甘い宇宙食
あい、オリバー、ブルドック隊長の3人は薄暗い部屋にいた。
部屋の中央に設置された3次元投影装置、通称ディスプレイに2群の輝点が浮かび上がった。あい達のすぐ目の前の青い輝点群は銀河連合の艦隊、ディスプレイの奥のほうの赤い輝点群は機械類の艦隊だ。
現在のディスプレイの端から端までは1光時、つまり光が1時間で到達できる距離だ。ブルドック隊長によると、味方の艦隊は0.02光速まで加速を続けるという。0.02光速はディスプレイの端から端まで50時間で移動する速さだ。
光学スキャンによって得られた敵艦隊の規模などをオリバー、ブルドック隊長と議論しているうちにあっという間に2時間足らずが過ぎ、敵艦隊が動き出した。どうやらセオリー通り、敵艦隊はまっすぐ向かってくるようだ。
「教官、どうして機械類は常に正面から攻撃を仕掛けてくるのですか?」
オリバーが赤い輝点群を指差した。
「おそらく局地的な戦闘・戦術は、彼奴らにとって重要ではない」
「では、何が重要なのでしょうか?」
「うむ。これを見ろ」
壁に埋め込まれたモニターに機械類の拠点が映し出された。拠点からは幾つもの金属の箱がゆっくりと動き出していた。
「これらは機械類の工場船である。この星系内の別の遷移点から逃げて、別の星系に行き、資源豊富な環境で自己複製を行うのだ。彼奴らにとっては工場船が重要なのである」
「ありがとうございます!」
時間を20時間ほど早送りする。実際の宇宙戦は時間がかかる。都合よく時間を早送りできるのが、シミュレーションの良いところだ。
立体ディスプレイでは、今まさに青い輝点群と赤い輝点群がすれ違おうとしていた。
「艦隊司令部より各艦へ。送付した操艦指示書に従い、各自行動せよ」
部屋のどこからか、抑揚のない男性の声が聞こえた。
「――ふむふむ。操艦指示書によると、味方艦隊は会敵直前にアルファ艦隊、ベータ艦隊に分かれるそうだ。本艦はアルファ艦隊の一翼を担い、敵艦隊と交戦する。ベータ艦隊は進路を変え、工場船を破壊する」
機械類の艦隊は、銀河連合の艦隊よりも艦数が多かった。あいは疑問を口にした。
「ブルドック隊長、それだと戦力差が大きくて、私たち、アルファ艦隊が蹴散らされるのではないでしょうか?」
「まあ、見ておれ」
会敵直前、青い輝点群が2つに割れた。2つの輝点群のうち、ベータ艦隊は速度を上げて、工場船をインターセプトするコースをとった。それを見た機械類の艦隊はベータ艦隊を追いかけるため急反転していた。
ビイッ
ブザーが鳴った。戦艦MIがヒューマンファクターの承認を求める合図だ。抑揚のない男性の声が響いた。
「テイラー候補生は1次放射器の使用を承認するか?(イエス/ノー)」
「イエス!」
急制動をかけている敵艦隊の艦尾方向から、アルファ艦隊が優速を生かして襲いかかった。1次放射器から強大なエネルギーが照射される度に唸るような低い音が壁から聞こえた。僚艦からも1次放射器が次々に照射された。
青と赤の輝点群がすれ違った後、多くの赤い輝点が消え失せていた。
アルファ艦隊はそのまま敵艦隊から遠ざかった。時折、放射器の照射音が艦内に響いた。
「まだ何かを攻撃しているんですか?」
「敵艦体からの飛翔体を迎撃しておる」
「放射器の使用にはひゅーまんふぁくたーが必要であると聞きましたが?」
「自衛のためであれば承認は不要だ」
◇ ◇ ◇
「テイラー候補生、波方候補生、初めての戦闘シミュレーションはどうであった?」
「隊長どの、いつも銀河連合はこんな簡単に勝つのですか?」
「うむ……。機械類はあまり賢くはない。彼奴らの強みは自己複製のスピードにある。だから今回、艦隊の攻撃目標は敵の工場船の破壊だったであろう?」
