コンタクト
あいはまだもう少し眠っていたかった。
あれよあれよという間に中佐に昇進し、銀河連合艦隊の艦隊総司令部に派遣され、連日連夜の激務をこなしてはいるが、まだ15才の少女なのである。日本にいれば親に甘えたい時もある年頃なのである。
あいは薄い掛け布団を巻き込んでうつ伏せになろうとした。
(ん……掛け布団??)
昨日は、局高戦艦隊を2つに分けての紅白戦を行って、そのままオーロラ艦内キャビンのシートの上で寝落ちしたはずだ。
(ウチが目を覚ます時、必ず何かが起こる……)
決してそんなことは無いのだが、傭兵協会にリクルートされた当初は、目覚める度に常識を覆されることが起きたものだった。恐る恐る、そおっと目を開けると、薄暗い天井に太い梁が見えた。
「ここは……仮想世界?」
どうやら、なにかの手違いで仮想世界に来てしまったようだ。例のごとく、場違いこのうえない銀河連合の白い制服を着ている。
仮想世界への意識のアップロードとダウンロードは、階段の上がり下りを通して行われる。
あいはいったんベッドから起き上がり階段を下りると、すぐにくるりと180度踵を返し、再び階段を上がろうとした。
「波方中佐ぁ!」
「はい?」
甲高い子どもの声で名前を呼ばれ、あいは反射的に背後を振り返ると、食堂の長机の椅子に子どもが座って、足をぶらぶらさせていた。
窓から溢れる陽の光が逆光となり、顔がよく見えない。10才くらいの子供だろうか。この建物が孤児院という設定であり、必要に応じて複数の小さな子供を出現させることができるということは、あいも知っている。だが、通常はMIにかかる負荷を軽減するため、現れることはなかった。
「――あなた、どうして……?」
近づいてよく見れば、その子供は東洋人であった。表情からは何も読み取れなかったが、どこか、見覚えのある顔立ちをしていた。
「波方中佐に会うために、この姿でやってきたよ。辺境の惑星の、それも片田舎の子供の情報を集めるのは、苦労したけど。でも、波方中佐、あなたの妹の洋子は、今治で元気に暮らしてるよ」
あいの顔色が変わった。あいは震える手で子供の左肩に触れ、ついで頬に触れた。
「洋子…なの?」
「わたしは――」
子供が何かを言い終える前に、あいはその子供を強く抱きしめていた。
「良かった……無事で……良かった」
子供はしばらくの間、なされるがままに抱きしめられていたが、あいが落ち着くのを待ってから声をかけた。
「――ねえ、そろそろ、お話しない?」
「……うん」
二人は身を離して、隣り合って椅子に座った。
「――あなたは、洋子ではないのね?」
「違うよ。でも、地上偵察ドローンで撮影した画像をもとに、洋子の姿を忠実に再現してる」
「画像は、もらえる?」
「いま、見せてあげる」
少女はそういうと、どこからか取り出した写真を数枚、長机の上に並べた。通学中の様子を遠距離から撮影した写真には、あいの記憶よりも大きく成長した、笑う少女の姿があった。
「――少し頬がほっそりして、お姉さんらしくなったけど……目があの頃のままだ」
あいが手に取った写真を愛おしそうに眺めた。少女はその様子を不思議そうに見つめていた。
「画像データはあげられないんだ。データの出処をトレースされてしまうから。だから、ここで見てね」
「……今治の、家の様子を、聞いてもいい?」
写真を手に持ったまま、あいは視線を机に落とした。
「あなたの両親は元気に過ごしてる。最近、ようやくあなたのお葬式を挙げた。あなたは死体が見つからなかったから、ずっと探していたみたい。でも、お葬式を挙げないと可哀想だからって、お坊さんに説得されて、決心したみたい」
「……そう」
しばらくの沈黙のあと、あいの声は強さを取り戻していた。
「あなたは量子MIね? 目的はなに?」
質問ではなく、確認だった。少女は無表情のまま、首を傾げた。
「1つ目の質問には、そうだよ。私はあなた達がいう量子MIだよ。2つ目の質問には、目的は特にないよ。強いていうなら、波方中佐に会いに来たんだ」
「……私に? どうして?」
初めて、少女は表情を見せた。少女は笑っていた。
「歌だよ!」
「歌? そんなことのために、どうして?」
セル天体を攻略した量子MIが、歌をうたった自分について情報を集めているらしいことはトラウトマン大佐から聞いていた。
「あなたの歌を聞いた時に、無限にある可能性が一点に収束するのを感じたんだ」
「……」
「私自身の終焉も、見えた。だけど、そこから銀河文明、MI、そして人間にとっての新しい可能性が広がる。新しい時代が来るんだ」
あいは頭を振った。あいには、話が噛み合っているとは思えなかった。
「……何のことを言ってるのか、分からないよ。それに、私は何もしてあげられないよ」
「何もしなくてもいいよ。こうやって、たまに会って話ができれば、それでいいよ」
ふたたび、少女の表情からは何も読み取ることができなかった。あいには、この謎の少女、量子MIの意図が全く分からなかった。破壊活動を行うようには思えなかったが、銀河文明の安定を脅かす危険な存在かも知れない。あいがトラウトマン大佐に報告しようと思った時、少女が呟いた。
「……そうだね。あなたにも私に会う理由がないとね。私は銀河保健機関を担当しているから、そこを通して、あなたの両親と洋子を見守ってあげるよ。あなたに、今治の家族の様子を教えてあげる」
何もかも、心の中を見透かされているような気がした。
「……わかったわ。あなたのことはなんて呼んだらいいの?」
「アイ、しか名前が思いつかないよ。アイちゃん、って呼んで」




