマが次第に冷却して赤い輝きを失い、宇宙空間が元の静寂を取り戻すと、そこには、かつて駆逐艦が存在した痕跡は何も残されてはいなかった。
「まったく、死ぬかと思ったであります!」
「うむ。だが、まだ安心できる状況ではないぞ!」
駆逐艦が敵の巡洋艦に体当たりする華々しい瞬間を、あいは遠く離れた安全な場所から眺めていた。
◇ ◇ ◇
さかのぼること、数日前。
「駆逐艦MIに提言。
駆逐艦からMIユニットを抜き取り、シャトルに搭載する。その後、シャトルは駆逐艦からスイムアウトする。駆逐艦と輸送艦隊は3G以上の加速を行い、遷移点Bに向かう。シャトルは小惑星を見つけて潜伏する。駆逐艦の操作は、シャトルから指向性の高いレーザー通信を用いて行う」
あいの提言に、駆逐艦MIは暫くの間、無言だった。
駆逐艦MIは、これまでに数多くの戦闘報告や自分自身の実戦経験から多くを学習していた。だが、あいの提言内容が、あまりにも学習事例とかけ離れていたために、うまく回答を生成することができなかったのだ。
駆逐艦MIは数分間、沈思黙考した。MIにとっては無限にも等しい、長い時間だ。
やがて、駆逐艦MIは
「艦隊に所属する艦船の装備を取り外すためには、艦隊総司令部の技術管理部への問い合わせが必要です」
と回答したが、艦隊総司令部は何万光年の彼方である。
(……駆逐艦さんは、MIなりに遠慮しているのかも知れん)
あいは少しずつ、MIの感情も分かってきたような気がしている。あいは駆逐艦MIの回答を、まったくの拒否ではないと解釈した。
「駆逐艦さん、技術管理部には後で問い合わせるから! お願いやから、ウチらと一緒に来て!」
「実行不可能です」
理解できない時にMIが口にする常套句である。だが、あいの心はもう決まっていた。
心が決まれば、あいの行動は早かった。MRU(保全修理ユニット)と呼ばれる小さな人の形をした作業ロボットに接続すると、これを遠隔操作して、駆逐艦のMIユニットを引っこ抜き、シャトルの貨物スペースに収納してしまった。
その後、駆逐艦が敵艦隊に気づかれないよう、ひそやかにシャトルをスイムアウトさせると、駆逐艦と輸送船団は3Gの加速を開始した。駆逐艦と輸送船団はみるみるうちに小さくなり、消えてしまった。
後に残されたシャトルは、敵艦に探知されないように、ゆっくり逆噴射をかけて減速している。
現実の「達成不可能ミッション」に直面し、あいが出した答えは、駆逐艦から人間というお荷物を乗せたシャトルを分離する、というものだった。
輸送船団が強く加速できない理由は、人間であった。人間の体は長時間の加速に耐えられない。慣性ダンパーは短い時間のあいだ、加速を和らげてくれる。だが、旧型駆逐艦に装備されている慣性ダンパーには使用できる時間、和らげることができる加速に制限があった。人間さえいなければ、輸送船団は加速を続け、逃げ切ることができるのだ。
それにもかかわらず、輸送船団が3G以上の加速を行っても、敵艦隊に捕捉されてしまう可能性を排除できなかった。そうなると、駆逐艦は輸送艦隊を守る盾となり、その結果、破壊されてしまうだろう。
あいは、駆逐艦MIが破壊されてしまう可能性をわかっていながら、それを見過ごすことがどうしてもできず、駆逐艦からMIユニットを抜き出したのだった。
◇ ◇ ◇
あいは大きくあくびをした。1日を生き延びることができて、あいは大いに満足だった。今日はもう、シートを倒して眠るだけだ。
ビイッ
キャビンにブザーが鳴った。
「波方少尉は本MIの質問を認容するか?(イエス/ノー)」
元駆逐艦MIがあいに聞きたいことがあるようだ。あいは眠い目をこすった。
「……イエス」
「駆逐艦から本MIユニットを取り出したことによる利益は何でしょうか? 本MIの解析では、駆逐艦から本MIユニットを取り出すことと、任務との間に明確な相関は認められませんでした」
「ソーカンって、なに?」
「本MIユニットを取り出したことは、任務に関係がないのではないでしょうか?」
あいは両手を伸ばしてあくびをした。
「ふぁ~~。たしかに輸送船団の護衛任務とは関係ないかも……」
「その場合、波方少尉が本MIユニットを取り出したことの合理的な説明がつきません」
「誰も見捨てたくなかったんよ」
「……」
空襲の夜。
浅川で妹の洋子を預かってくれた女性は、あいが川に沈み、流れてゆくのを助けてはくれなかった。そのことで女性を恨む気持ちは、あいには勿論ない。自分だって、炎に包まれる隣家の住人を見捨てて逃げた。どうしようもない現実が巨大な壁となって、あいの目の前に立ちふさがっていた。
だが、時間が経つにつれ、
(自分は誰も見捨てない)
(救える命はこの手にすくう)
(そういう人間でありたい)
とあいは強く思うようになった。空襲の夜の出来事が、あいの心の中で核となり、誰も見捨てない、という強い思いとなって育っていた。
「ウチは、駆逐艦のMIさんを見捨てるような人間になりたくなかったんよ」
「……」
「ウチの自分勝手な気持ちなのかも。でも、こうやって駆逐艦のMIさんとまたお話できて、ウチは嬉しいわ」
「実行不可能です」
「ありがとう、って言うとけばええんよ」
「……」
満足感からだろうか、あいはMI相手に饒舌になっていた。
MIはそれ以上、なにも話しかけてこなかった。あいはいつの間にか眠ってしまっていた。




