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地上攻撃作戦

 あい(・・)が驚いたことに、死後昇進で得た少将という階級は、原隊復帰後もそのまま維持されることになった。これは銀河連合艦隊における人間の位置づけが、基本的にヒューマンファクターとしての機能であり、艦隊の指揮系統に影響を与えるものではないため、というのが傭兵協会からの説明であった。


 今、波方あい(・・)少将が派遣された戦艦は、居住可能惑星の軌道上にあった。


 今回の作戦は特殊部隊の目標地域進入のための陽動と火力支援だ。これまで機械類との戦闘は、常に艦隊戦であった。惑星上で戦闘行為が行われたことはなかった。


「ブルドック隊長どの、ここはいったいどこなんでしょうか?」

「うむ……。星系の名前も、惑星の名前も秘匿されておる。経由した遷移点から考えて、銀河文明の勢力圏内であることは確実である。艦隊戦は、ないであろうな」


 あいはシート脇に固定されたモニターを操作して艦隊の状況を確認していた。75年の間にシート固定のモニターはより大きく、薄くなっていた。


「艦隊MIからの操艦指示書の共有が遅いですね……」

「……うむ。遅いな」


 戦艦10隻と駆逐艦多数からなる艦隊が目的地と思われる惑星に到着して、すでに半日が過ぎていた。


 あいは唇を軽く噛んだ。いろいろと腑に落ちない点が多い。


「なんだか、よく分からないでありますね。特殊部隊か……。今回、兵員輸送船は連れてきていませんよね?」

「……6人乗りの強襲上陸挺を収納している戦艦が1隻いるな」

「6人ですか? 精鋭部隊なのかな?」


 ビイッ


 シャトルキャビンにブザーが鳴った。あいがモニターから顔を上げた。


「どうやら、特殊部隊が出発するようだぞ」

 

 シート脇のモニターが外部カメラからの映像に切り替わった。特殊部隊を乗せた戦艦がクローズアップされる。左右に開いた分厚い装甲板の間から、無骨な形状の強襲上陸挺がスイムアウトされた。強襲上陸挺は 姿勢制御エンジン(スラスター)を用いて機首を持ち上げると、推進装置を軽く噴かして待機軌道へと向かっていった。


「特殊部隊が再突入開始するまで、地上の様子を見て見ようではないか」 

「そんなことができるのですか?」

「特殊部隊が地上偵察ドローンを飛ばしておるようだ。リアルタイムの映像データを回してもらうよう、あの強襲上陸挺のMIに訊いてみようか。……うむ。快く了承してくれたぞ。あいつはいい奴だ」 


 モニターの映像が切り替わり、地上偵察ドローンから送られているカメラ映像が映し出された。


「え、犬??」


 モニターに映し出されたのは、犬のような顔をした2足歩行する生物だった。仮想世界でのブルドック隊長のアバターのような姿だった。その生物達は所々破れた、古びた衣類を着ており、なかば瓦礫と化した都市で生活しているようだった。


「犬、じゃない? 人間?なの?」


 賑やかな様子は露天の市場のような雰囲気だ。犬人間達は物々交換を行っているようだった。


「他のドローンからのフィードに切り替えるぞ」


 ブルドック隊長の言葉とともに、モニターに地方都市の様子が映し出された。その地方都市は荒廃しておらず、往時の状態のままであるようだ。


「ブルドック隊長どの、あの看板の文字、わかるでありますか?」

「あれは、オリオン腕肢標準語だ。化粧品の企業名が書かれておる」

「じゃあ、ここは銀河連合の加盟惑星でありますか?」

「……わからん」


 ドローンがコンクリートと金属で固められた広大な土地の上空に到達した。


「ここはどういう土地でしょうね」

「ここは……宇宙空港だな。あの建物はターミナルだ。空港名は……ケイナリア中央空港だ」

「ケイナリア?」

「うむ。銀河連合の加盟惑星のひとつだ」

「……」


 さらの別のドローンからのフィードを確認すると、郊外の住宅地上空からの映像が映った。モニターを操作してズームインすると、そこには犬人間の子供たちが、棒切れを持って、お互いを追いかけている光景が映し出された。コンクリートで覆われた小さな河川で棒の先につけた糸を垂らしているものもおり、釣りをしているものと思われた。


 ビイッ


 キャビンにブザー音が響いた。


「艦隊MIより各艦へ。

 送付した操艦指示書に従い、各自行動せよ」 


 早速、あいはブルドック隊長と操艦指示書を確認した。


「どうやら、強襲上陸挺さんの再突入待ちだったようですね」

「……うむ。本艦は火力支援のため、上陸予定地点の上空軌道へ移動だ」


 上陸地点を確保するため、この戦艦が2次放射器を用いるようだ。モニターを見つめるあいの体が、軽い加速で揺れた。


 戦艦の展開はすぐに完了した。上陸地点を光学カメラでモニターに映し出すと、そこは巨大な都市だった。銀河連合の艦艇に搭載されている光学カメラは高性能だ。軌道上から人間のような小さな物体まで確認することができた。