「「はい!」」
◇ ◇ ◇
仮想世界から現実世界に戻ったあいは、お腹が減っていた。あいは簡単に身だしなみを整えて、穴のような個室を抜け出ると、藍色の布紐で結んだ黒髪をなびかせて、廊下を食堂に向かって進んだ。
「あいちゃ~ん!」
後ろを振り向くと、手を振りながらオリバーが飛んできた。あいが伸ばした左手をオリバーの右手がしっかりと掴み、オリバーがあいを引き寄せた。
「わっ、オリバー君、近いよ!」
「無重力だから、しっかり捕まらないと危険だよ!」
悪びれないどころか、逆にオリバーに注意されてしまった。
無重力状態で並んで移動するためには、相手にしっかりとつかまり、運動量をやりとりして、速度を一致させる必要がある。最近学んだ初歩の物理学だ。
「もう! しようがないねぇ!」
唇をとがらせるあいにオリバーが微笑んだ。
食堂に着くと、2人はお気に入りのチョコレート味の宇宙食を棚から取り出し、電子レンジで温め始めた。
「テイラー! 波方!」
振り向くと、そこには壮年の日本人男性の姿があった。男性がオリバーの肩を親しげに叩くと、オリバーが人懐っこい笑みを浮かべた。
「加藤中佐! こんにちは。食事ですか?」
「ああ。小腹がすいたんでな。テイラーは日本語がうまくなったな!」
「はい。頑張って勉強しました!」
オリバーに加藤中佐と呼ばれた男性が、不思議顔のあいに気づいた。
「わからんか。俺だ。加藤だ。お前を傭兵協会に勧誘した加藤だ」
「加藤中佐どの! お久しぶりでありますです!」
「ん……なんだ、その喋り方は?」
あわてて敬礼するが、宙にふわふわ浮いているので決まらない。
「――加藤中佐どのはオリバー君と知り合いなのですか?」
「テイラーは、俺のファンだそうだ」
またしても不思議顔のあいに、加藤がニヤリと笑った。
「映画館で『加藤隼戦闘隊』を見たのだそうだ」
「はい。僕も加藤中佐のような立派な指揮官になりたいです!」
「ははは。そうか。――まあな。ちょうどよい。飯を食いながらで良いから、話を聞け」
上官の話を聞きながらではチョコレートを食べる気が起きなかった。あいとオリバーが空中で静止している間にアメリカ人がやってきて、レンジの中で温まったチョコレートを2つとも持っていってしまった。
「傭兵協会の退役は50歳だ。この後、傭兵協会に残ることもできるし、退職金をもらって地球にこっそりと戻ることもできる。俺は50歳になって退役を迎えたら、日本に戻るつもりだ。お前達の場合、給料の貯金と、積立している退職金を早めにもらうことで、解約金を全額返済できるだろう。いま、MIアシスタントに計算させてみたが、20年後、テイラーが32歳、波方が30歳になるころには、自由の身だ。それまで頑張れよ!」
加藤中佐は人の良い笑みを顔に浮かべると、2人の肩を軽く叩いて食堂を去っていった。
「――20年後。今治に戻れるのは、20年後……」
あいは目の前が真っ暗になるのを感じた。文字通り固まってしまったあいを気にもしない素振りで、オリバーは棚から取り出したチョコレート味の宇宙食を2つ、電子レンジにセットしてから、振り向いた。
「ねえ、あいちゃん、20年後、退役したら一緒に暮らそうよ!」
「えっ!? 一緒にって……もうっ! またそがいなこと言うて! からかわんといてよ!」
とっさに何と答えたら良いか分からず、あいは怒ったような口調になってしまった。
「あいちゃん、怒ったの? ごめんね」
「……うん」
恥ずかしくて、心配そうに顔を覗き込むオリバーと目を合わせることができなかったが、暗い気持ちはすっかり消え去っていた。
その後、仲直りしたオリバーと一緒に食べた宇宙食の味はいつもよりも甘かった。




