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ビューティフル・ドリーマー

 ビイッ!!


 キャビンにブザー音が響いた。艦隊MIから操艦指示書が送られてきた。


 艦隊は現在、銀河中心ブラックホールから離れる方向に移動し、敵艦隊を誘引しているが、新たな指示書によると、艦隊は反転し、攻撃隊形を組み、敵艦隊に攻撃をかける。


 あい(・・)は操艦指示書を一瞥(いちべつ)すると、小首をかしげた。作戦開始までは、まだ時間がある。あいは唇を軽く噛む。今、あいが座乗している戦艦のMIは、他のMIとは異なって機転が利くように思われた。


「当艦MIに相談。

 敵艦隊は相互に援護できる隊形を保っている。彼らの陣形を崩す一手が必要と考える」

「本艦MIから波方少佐に質問。

 生歌は歌えますか(・・・・・・・・)?」 



◇ ◇ ◇



 あいは激しく後悔していた。


「作戦開始まで、Tマイナス30秒」


 あいはシートに(はりつけ)状態である。


 立った姿勢のほうが歌いやすいだろう、という戦艦MIの余計な配慮で、シートが直立した状態でフラットになっていた。もちろん、∪字型のハーネスは下がっており、あいの体はしっかりとシートに固定されている。


「作戦開始まで、Tマイナス20秒」


 生歌ならば、さらに敵艦隊を引き付けることができるだろう。あいは機械類を挑発するために、生歌を歌う。そこまでは分かる。


「作戦開始まで、Tマイナス10秒」


 だが、どうして敵艦隊の真っ只中に特攻をかける必要があるのか! まさか、戦艦MIが自らを(おとり)とする作戦を提案するなんて、あいは夢にも思わなかった。


「作戦開始まで、Tマイナス5、4……」

 

 しかも、戦艦はブラックホールに向かって(さか)落としに、最大戦速で降下する。あいは落下しながら、生歌を披露しなければならないのだ。


「――ゼロ!」


 あいの体がシートに押し付けられた。ブラックホールの重力加速度に加え、推進機関の安全出力領域を越えて、まさに推力全開以上の猛加速だ。


 ディスプレイでは、青い輝点が1つだけ、赤い輝点群の真ん中に向かって、文字通り一直線に降下していた。機械類も、なぜ銀河連合の戦艦が1隻だけ、自分たちに向かってきているのか、意図を計りかねているだろう。


「では、波方少佐、お願いします」


 何ら悪びれることなく、戦艦MIがあいを促した。


 いかに激しく後悔しようとも、波方あい少佐は傭兵協会の士官である。


 義務感は日本人の美徳である。派遣先に迷惑は掛けられぬ。


 仕事モードのあいは、強い。


<機械類の皆さん、美味しいものは好きですか? 波方あいです>


 あいはシートに固定されたモニターに表示された文章を(ほが)らかに読み始めた。機械類を逆上させるために、綿密に計算された文章だった。


<私の好きな食べ物はアイスクリームと、あと、少し恥ずかしいけど、宇宙の珍味、オケラルタ・ナボーナです>


<甘酢っぱ臭くって、病みつきになります。これぞ、有機物って感じです>


<ああ、有機生命体に生まれてホントに良かった……>


<関連情報。機械類の情報処理装置の排熱はオケラルタ・ナボーナの発酵に好適である>


<……今から、心の優しい機械類の皆さんが素敵な夢を見られるように、歌を歌います>


<では、お聞き下さい。ビューティフル・ドリーマー>



 夢を見るあなたに 星の欠片(かけら)あげよう


 夢失くし倒れても 月の夜に歩こう


 夢を見るあなたに この想い伝えたい


 夢失くし倒れても あなたはまた輝く


 あなたはまた輝く



 美しい人魚の 歌に誘われるよに


 心ない人形も 天の川を下るよ


 夢を見て悲しくて それでもただ信じて 


 夢を見るあなたは 私の生きる全て   


 私の生きる全て



<それでは、機械類の皆さん、よい夢を(スィートドリーム)

 

 機械類の艦隊中央に単艦で突っ込んでくる戦艦。


 そのなかに、先程から宙域を不快な映像と音声で満たしている憎っくき自己組織化有機物質が搭乗していると機械類が認識した時には、その戦艦は艦隊の真っ只中を突っ切っていた。


 機械類の艦隊は、あいの歌に誘われるように、一斉に180度回頭を行い始めた。



◇ ◇ ◇



 機械類の艦隊が一斉回頭する直前。


 天文学的に巨大な質量を持つ天の川銀河ブラックホールを大地とするならば、銀河連合の艦隊はいま、敵艦隊の上空にいた。銀河連合の艦隊は一斉に180度回頭すると、1Gの重力加速度を最大戦速に上乗せして加速し、逆落としに敵艦隊に襲いかかった。


 折しも、敵艦隊はあいの乗った戦艦を追撃するために、180度の回頭を終えたタイミングであった。1次放射器の射程距離に入るや否や、艦隊の各艦艇は敵の推進装置を狙って攻撃を行った。


 敵艦隊の真っ只中を、銀河連合艦隊の艦艇がくぐり抜けてゆく。通常の艦隊戦ではありえない至近距離を戦艦同士がかすめてゆく。


 運の悪い艦艇同士が衝突し、プラズマの火球と化した。



◇ ◇ ◇



 短いが激しい艦隊戦が終わった。


 歌い終えたあいがディスプレイに目を向けると、撃沈を免れた、残った赤い輝点の大部分が、散り散りにブラックホールに引かれていた。


 今回、味方艦隊は敵艦の推進装置を狙って攻撃を行った。その結果、機械類の艦の多くが損傷により出力を維持できずに、ばらばらになって隊形から落伍していったのだ。


 盤上において、ばらばらになり他の駒との連携を失った歩は、飛車角の格好の餌食だ。


 ビイッ


 キャビンにブザー音が響いた。艦隊MIからの殲滅戦の指示であった。

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