「上陸地点は都市中央にある公園だ。拡大しよう」

「……大勢の犬人間さん達がウロウロしていますね」 


 これまで、あいは生物に対する戦闘行為に関与したことはない。あいの額に汗が滲んでいた。


 ビイッ


「艦隊MIより各艦へ。

 銀河保健機関(G H O)の軌道プラットフォームMIよりフェーズ3のアウトブレイク発生との連絡あり。GHOの要請を受け、本艦隊は艦隊MIの権限により、現時点をもって上陸作戦を中止する」


 ビイッ


「艦隊MIより各艦へ。

 作戦命令書を共有する。参照せよ」


 ビイッ


「艦隊MIより各艦へ。

 送付した操艦指示書に従い、各自行動せよ」


 矢継ぎ早に艦隊MIからの指示が出されていた。あいは絶句した。何が起きているのか、理解が追いついていなかった。現実だけが進んでいき、思考が取り残される。GHOは、確か、75年前、量子MIのアイが担当しているといっていた銀河連合の下部機関だ。


「ブルドック隊長どのっ! 一体何が起こっているのでありますか!?」

「――魔物化だ」

「魔物化? 魔物化とは何なのですか!?」

「人間が魔物という別の生き物になってしまう感染症のことだ」

「そんな……。じゃあ、あの犬人間さん達は……」

「うむ。あやつ(・・・)らは、この惑星、ケイナリアの住人のなれ(・・)の果てだ」


 人間が魔物となる。


 現実が崩壊するような寒さを、あいは感じていた。


「違う、この人たちは魔物なんかやない! ちゃんと生きとる人なんよ……」

「――波方少将、作戦命令書を確認しようではないか」

 

 ブルドック隊長とともに作戦命令書を確認すると、攻撃目標は「魔物および魔物の占領した都市」と記載され、操艦指示書には各戦艦はケイナリア上空の各地点に展開し、各艦MIの任意の判断により1次放射器を使用、となっていた。


「……1次放射器って、人間にそんなこと……」

「殺処分だな」

「さつしょぶん?」


 あいが初めて聞く言葉、だが突き放したような、心に冷たく響く言葉だった。


「うむ。波方少将が眠っている間に、銀河文明の加盟惑星に魔物化現象が見られるようになったのだ。この魔物化現象は魔物から人へと感染する。放置すると銀河文明全体が魔物化してしまうだろう。そこで魔物化した地域をまるごと焼き払うことが行われるようになったのだ。連合艦隊ではあくまでも『魔物および魔物の占領した都市』への攻撃といっておるが、GHOはもっと端的に『殺処分』と呼んでおるのだ」

「そんな! ひどい! ひどいよ!」


 あいは炎に巻かれ、倒れる犬人間の子供たちを想像した。心臓の鼓動が早くなった。


 わずか10数分で、各攻撃目標の上空軌道への戦艦の展開が完了した。


 ビイッ


 再び、キャビンにブザー音が響いた。


「こちら艦隊MI。

 波方少将は1次放射器の使用を承認するか?(イエス/ノー)」

「……」


 煙、悲鳴。


 爆音。


 倒れた人、焼ける臭い、炎に焼かれる街。


 あいの心に空襲の夜の今治がフラッシュバックする。あいの息が荒く、浅くなる。空気がうまく入ってこない。喉が詰まったようだった。あいが、ほんの一言、イエスと答えるだけで、人々が平和に暮らす地上に地獄が現出する。あいは傭兵協会に救われたが、この犬のような姿をした人々を救ってくれるものはいなかった。


「これはお前の人生なのだ。お前の人生は、お前だけが決めることができるのだ」


 あいは、あの日、加藤中佐に言われた言葉を思い出していた。


「こちら艦隊MI。

 繰り返す。

 波方少将は1次放射器の使用を承認するか?(イエス/ノー)」

「……ノー」


 視界が揺れ、暗転した。あいは気を失った。



◇ ◇ ◇



 ケイナリアを担当していた銀河保健機関(G H O)の軌道プラットフォームMI(機械知性)はフェーズ3のアウトブレイクを確認し、ケイナリア首都に対する殺処分の承認をGHO本部に求めていた。だが、GHO本部のヒューマンファクターは人道的な理由からこの承認要請を拒否していた。


 そんな中、ケイナリア行政府は連合艦隊にケイナリア首都に対する逆上陸作戦の支援要請を行った。連合艦隊はこの支援要請に応えることを口実に戦艦からなる小艦隊をケイナリアに派遣した。だが、実際には、ケイナリア現地でGHOのMIからの協力要請を連合艦隊のMIが直接受けることで、その場で波方少将に殺処分を承認させるという思惑が、艦隊側にはあった。


 艦隊の誤算は、あいが魔物の殺処分の承認を拒否したことであった。

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