査問委員会(2)
「ロバーツ中将」
再びフィッシャー少将が声を上げ、ロバーツ中将が発言を促した。
「波方少将が理由としてあげた内容は、いち個人の意見に過ぎません。作戦行動中、個々の指揮官がそれぞれの意見に基づいて命令の取捨選択を始めれば、軍隊は機能しなくなります」
大仰に頷くと、ロバーツ中将が波方少将に厳しい口調で問いかけた。
「波方少将、MIの判断は尊重されるべきです。あなたがMIの判断に反して、魔物を人間であると判断した映像データを委員会に提供できますか?」
「はい。私のCPUにダウンロードして保管しています……今、提出しました」
ロバーツ中将の背後のモニターに映像が映し出されると、査問委員会のメンバーは声もなくモニターを見つめた。映像を全て見終えると、委員達が短いため息をついた。
突然、部屋のなかに感情のない声が反響した。艦隊からオブザーバーとして参加しているMIだった。
「ロバーツ中将。艦隊はヒューマンファクターによる承認を効率の悪い、時代錯誤の一つと考えています。傭兵協会から派遣される人間は、法律上、ヒューマンファクターとして艦隊の行動を決定する権利があるとされていますが、形骸化しています。
艦隊の作戦行動中に、攻撃承認要請が拒否された事例は、ここ571年間、記録にありません。前回の事例では、その人間は化学物質の摂取による酩酊状態にあったことが分かっています。
MIによる判断には誤りはありません。このことを、波方少将が理解していたことは明白です。
本MIから提言。
波方少将に対して、ただちに薬物検査を実施すべきです。
波方少将に対して、暫定的に自宅待機の処分を行うべきです。
波方少将に対して、命令違反に準じた処罰を行うべきです」
ロバーツ中将が正面を向き声を張り上げた。
「査問委員会は艦隊オブザーバーの意見を踏まえ、内部で審議を行います。波方少将は外でお待ち下さい。艦隊オブザーバーはオフラインでお願いします。再開後は、監査側証人による証言を聴取します」
◇ ◇ ◇
憲兵に軽く断ってから、あいは化粧室に入った。化粧室内では迷彩服を着た少女達が鏡の前を占領し、おしゃべりをしていた。あいは空いていた奥の鏡へと向かった。
「ねえ、もしかして、あんたが波方少将?」
金髪をツインテールにした少女、ユマがさりげない動きで入り口を塞いだ。
「へえ、映画で見るのと全然違うわ」
「――映画は美化しすぎ」
「あはは、いえてる」
残りの少女たち5人があいを取り囲んだ。少女たちは戦場帰りのギラギラした殺気を発散していた。あいは少女のうちのひとりに見覚えがあった。
「あなたは……リアさん? どうして……」
「残念だわ、あい。こんな形で再会するなんて」
リアは美しい顔を歪めた。ユマが驚いた表情でリアを見た。
「え! リア、波方少将と知り合いだったの?」
「いや、知り合いじゃない」
「――じゃ、いっか」
リアとツインテールの少女のやりとりに、あいは危険な気配を感じ取っていた。
「……私に何かご用ですか?」
「ええ! ご用は大ありよ! 私たちはケイナリアの人間だもの」
「ケイナリア……」
地上攻撃作戦で攻撃の対象とされていた惑星だ。
「――ばっくれないでよ」
背の低いボブカットの少女が背後からいきなり肩を突き飛ばし、あいが前によろめいた。
「ケイナリアはね、あんたが攻撃承認を拒否した惑星だよ」
「誤解です。上陸作戦はキャンセ――」
「あんたが地上攻撃を行わなかったから! ……惑星軍司令部が魔物化したんだ! 司令部にはお父さんとお母さんがいたんだ!」
「聞いて下さい。上陸作戦は――」
ユマがいきなり、あいの頬を平手打ちした。ユマの目から大粒の涙がこぼれていた。
「私の家族を返して!」
「――役立たず」
「それでも軍人? 責任ぐらい取ってよ」
それを合図に少女達の暴力があいに襲いかかった。抵抗するあいをボブカットの少女が背後から羽交い締めにした。
「暴れるんじゃないよ!」
「やめて。こんなことをして何に――うっ!」
少女があいの首を締め上げた。乾いた笑みを浮かべながら、少女があいの耳元で優しく囁いた。
「……なあんにもなりゃしないのよ、波方少将、なあんにも。ただ、私達がスカッとするだけ!」
少女たちが高い声をあげて笑った。
その様子を、リアは腕組みをして黙って見ていた。リアは「波方あいは魔物を知的生命体とみなす極端な人権論者だ。先日のケイナリア逆上陸作戦の火力支援の承認拒否も、その偏った思想のためだ」というフィッシャーの言葉を思い出していた。リアは積極的に私刑に加わる気にならないが、止める気にもならなかった。
あいは背後から髪を引っ張られて倒された。仰向けに転倒したあいの腹部を、ユマの硬い靴がぐりぐりと踏みしだいた。あいの顔が苦悶に歪む。
「あんたのせいでしょ! よくも平気な顔して!」
あいが化粧室から戻らないことに異常を感じ突入した憲兵に救出されるまで、リンチは続いた。




