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局地高速戦闘艦オーロラ

 波方あい(・・)中佐は、はくちょう座ブラックホールの艦隊総司令部にある技術部へ異動となった。


 上官のトラウトマン大佐は「人間が技術部へと異動するのは極めて異例のことだ」と前置きし、「波方中佐は、単なるヒューマンファクターとしてではなく戦術を提言できる存在として艦隊内部で認められているのが、異動の理由だ」と前置きした上で、「量子MIが背後で暗躍しているのかも知れぬ。不審なMIにはくれぐれも注意するように」と念を押した。


 ともあれ、新しい戦い方とそれを実現できる新型艦の開発は、戦局を左右する切り札として期待されていた。


 あいと同僚MI達の喧々諤々(けんけんがくがく)の激論、昼夜を問わぬ試作と試験の繰り返しにより完成した新型艦は局地高速戦闘艦、略称、局高戦と呼ばれた。局高戦は強力な推進装置と新型の慣性ダンパーを備え、常に強い引力が作用するブラックホール宙域に特化して、格闘戦能力が飛躍的に向上していた。


 だがこれらの性能は、何の対価もなく得られたものではない。あいが要求した性能の実現のため、局高戦では前方向以外の1次放射器はすべて撤去されていた。シャトルを収納するスペースも撤去され、人間の居住スペースは艦内構造の隙間へと追いやられた。


 銀河文明の全ての公用語では放射線の流束全般、および結果として生じる発光現象をオーロラの同義語で呼んでいた。はくちょう座ブラックホールの上下から吹き出る「オーロラ」にちなみ、局高戦1号艦は「オーロラ」と命名され、その姉妹艦はオーロラ級局高戦と呼ばれた。


 オーロラ級局高戦の開発とともに、あいとMI達はこの局高戦の特性を最大限に引き出す戦法をも編み出していた。


 強力な引力を有するブラックホールを大地とみなして、敵艦隊に対して高度的に優位な上空から、重力加速度の力も借り加速して襲いかかる。攻撃後は、再び上昇し高度的な優位を得てから、再度攻撃を行う。この手順を敵を殲滅するまで繰り返す。


 この戦法を艦隊ではダイブアンドズームと呼んでいた。


 オーロラとその姉妹艦からなる新鋭艦隊は、技術部から新設の総司令部直属艦隊へと異動となった。もちろん、あいも一緒である。彼らははくちょう座ブラックホールの高重力宙域を演習場として、模擬標的を相手にダイブアンドズームの猛訓練を繰り返す日々を送った。



◇ ◇ ◇



 局高戦1号艦オーロラと161隻の姉妹艦が銀河中心ブラックホールの周囲を巡る遷移点に実体化した。艦隊総司令部のあるはくちょう座ブラックホールと比較すると、その質量はおよそ 20万倍 といわれている。まさに桁違いである。


 銀河中心ブラックホールは、後年、地球においてサジタリウスAと呼ばれることになる天体である。


 立体ディスプレイの底に赤い輝点群が現れ始めた。あいが輝点群に注意を向けると、体内のナノマシンを通して艦隊MIから得られた情報が脳裏に浮かぶ。


 その数は優に1000を超えていた。


 ビイッ!!


 キャビンにブザー音が響いた。あいはシートに座り、甘酸っぱくて臭い宇宙の珍味、オケラルタ・ナボーナを片手に、艦隊MIから送られてきた操艦指示書にざっと目を通す。


 オケラルタ・ナボーナは傭兵協会では不人気の宇宙食だが、一部に熱烈な愛好家を獲得していた。あいもそのなかのひとりだ。


「ハーネスを着用して下さい」


 どこか気遣うような女性の声が狭いキャビンに聞こえた。オーロラMIだ。あいは∪字型のバーを下ろした。


 セル天体攻略作戦時、あいが派遣されていた戦艦のMIユニットは、本人の強い希望により、そのまま局高戦に移し替えられ、今はあいの派遣先であるオーロラMIとなっていた。あいはオーロラMIに戦友としての温かな感情を感じていた。親近感、といってもいいだろう。


(オーロラさんも同じように感じてくれているんやろうか)


 と思うが、それを聞くのは野暮な話だ。


 シートに固定されたモニターを見ると、会敵まであと1分弱だ。ディスプレイに目をやると、青い輝点群が底に向かってみるみるうちにダイブしていくのが見えた。新型の慣性ダンパーのお陰で局高戦の船体と人体にかかる影響は無視できるほどだ。


「こちら艦隊MI。

 波方中佐は1次放射器の使用を承認するか?(イエス/ノー)」

「イエス!」


 立体ディスプレイの倍率が自動調整されて、赤い輝点群と青い輝点群がクローズアップされた。会敵まであと40秒弱だ。艦体が震えた。デコイの飛翔体が発射されたのだろう。


 会敵まであと30秒弱。操艦指示書によると……


「あぅ!」


 あいの体に強い加速度がかかる。敵に艦隊の未来位置を予測させないために会敵直前に艦隊の軌道を変えたのだ。事前にわかってはいても、強い力を感じると声が出てしまう。


 低い音がキャビンに響いた。新型の1次放射器にエネルギーを充填しているのだ。新型の1次放射器はより強力になり、より収束し、より長射程となっていた。低い音は5度繰り返された。


「戦闘評価。

 敵艦隊1024隻中、撃沈 207隻、撃破 95隻、大破 184隻、中破 213隻。


 艦隊損害、撃沈なし。大破なし。中破 5隻、小破 20隻」

 

 艦隊MIの声が聞こえた。ディスプレイでは赤い輝点群が数を減らし、ばらばらとサジタリウスAに向かって落ちてゆくのが見えた。


 ビイッ!!


 キャビンにブザー音が響いた。艦隊MIからの再攻撃の指示だった。オーロラも180度回頭し、サジタリウスAから離れる方向に上昇を始めていた。体に加速度を感じるが耐えきれない程ではない。


 ふと、落ちてゆく赤い輝点群が気になった。損傷を受けた敵艦がサジタリウスAの強い重力に引かれているのだ。


 赤い輝点に注意を向けると、ナノマシンを通して参考情報があいの脳裏に浮かんだ。「何らかの信号」が、機械類の輸送艦から発信されていた。推進力の大半を失っており、放っておいても、いずれサジタリウスAに呑み込まれてしまうだろう。


(死ぬことが確定した機械類が送信する通信って、いったいどんな内容なんやろうか)


 あいは落ちてゆく赤い輝点を、恐れと興味のないまぜになった感情で見つめていた。

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