暗殺(1)
波方少将を化粧室で襲撃した後、リア達6人は営倉に押し込まれ、軟禁状態となっていた。
時折、MRUがカートで食事を運んでくる以外には、6人には面会に訪れる者もいない。あの後、魔物化はケイナリア全土に拡大し、惑星の全ての住人が魔物と化したことを、外部の情報から遮断された少女たちは知るすべもない。
6人は固い床の上に座っていた。皆、顔を上げようとしない。
「えぐっ、えぐっ……」
ユマは一番最初に波方少将に手を出しておいて、営倉に入れられた時からぐずぐずと泣きっぱなしである。
士気は最悪である。
そんな中、リアはふと立ち上がると、モカの背後に回り、長い髪にそっと指を通した。
「リア?」
モカが振り向きながら後ろに回した右手を、リアが愛おしそうに優しく握り、頬に当てた。
「――モカの髪は、とても綺麗。だけど、手はもっと綺麗。こんな綺麗な手、サイボーグ化しなくて、本当に良かった」
モカの手を離し正面を向かせると、リアは毛先をほどきながら、ゆっくりと梳いていく。時間をかけて髪を丁寧に梳いたあとは、髪を三つに分け、交互に編み込んでいく。
その様子を、少女たちは何も言わずに見つめていた。
毛先まで編み終えると、リアは何かを探すように左右を見渡した。リアが言葉に出すよりも早く、一人の少女が迷彩柄のズボンのポケットから残布を取り出して、無言でリアに手渡した。
「ありがと、リン」
リンはチームの副官である。常にリアの意図を先読みし、探しているものを魔法のように取り出す。リアは受け取った残布を紐状にすると、モカの三つ編みをしっかりと留めた。
「ほら、綺麗にできた!」
少女たちの口元がほころんだ。営倉に満ちていた重苦しい空気が消えていた。ユマもいつの間にか泣き止んで、次は自分の番だとばかりにリアの隣に座っていた。
唐突に、部屋の扉が開いた。6人がそこに見たものは、いつものように食事を運んできたMRUだった。
「――遅すぎ。ポンコツ!」
MRUが運んできたカートに、ミエが飛びついた。ミエは一番身長が低いのに、一番の大食いである。
「あれ? ポンコツ、間違えてない?」
今日のカートには食事がなかった。カートの中には食事の代わりに、5人分の宇宙艦隊の白い制服、1組の女性物の服とサングラス、そして、一丁の拳銃が載っていた。
リアが美しい顔を、冷たい笑いに歪ませた。
「みんな、まだ作戦は終わってないよ」
◇ ◇ ◇
「査問委員会は、波方少将によるケイナリア攻撃承認の拒否は妥当であったと結論しました」
ケイナリアの少女部隊のひとり、モカは、壁面モニターに映るロバーツ中将を苦々しい思いで見つめていた。
(あのとき、アイツが地上攻撃を承認していたなら、首都が魔物化することはなかったはず)
モカは苦々しく思う。
今頃は、司令部が立てこもるバンカーを開放し、首都を奪還し、有利な状況で魔物との戦闘を展開できていたはずだ。
今、モカはシャトルベイに隣接するラウンジにいた。長椅子に座り、白いスカートから伸びた長い脚を優雅に組み直すと、携帯端末から顔を上げることなく、目だけで周囲を見渡した。まだターゲットの姿はない。たった今、査問委員会の発表があったのだから、当然だ。
この時間のシャトルラウンジは閑散としていた。銀河連合の主要惑星と艦隊総司令部を結ぶ長距離シャトルは、午前中の早い時間か、午後の遅い時間に出発する。
(こんな中途半端な時間帯に出発するのは、田舎に向かう空っぽの兵員輸送船くらいだわ。地球のような田舎……)
仲間たちは傭兵協会の区画に張り付いて、ターゲットを襲撃する瞬間を待ち構えているはずだ。
(作戦に参加できなかったのは悔しいけど、戦闘能力の差を考えると仕方ないか)
モカは戦闘工兵である。今回の作戦には、モカの持つ技術は必要とされていなかった。念のため、モカはシャトルベイから波方あいが逃げ出すことがないように、張り付いているだけなのだ。
ドリンクで喉を潤そうと、顔を上げたモカの視線が若い女性の姿を捉えていた。
「え? うそ?」
数10メートル先の廊下を、若い女性が小さな鞄を持って、こちらに向かって歩いている。その若い女性は艦隊の白い制服を着てはいなかったが、ナノマシンで強化された視力が、あの女の顔を見間違えることはなかった。
体内に埋め込まれた情報処理装置で照合すると、やはり波方あい本人だ。
<みんな、波方はもうシャトルラウンジに来るよ!>
モカがスクランブルされた念話を送ると、チームリーダーのリアから即座に反応が返ってきた。
<ありえない。情報では傭兵協会のオフィスにいるはずよ!>
<画像を送る>
短い沈黙。モカには永遠にも感じられた。背中を冷たい汗が伝ってゆく。
<みんな、飛ぶよ。居住区を突っ切る。モカ、ターゲットがゲートに入るようだったら、足止めお願い!>




