達成不可能ミッション
あいとオリバーは艦隊戦闘シミュレーションにハマっていた。
今回の作戦の目的は「護衛艦1隻で民間の輸送船5隻を無事に星系から離脱させること」であった。
壁に埋め込まれたモニターに同心円状の星系図が映し出された。大きさの違う4つの同心円は、それぞれ惑星の軌道を示している。
「この星系には……惑星が4つ、あるんだね」
と、オリバーは腕を組む。あいも横に並んで腕を組む。
「時計の文字盤でいうと、7の位置に我々の艦隊、4の位置に敵の艦隊がいる。我々の目的は12の位置にある遷移点だ」
「敵は巡洋艦5隻と、小型艦5隻だ。多いね……」
あいが唇を軽く噛む。何かを考える時の、あいの癖だ。
「――今すぐ出発しよう」
「うん!」
目標の遷移点まで約5光時の距離、輸送船のだせる加速度は1Gである。1Gで加速を続け、中間地点を通過後に1Gで減速を続ければ9日で遷移点に到着するハズだ。
輸送船団は1週間の間、何事もなく航行を続けたが、8日目には敵艦隊が背後に迫った。敵艦隊は5Gの加速度で加速・減速できる。輸送船団が遷移点に到着する前に捕捉されてしまったのだ。
「輸送船団が遷移点に到着するまで半日。それまで持ちこたえれば――」
オリバーが自信なさげに言葉を濁した。戦力差は歴然としていた。
あいとオリバーの駆逐艦は、輸送船団を守るため、一番うしろの位置を航行していた。そこに敵艦隊から小回りの利く小型艦が前に進み出てきた。2次放射器の射程距離に入るのは時間の問題だ。
ビイッ
駆逐艦MIがヒューマンファクターに攻撃の承認を求めるブザーだ。抑揚のない男性の声が響いた。
「テイラー候補生は2次放射器の使用を承認するか?(イエス/ノー)」
「イエス!」
◇ ◇ ◇
結果は、惨敗であった……。
「……やられちゃったね」
「これは……無理だよ。戦力差が大きすぎる」
オリバーが首を振ると、柔らかな髪も揺れた。その悲しげな様子を、あいは言葉もなく見つめた。
小型艦の攻撃はなんとかはねのけたものの、その後、敵の巡洋艦5隻に寄ってたかって攻撃され、駆逐艦は破壊されてしまった。輸送船5隻も遷移点に到着する前に、敵に破壊されてしまった。
「これは、いわゆる達成不可能ミッションというものだ」
それまで、何も言わずに横で見ていたブルドック隊長が口を挟んだ。
「達成不可能ミッションでは勝てるかどうかよりも、なにを優先するか、いつ撤退を決めるか、どうしたら被害を最小化できるか、が重要になる」
「今の場合は何が正解だったのでしょうか?」
「正解はない!」
ブルドック隊長が腕を組んで言い切った。
「これまで、このシナリオで勝利した候補生はおらぬ!」
あいもオリバーも唖然としてしまって、開いた口が塞がらない。
「現実の戦場ではこのような、どうしようもない状況も起こりうる、という教訓を与えて、候補生に自分で考える力を付けさせるために、このシナリオは用意されておるのだ」
あいとオリバーはしばらく黙っていた。
「――でも、教官。作戦の立案から実行まで、艦隊MIがやってくれます。僕たちはヒューマンファクターとして攻撃の承認をするだけだと思います」
オリバーが口を切った。
「うむ。疑問はもっともだ。だが、ヒューマンファクターはMIに対し、提言という形で意見を述べることができる。人間の視点で考えたことをMIに伝えることも、ヒューマンファクターの重要な役割である!」
ブルドック隊長の声が厳しくなった。
「それを忘れず、日々精進せよ!」
「……分かりました!」
オリバーは悔しそうである。あいはその横で
(オリバー君、悔しい時はこんな顔するんだ……)
と観察していたのは、もちろんオリバーには内緒である。
あいとオリバーは、その後も、同じシナリオに繰り返し挑んだ。太陽を盾にしようとしたり、やってきた遷移点に戻ろうとしたり、船団をいくつかに分けてみたりした。だが、結局どの場合でも、最後は敵艦隊に捕捉されてしまったのであった。
達成不可能ミッションのような意地の悪い課題もあったが、それも含めて、あいとオリバーにとっては艦隊戦闘シミュレーションは、学びが多く、楽しい時間であった。
近所でも有名な将棋少女であったあいは、特にこの遊びに夢中になった。時間を見つけてはオリバーを誘ってシミュレーションに没頭した。まるで乾いた土が水を吸い込むように、あいは宇宙戦の理解を深めていった。
あいは座学と演習を通して、銀河連合が行っている戦争、兵器体系、戦術について学んだ。10歳の子供なだけあって知識の吸収の速さは凄まじく、おなじタイミングで傭兵協会にリクルートされた新兵達のうちで最も優秀な成績で錬成過程を終えた。
◇ ◇ ◇
あいは棚から銀河連合の文字で「オケラルタ・ナボーナ」と書かれた宇宙食を取り出した。棚には大量のオケラルタ・ナボーナが残されていた。オケラルタ・ナボーナは、お汁粉の粉っぽい食感と甘さに、お酢を加え、くさやで少し香り付けしたような宇宙食だ。
当然、新兵達には人気がない。
あいはオケラルタ・ナボーナの封を切り、口にくわえて、内容物を頬張った。
「舌の上に甘酸っぱさと粉っぽさが広がり、じんわりとした生臭さが後を追いかけて来て鼻を突き抜け、やがて頬の中で渾然一体となって広がってゆく……」
「あいちゃん? どうしちゃったの?」
両目を閉じて、あいはオケラルタ・ナボーナを味わった。
「ああ……。疲れた時はやっぱりオケラルタ・ナボーナだ。オリバー君もどう?」
「――僕は遠慮しとくよ」
オリバーが食い気味に遠慮した。
「粉っぽくて、甘くて、酸っぱくて、ほんのり臭みがあって、すごく美味しいよ」
あいがオケラルタ・ナボーナを差し出すと、顔は笑いながらもオリバーの腰は引き気味だ。
「……その組み合わせがダメなんだよね」
「なんやら、残念やねえ」
宇宙の珍味を口いっぱいに頬張るあいの幸せそうな表情に、オリバーは微苦笑だ。
◇ ◇ ◇
夜。あいはひとりで、石造りの橋の上に立っていた。
映画『哀愁』と同じ白黒の世界。
(あの夢の続きだ……)
橋の上を歩いてゆくと、探していた男性の姿があった。
男性の広げた両手にあいは飛び込んだ。
長く、熱い抱擁。
冷たい石造りの橋は消え失せて、鮮烈な青空と緑の草原が広がっていた。
あいは顔を上げてその人の顔を見た。
その人は――
「――あいちゃん! あいちゃん!!」
オリバーの茶色の目と目があった。
「オリバー君? あれ? ここどこ? 草原は?」
「こんなところで寝ると、風邪ひくよ」
周りを見ると、そこは兵員輸送船の食堂だった。自分でも気が付かないうちに眠ってしまっていたらしい。
「――もう!」
あいは唇をとがらせた。
「オリバー君、もうちょっとで顔が分かったのに!!」
「ふふ。 ごめんね。どんな夢を見てたの?」
「言わん!」
あいの体に夢のなかで男性に抱かれた熱さが残っていた。なぜか恥ずかしくて、微笑むオリバーの顔を見ることができず、真っ赤になったあいはオリバーに背中を向けた。




