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夏の日の約束

 穏やかに繰り返す波の音。時折、頬を撫でる風が心地よかった。


 オリバーはビーチチェアーから起き上がると、ドリンクを口に含んだ。水平線を貨物船がゆっくりと通り過ぎてゆく。最高のヴァケーションだ。


 作戦宙域へと移動する航海は長い。当直時間外のオリバーとあいのために、2隻の戦艦MIがレーザー通信回線を開いて、仮想空間を提供してくれたのだった。

 

 仮想空間には幾つかのバリエーションがあり、ここは浜辺のコテージという設定である。


 宇宙旅行は退屈との戦いである。今回、オリバーはあいを誘って、浜辺のコテージへとやってきた。MIの提供するマシンタイムに対して、少なからぬギャラを払わなければならないが、その価値は十分にあった、と思うのだ。


 オリバーはコテージを振り返った。あいがなかなか出て来ない。


 あいは水着に着替えたらすぐに行く、と言っていたハズだ。心配になったオリバーが腰を浮かしかけたとき、コテージの扉が、そっと開いた。


 オリバーは息をのんだ。


 ギンガムチェックのツーピースの水着に身を包んだ少女が、頬を赤らめながら姿を見せた。恥ずかしそうに視線を伏せたまま、オリバーの隣のビーチチェアにちょこんと座った。惜しげもなくさらされた肌を隠すように、あいがフリルスカートを押さえた。


「ちょっと、へんじゃない?」

「そんなことないよ、あいちゃん、すごく可愛いよ!」

「……恥ずかしいけん、見んといて!」


 あいはピンク色のドリンクを手に取ると、一気に口に含む。


「ごほっごほっ!」

「もう、あいちゃん、一息に飲むから!」


 ピンクのドリンクがこぼれて、あいの胸元にかかった。さり気なく、オリバーがハンカチであいの口元をふいてやり、ハンカチが胸元へと移動する。ビキニから覗く胸元が濡れていた。オリバーの動きが一瞬だけ、止まった。


 突然、あいは海に向かって駆け出していた。


「オリバー君! 泳ごうよ!」


 眩しい太陽のもと、波打ち際で遊ぶ無邪気なあいの姿に、オリバーは見とれてしまうのだった。



◇ ◇ ◇



 その日の夜。


 海辺で思い切り遊んだあと、オリバーとあいはコテージでゆっくりとした時間を過ごしていた。


 オリバーは目を閉じたまま、左手に構えたヴァイオリンの弦に弓をそっと当てる。イングランド民謡の、優しいような、哀しいような旋律が、古びた室内に広がってゆく。


 あいは目を閉じて静かに旋律に聴き入っていた。


 やがてささやかな演奏会が終わると、あいはオリバーに拍手を送った。


「ええ曲やねぇ。でも、少し寂しい感じがするねえ」

「この曲はね、自分を捨てた恋人を想う曲なんだ」

「ふぅ~ん。そうなんやあ。イギリスの歌には、他にどんなのがあるんやろう」

「――お二人は『蛍の光』、『埴生の宿』、『故郷の空』という曲を知っていますか? これらはイギリス連邦の曲ですが、日本でも唱歌として、子どもたちに親しまれています」


 そういってオリバーとあいに紙を手渡してきたのは、シスターの格好をした女性だった。女性は、今回の作戦において、あいが派遣された戦艦MIの仮想空間での姿(アバター)だ。


 あいがシスターから受け取った紙を見ながら頷く。


「そういえば、兵員輸送船の中で見た『哀愁』はイギリスの映画なんやけど、途中、『蛍の光』でダンス踊っとったんよ」

 

 紙には、楽譜と歌詞が書かれていた。


「ありがとう!」


 オリバーは手渡された楽譜を譜面台にのせて、早速ヴァイオリンを弾き始めた。ちらちら、とあいのほうに視線を向けると、最初は戸惑っていた様子のあいだったが、オリバーのヴァイオリンに合わせ、恥ずかしそうに日本語の歌をうたってくれた。


 いちど歌い始めると、2人で呼吸を合わせて歌うのが楽しくなったのだろう、あいからは最初の恥ずかしさが消え、次第に歌声にも情感がこもり始めた。



◇ ◇ ◇



 夕ぞらはれて あきかぜふき


 つきかげ落ちて 鈴虫なく


 おもへば遠し 故郷のそら


 あゝわが父母(ちちはは) いかにおはす



 『蛍の光』と『埴生の宿』の演奏を楽しく終えて、『故郷の空』を演奏していると、あいの声が突然途切れた。オリバーが驚いてあいを見ると、ついさっきまで楽しそうに歌をうたっていたあいの頬に涙が流れていた。


 オリバーはヴァイオリンの手を止め、あいに駆け寄った。


「――あいちゃん!! どうしたの?」

「……ごめんね、オリバー君。『故郷の空』って、こんな歌詞やったんやね。家族のことを思い出してしまったんよ。どうして今まで忘れていられたんだろうって思ってしまって……」


 オリバーは自分でも気づかないうちに、あいを抱きしめていた。


「君には僕がいる。君は一人じゃない。約束する。僕がずっと、君の傍にいる」

「ありがとう。そうだね。今治には帰れないけど、その代わり、こうやってお互いに知り合えたんだものね。今はオリバー君がウチの故郷だよ」

「あいちゃんは僕の故郷だよ」


 オリバーとあいの2人は、レーザー通信回線が途切れるまで、心の満ち足りた、穏やかな時間を過ごした。

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