2025年 クリスマスイブ 東京
クリスマス・イブの夜。
いつにも増して賑やかな東京で、異常な事態が起こり始めていた。
突如、コンビニ店員の口が耳まで裂け、筋肉が膨れ上がり、内側から布地を切り裂いた。コンビニ店員の太い腕は弁当を掴むと、恐怖で凍りついた男性客の顔ごと殴りつけた。
大手町のオフィスでは女性社員が鬼女と化し、重いスチール製のデスクを軽々と持ち上げ、オフィスの反対側に投げ飛ばした。
東京都内の至る所で、人間が魔物と化した。交通網は魔物達によって寸断され、人々は逃げ場を失っていた。
地球を監視している銀河保健機関のMIは、既にフェーズ3のアウトブレイク発生の報告をGHO支部に送り、東京全域の殺処分の承認が下りるのを待っていた。
殺処分の承認が下りれば、衛星軌道上からの攻撃で、東京全域は人も魔物も等しく焼き尽くされる。
日本の首都とそこに暮らす人々は、滅びの時を迎えようとしていた。
◇ ◇ ◇
大手町プレイスウェストタワーの直上でUH-2が轟音をたててホバリングしていた。
東京上空200mはほぼ無風、ヘリの着地には何の支障もない。それでも大切な乗客が怪我などしないよう、操縦士はUH-2をゆっくりと降下させ、衝撃を抑えながら静かに屋上ヘリポートへと着地させた。
陸自士官がキャビンのドアをスライドさせて素早く降り立ち、周囲に危険がないことを確認すると、メインローターが完全に停止するのも待たずに、波方愛が髪を押さえながらヘリポートに降り立ち、6人の少女達がその後に続いた。
自衛隊員達の手によって手際よく大型スピーカーと照明が据え付けられると、ヘリポートは即席のステージへと変わった。
「じゃあ、通していくよ!」
愛が声をかけて、皆が最初の立ち位置についた。
4基の大型スピーカーからイントロが流れ出す。7人はイントロに合わせて上半身のバウンスを始める。前4列、後3列のフォーメーションだ。
Aメロに合わせてクラブステップを踏み始める。途中で上半身の動きも加えたハッピーフィートへと丁寧に繋げる。
全員の心のエネルギーを愛に集約させるために、少女たちはダンスを通して脳波のシンクロ度を高めてゆく。
少女たちの心を繋げるのは、阿方志津香の役割だ。志津香は精神感応能力者である。自分自身もダンスを踊りながら、志津香は7人の脳波をモニターし、大規模浄化魔法の発動のタイミングを狙う。
Bメロに入ると同時に、まずは後列の3人がサイドウェーブ、2カウントずれて前列の4人のサイドウェーブが続く。動きが連鎖してステージ全体に波のようなうねりを生みだす。7人のグルーブが乗り移ったかのように、オーディエンスの自衛隊員達の体も自然にグルーヴし始める。
最初のサビに入ると7人は一斉にクロスハンドしながら横一列にフォーメーションを変えてゆく。2人の少女が前に出ると大きく激しいインディアンステップ。オーディエンスも大いに盛り上がる。
全員でブルックリンにステップをスイッチし、更にフォーメーションを組み上げて愛を頂点とした∨字へと展開する。オーディエンスも巻き込んだステージ全体の熱量が愛に集中する。
間奏はヴォーギングだ。手の動きのしなやかさを意識しながら一人ひとりが全員の動きに同調してブレインシンクロを高めてゆく。愛たち3人が前に出て、モデルのように歩きながらヴォーギング。
「もっと~っ!」
志津香の声がオーディエンスを煽った。7人のブレインシンクロが頂点に達しようとしていた。
2回目のサビに入った。7人は再びブルックリンで∨字フォーメーションを組み上げる。合間にジャンプ。再びブルックリン。
「愛っ!!」
志津香の声を合図に、愛が大規模浄化魔法を発動した。
大規模浄化魔法。
この宇宙のなかで、たったひとり、波方愛だけが発動できる力。広範囲に渡って魔物をもとの人間に戻すことができる力。
膨大な愛の力が放出されてゆく。オーディエンスの自衛隊員達には愛が光り輝いてみえた。愛の光はオーディエンスを、ヘリポートを、ビルを包み込み、さらに外側へと広がっていった。
浄化魔法はピンクシルバーの輝きのカーテンとなり、大手町を飲み込み、さらに外側へと広がってゆく。
愛の持つ瑞々しい生命力が吸い出される。ほんの刹那、愛は自分の生命力が枯渇してしまうのではないかと恐怖する。だが、すぐに志津香の能力により一体となった6人の生命力が優しく愛を満たした。愛は一人ではなかった。この大規模浄化魔法は7人が一体となって発動させた宇宙の奇跡だった。
◇ ◇ ◇
(みんな。ご苦労さま。あなた達は今夜本当に大勢の命を救ったのよ!)
アキ先生と呼ばれるMIの声が7人の脳裏に響いた。アイと自称する量子MIの指示により、アキ先生は80年近く前から波方あいの親族を見守ってきた。
(GHOのMIが追加の連絡をGHO支部に送ったようね。これで東京への攻撃もキャンセルされるわ。それに……すごいわ。10,000体以上の魔物が一度に人間へと戻ったわ。こんなこと銀河文明の歴史で初めてのことよ! これ、報酬がすごいことになるわよ……。みんなにも分かるように通知を転送するわ)
すぐに抑揚のない女性の声が聞こえてきた。
<報酬獲得のお知らせです。10,000体以上の実体を持った魔物の消滅を確認しました。現時点での概算は1,000,000ギャラ以上。正確な報酬を更新中……>
愛達はGHOの臨時職員の身分で魔物を討伐しているが、愛達自身はこのことを知らない。GHOの臨時職員が魔物を討伐すると、銀河文明の通貨単位であるギャラで報酬が入る。だが、愛にはいまだにギャラという通貨がよく分からない。貰ったところで使い途がないのである。
「アキ先生、結局ギャラって何なんですか?」
アキ先生からは返事がなかった。
「……アキ先生?」
しばらくの沈黙のあと、アキ先生の念話が届いた。いつもは冷静なアキ先生が興奮していた。
「愛っ! 洋子の…あなたのお婆さんのお姉さん、帰ってくるわよ! メリークリスマス!!」
波方あいの妹、波方洋子の孫が波方愛となります。完結済み作品「ダンス部の愛ちゃん、戦闘スキルは皆無だけど、爆裂ヨーヨーでゴブリン相手に無双しますよ。でも、本当に得意なのはダンスと浄化魔法なんです」の主人公です。




