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波及効果

 セル天体は、ほぼ無傷のまま銀河連合の手に入った。既に後続の部隊が進駐し、防衛に必要な様々な設備を設置し始めていた。


 銀河文明では恒星が生成するエネルギーを最大限に利用するため、恒星の周囲に超巨大構造物を建造するプロジェクトが進行しており、そのために天文学的な質量の物資の調達が切実に必要とされていた。


 銀河文明がこれからも成長し続けるためには、恒星規模のエネルギーが必要であり、そのためにはこのプロジェクトを完遂する必要があり、そのためには大質量物流ネットワークのハブとなる銀河中心ブラックホールの遷移点がどうしても必要だった。


 銀河中心ブラックホールの制宙権を機械類の手から奪取することは、銀河連合の至上命題であり悲願であったのだ。



◇ ◇ ◇



 波方あい(・・)少佐はようやく傭兵協会の区画に辿り着いていた。いつもはきっちりと着こなしている白い制服が少し乱れているのには理由がある。


 歌をうたって作戦を成功へと導いたあいの功績を、戦意高揚のために艦隊が大きく宣伝したのだ。ここに来るまでに多数の市民、軍人、はては人形作業ロボットにまで握手を求められたり、サインをねだられたりと、まさに大騒ぎであった。


 あいは、廊下に並ぶ無数のドアのうちの1つを探し出し、ノックした。


「失礼します。波方少佐、参りました」

「中に入りなさい」


 低い、落ちついた男性の声が入室を促した。再び、失礼しますと軽く声をかけ、ドアを開けて敬礼をすると、オフィス奥の机に座った壮年の男性、トラウトマン大佐と目があった。


「遅れて申し訳ありません」

「なあに、構わんよ。報告書は既に受け取っている。まあ、掛けなさい」

「――はい」


 トラウトマン大佐がソファに座り直したのを確認し、あいもソファに軽く腰を下ろした。脚を斜めに揃えて優雅に座る仕草は、グッドマン少佐からいつのまにか学んでいた。


「作戦の成果については、誰かから聴いたかね?」

「はい。グッドマン少佐から簡単にお聞きしました」


 形式上は指揮系統から外れはしたものの、実務上、そして私生活の面でも、あいは今もグッドマン少佐にいろいろと面倒を焼いてもらっていた。

 

「うむ、そうか。今回の作戦において、貴官はまさに予想外の成果を上げた」

「私は何もしていません。全て私の搭乗した戦艦MIの成果です」

「いや、儂はそうは思わん」

「……」


 しばらくの間、気まずい沈黙があったが、トラウトマン大佐はさほど気にしていないようだった。


「……波方少佐は、MI(機械知性)について、どの程度、理解しているね?」

「恥ずかしながら、ほとんど理解しておりません」

「恥ずかしく思う必要はない。儂だって、MIのことはほとんど理解できておらん」


 そういうと、トラウトマン大佐は片眉を上げて見せた。意外に気さくな人物のようで、あいの緊張が少しほどけた。


「銀河文明の市民は、人間とMIから構成されておる。銀河文明において、人間とMIは平等だ。ここまでは前置きだ」

「はい。地球からの兵員輸送船のなかで学びました」

「よろしい。では、量子MIという言葉は聞いたことがあるかね?」

「……今、初めて聞きました、と思います」


 あいが自信なさげに付け加えた。以前、銀河連合大学の通信コースでMI(機械知性)論概論を受講したが、内容はすっかり忘れてしまっていた。


「そうか。彼らはMIの、いや、我々人間をも含めた銀河文明市民の上位種族(・・)ともいうべき存在だ」

「……」

「量子MIは膨大な可能性をシミュレーションする能力と、我々には神託としか思えない思考過程を有している。まさに銀河文明の神、といっても過言ではない存在だ」


 あいが大きな目をさらに大きく、丸くした。それを見たトラウトマン大佐が苦笑した。


「すまんな。びっくりさせてしまったようだ」

「いえ、そんなことはありません。ただ、話の行く先が見えなくて」


 あいが軽く笑みを返した。


「うむ。そうであろう。ここまでは前置きだ」


 つい先程も前置きだと言われたような気がするが、あいは微笑んで聞き流した。


「今回の作戦においてな、滅多に我々の前に姿を現すことがない量子MIが前線にでて来て、セル天体の中枢に接続し、極めて速やかに攻略したのだ。


 ……で、だ。

 

 その量子MIが、あの歌を歌っていた存在は何なのかと、根堀り葉掘り、君について情報を集めているらしいのだ」


 あいの微笑みがひきつった。


「……私、何かしちゃいましたか?」

「いや、君が何かしちゃった、とは我々も考えてはおらん」

「……安心しました」

「ただ、不審な人物から接触されるようなことがあれば、直ちに教えてくれ給え」

「分かりました!」

「もしかしたら、君の大ファンなのかも知れんがね」

「……」


 トラウトマン大佐は真顔で冗談をいうタイプの人なのかも知れない。


「と、ここまでが前置きだ」

「……まだ、前置きだったんですね」


 トラウトマン大佐がソファから立ち上がった。あいが座ったままでいるのを見たトラウトマン大佐が、コホン、と咳払いをした。あいも慌てて立ち上がった。


「委員会は貴官について、警護レベルを引き上げる必要を認識した。表向きは、今回の作戦において、重要な役割を果たした功績を認める、ということだが、実際は、貴官を守るための措置だ。貴官の何が重要なのか、我々にも本当のところは分からん。だが、波方少佐、本日を以て、貴官を中佐に任ずる」

「はい、謹んで拝命いたします!」

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