オリバーの草原で
あいが艦隊総司令部へと異動になってから、オリバーとデートをする時間が増えた。
今日もオリバーとのデートである。オリバーの派遣先の戦艦が艦隊司令部にほんの僅かな時間だけ、寄港する。その間、レーザー通信でオーロラとの間に回線を開いて、仮想空間でデートをするのだ。
オリバーによると、今回のデートにはある趣向が凝らされているのだという。
あいは期待に胸を膨らませて、シートを後ろに倒して、両目を閉じた。
◇ ◇ ◇
建物の外に歩み出ると、そこは一面の草原だった。
青い空の下、緑の草原を風が吹いていた。風が草原を波のように揺らし、あいの三つ編みの先につけた紺色のちょうちょ結びを揺らした。
草原は小高い丘へと続いており、丘の上の大きな木の下で、こちらに向かって手を振る愛しい人の姿があった。
「あいちゃん!」
「オリバー君!」
あいも手を振り返し、緑の草原を駆ける。仮想空間なのに、これ以上速く走れないのが、もどかしい。あいは息を切らしながら、大きな木へと続く緑のスロープを駆け上がり、オリバーが広げた両手のなかに飛び込んだ。
「おかえり!」
「オリバー君もおかえり!」
穏やかに笑うオリバーを見ると、いつも胸の奥が熱くなる。最初にあった日から、胸のときめきが色褪せた日はなかった。
「待った?」
「ううん。僕も今来たところ」
お決まりのやり取りだ。あいは、本当はオリバーは何分も前に待ち合わせ場所にいることを知っていた。今回こそ、オリバーよりも早く来ようと思ったのに、結局先を越されてしまった。
ふたりは顔を見合わせて、笑った。
「この丘と木、なかったよね?」
「作ったんだよ。戦艦MIに頼んで、一緒に作ったんだ」
オリバーがあいのために綺麗なハンカチを木の根元に広げ、そこに座るように仕草で促してくれた。
あいが脚を横に揃えて草の上に座ると、オリバーもその隣に腰を下ろした。あいが傍に落ちていた、柏によく似た形の葉を手に取った。
「これ、なんていう木?」
「オークの木だよ。僕の故郷では良く見かけるんだ」
「ここは、オリバー君の故郷なの?」
「そう。初夏の頃の僕の故郷だよ」
オリバーは戦艦MIと非常に良好な関係を築いていた。戦艦MIは、MI同士のコネクションを駆使して、自分に派遣されるヒューマンファクターに、常にオリバーをアレンジしていた。
「そのうち、動く羊を配置しようかと思ってるんだ」
オリバーがいたずらっぽく笑った。あいの大好きな笑顔だ。
「え、羊? 見たい! ウチ、牛しか見たことないよ!」
「メエメエ鳴いて歩くぐらいしか、できないと思うけどね」
あいは思わず笑う。
「それは賑やかそう」
「かなりね」
オリバーも笑った。ふたりで笑いあった後、オリバーはあたりを見渡した。
「――子供の頃、よくこの木の周りで遊んだんだ」
「この木?」
「うん。記憶を頼りに作ったんだ」
あいも周囲を見回した。
丘の上から見ると、大草原のなかに小さく建物が見え、その向こうには低いなだらかな緑の丘陵を望むことができた。
「――ありがとう、オリバー君」
「うん? どうして?」
「この素敵な場所、オリバー君の大事な故郷なんやね。ここに連れてきてくれて、とっても嬉しいんよ」
「気に入ってくれて、僕も嬉しいよ」
ふたりはそうやってしばらく草原の光景を眺めていたが、ふと、オリバーが草の上に置いてあったヴァイオリンを手に取った。
「何を弾くの?」
「『故郷の空』を弾こうかな」
弓が弦に触れると、陽気なメロディが風に乗って草原へ広がっていく。
あいは目を閉じてヴァイオリンに聞き入った。
「こんな自由奔放な曲に、あんな切ない歌詞をつけるなんて、日本人は反則だよ!」
オリバーがあいにウインクした。オリバーは、銀河中心ブラックホールの敵拠点であったセル天体を攻略した時の仮想空間のデートで、あいが歌った日本語の歌詞のことをいっていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、夕陽が丘の向こうに沈みかけていた。
「……通信可能時間、あと10分だね」
オリバーの言葉に、あいは首を振った。
「うち、もっとオリバー君といっしょにいたいよ」
「僕もだよ。あいちゃん」
ふたりの目と目があい、唇がやさしく重なった。ふたりの体は草むらに倒れこんだ。
◇ ◇ ◇
仮想空間の建物の窓辺に立つものがいた。
あいとよく似た顔立ちの少女が、オークの木の下の恋人達を不思議そうに見つめていた。




