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宇宙旅行最大の脅威

「ブルドック隊長どの、退屈であります!」

「ちび助! 我ら銀河文明の最大の脅威は何か!?」


(……また始まった)


 あい(・・)は顔を(しか)めた。あいのMIアシスタントはブルドック隊長である。親切な人物ではあるのだが、多少偏屈なところがあり、すぐにアドバイスをくれないことがある。今もどうやら、面倒な問答が必要なようだ。


 あいは唇を軽く噛んだ。考える時のあいの癖である。


「どうした、ちび助! 何か答えんか!」

「はい! 機械類であります!」

「正解である。では宇宙旅行の最大の脅威は!?」

「はい! 機械類であります!」

「半分正解である! 宇宙旅行は退屈との戦いの連続でもある!」

「はい! 私は退屈と戦う武器を探しています!」

「そんな貴様に朗報だ。ちょうど映画館が空いている。60分予約してやろう。『トムとジェリー』を見てこい!」

「ありがとうございます、ブルドック隊長どの! これより作戦行動を開始します!」


 敬礼をきめ、個室を出かけたあいに、ブルドック隊長の厳しい声がとんだ。


「待て、ちび助! 軍隊において最も重要な兵科は何か!?」 

「まだ続いてたんで、ありますね……」

「儂が続けたいだけ、続けるのである! さあ、答えんか、最も重要な兵科は何だ!」

「う~ん……航海科でありますか?」

「不正解だ! 最も重要な兵科は兵站科である。兵隊の水や食料、軍隊が戦い続けるために必要な全てのものを確保するのが兵站である。ちび助、貴様のような子供にはレモネードがお似合いだ! 食堂によってレモネードを調達してから映画館に行くのを忘れるな!」

「はい!!」


 レモネードを飲みながら映画を見るのがいいよ、と行ってくれれば、いいだけの話なのである。


 ブルドック隊長から開放されたあいは映画館へと向かった。兵員輸送船には乗客の暇つぶしがいくつか用意されていた。映画はそのうちのひとつだった。


 この時間、兵員輸送船は1G加速を行っておらず、無重力となっていた。あいは廊下のガイドレールに掴まり、フワフワと宙を漂いながら、映画館へと移動する。あいの後ろには、可愛い三つ編みもフワフワと揺れている。


 三つ編みの先は藍色の布紐で作られた小さな蝶結びで飾られていた。藍色の布紐は防空頭巾に使われていた布を切り裂いて作ったものであり、少女のささやかなお洒落であった。


 もちろん、映画館に行く前に、食堂に立ち寄ってレモネードを確保することも忘れない。


 映画館に到着すると、早速レモネードを片手に『トムとジェリー』の鑑賞を始めたのだが、これが面白かった。猫がねずみを追いかけているだけの映画なのだが、ねずみの逆襲により猫が散々な目に遭わされるのだ。


 あいは猫がぺっちゃんこになる所で今までにないくらい笑った。


「――あはははっ、青い猫さんは本当にアホやねえ!」


 レモネードを飲むのも忘れて、お腹が痛くなるくらいの笑いの連続だった。


 その後の船内生活で、あいは映画に夢中になっていった。


 様々な映画のなかで、特に気に入ったのはイギリス映画の『哀愁』だった。年齢の割に大人びたところがあるあいは、大人の新兵達に混じってこの映画を見る度に、胸が甘く切なくなってしまうのだった。


「は~~……。ウチは、こんな悲しい恋なんか、一生縁が無いのやろうけどねぇ……」


 小さな映画館のなかで、まだ恋を知らぬ少女はため息をつくのだった。



◇ ◇ ◇



 空襲警報のサイレンを聞いて、あいは大勢の人々とともに近くの石造りの橋にまで逃れてきた。


 映画『哀愁』で見たロンドンの石造りの橋とよく似ていた。


 遠くに、幾つもの赤い炎が柱のように噴き上がっていた。上空から爆撃機の轟音が聞こえていた。


 いつのまにか、人々の姿は消え去り、あいは橋の上に一人ぼっちとなっていた。


 赤い炎の柱は、徐々に近づいている。


 あいは石造りの橋を走り逃げてゆく。


 すると、橋の中央に、ひとりの男性の姿があった。


 暗くて、顔もわからない。ただ、その人が自分が探し求めていた人であることだけは分かった。


 その人は、あいに気づくと両手を広げた。


 あいは顔も分からないその男性の胸に飛び込んでいた。男性の腕が優しく背中を包み込みこんだ。甘い気持ちがあいの胸を満たした。男性の胸に顔を埋めながら、あいは男性の名前を叫んでいた。このひとと一緒ならば何も怖くはない――。


 自分の声で、あいは目が覚めた。


 あいは兵員輸送船の狭い個室で横になっていた。


「あれ……夢?」


 あいは男性の名前を思い出そうとしたが、手のひらの隙間から水がこぼれるように、記憶の網をすり抜けていた。


 あいの胸に甘い気持ちと、唇がその人の名前を叫び動いた感覚が残っていた。

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