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敵艦隊殲滅

 静寂な星の海に、巨大な宇宙戦艦が実体化した。


 波方あい(・・)中尉の乗艦であった。先行していた僚艦とのリンクが回復し、あいの目の前の3次元投影装置、通称ディスプレイに星系内の状況が映し出された。向こう側に赤い輝点群、こちら側に青い輝点群。青い輝点の数はどんどん増えている。


 圧倒的な数と質量の艦艇が、続々と集結していた。これらの艦艇全てが、あいが最初の任務で派遣された旧型駆逐艦とは比較にならないほどの加速性能を有する、第一級の戦闘艦だ。


 艦隊が全て遷移点から実体化するや否や、艦隊MIから送付されてきた操艦指示書に従い、航行しながら円錐型の隊形を組み上げる。円錐の内部に駆逐艦や補助艦を配置し、外側は防御力と攻撃力に優れる戦艦を配置する隊形だ。


 今回の作戦では、あいが派遣された戦艦は艦隊司令部には組み込まれず、艦隊後方に位置していた。


 あいに言わせると、宇宙戦争とは気の長い将棋である。 ディスプレイの大きさは2光時だ。こちらの動きが光となって機械類に届き、機械類の動きが光となってこちらに届くまで4時間かかる。


 4時間後、ようやく機械類艦隊の動きに変化が見られた。


「敵艦隊が分かれましたであります」

「うむ……。艦隊データバンクを参照したが、機械類が艦隊を分割したことはないのである」


 あいのMIアシスタント、ブルドック隊長が教えた。 


 2つに分かれた赤い輝点群のうち、青い輝点群に近いほうが増速した。艦隊MIが近い方の敵艦隊をアルファ、もう片方の敵艦隊をベータと命名し、その情報がディスプレイに反映された。


「このままだと最初に敵アルファと会敵でありますです」

「今のうちに休んでおけ。休めるときに休むのも仕事のひとつだ!」

「了解でありますです!」


 あいはシャワーを浴び、甘酸っぱくて臭い宇宙の珍味、オケラルタ・ナボーナの食事を頬張った。


 不味い、不味いと評判の宇宙食、オケラルタ・ナボーナであったが、廃番となることはなかった。オケラルタ・ナボーナは傭兵協会の士官の一部に熱烈な愛好家を獲得していたのだ。


 あいも、そのなかのひとりだ。


 その後、あいはきちんと歯を磨き、オリバーにメールをしたため、睡眠をとった。



◇ ◇ ◇



 会敵まであと数分。


 ビイッ


 シャトルキャビンに耳障りなブザーが鳴った。


「加速します。ハーネスを着用して下さい」


 戦艦MIの無機質な声が警告した。あいは急いでハーネスを下ろすと、すぐ体がシートに押しつけられる感覚があった。慣性ダンパーでも中和しきれない加速度で、戦艦が加速しているのだ。


 あいは立体ディスプレイの倍率を拡大した。艦隊は円錐隊形を維持したまま直進し、敵アルファ艦隊との会敵直前に軌道を横にスライドさせた。敵の砲撃をなるべく避けながら、味方の砲撃は最大限、敵に当てる。艦隊戦のセオリーだ。


 味方艦隊から1次放射器が次々と照射された。あいの乗った戦艦が1次放射器を照射するたびに艦体が震え、低い唸るような音が響く。敵アルファ艦隊を示す赤い輝点のほとんどがディスプレイから消えていた。


「我が軍は圧倒的でありますよ」

「こら、気を抜くな! 次はベータ艦隊と交戦だぞ!」


 ブルドック隊長の警告が終わりきらぬうちに、ふたたび体がシートに押し付けられる感覚があった。ディスプレイでは青い輝点群と赤い輝点群がすれ違おうとしていた。戦艦MIに攻撃を承認すると、すぐに戦艦は1次放射器を照射し始めた。


 ドンッ


 先程とは明らかに異なる振動で、艦体が大きく揺さぶられた。あいは反射的にハーネスを強く掴む。ディスプレイを確認すると青い輝点群と赤い輝点群がすれ違い、遠ざかっていた。赤い輝点群は数が半減していたが、青い輝点も少なからぬ数を失っていた。


「――艦隊司令部が消滅した」

「大変であります!」

「今、戦艦MI同士が会話をしておる……。1回目の戦闘で敵の飛翔体を迎撃したとき、艦隊司令部のヒューマンファクターが座乗する戦艦の防御を優先したのだ。そこを敵に分析され、2回目の戦闘では、それらの戦艦に敵の攻撃が集中した。いま艦隊MIが再構築されたところだ。いま艦隊に残っているヒューマンファクターは……」


 ビイッ


 抑揚のない男性の声が響いた。


「こちら艦隊MI。艦隊司令部のヒューマンファクターとして波方中尉が指定されました」


 これまでに感じたことがないほどの加速であいはシートに押し付けられた。どこからか、艦体のきしむ嫌な音が聞こえてきた。


「艦隊は反転し、隊形を整え、敵ベータ艦隊と交戦します。敵艦隊との会敵予想時刻は1140」


 ディスプレイを見ると、味方艦隊は急反転を行っているようだ。敵ベータ艦隊はそのまま直進し、敵アルファの残存艦隊と合流し、遷移点付近において、撤退する味方艦隊を待ち受ける作戦のようだ。


 あいは唇を軽く噛みながら、急いで考えを巡らせる。


 ヒューマンファクターがいなければ銀河連合の戦艦は攻撃が出来ない。それは機械類も認識している。もしも銀河連合の艦隊からヒューマンファクターが失われていたら、この星系に出てきた遷移点に向かって味方艦隊は一目散に潰走するはずだ。では今、すべきことは何か……


「艦隊MIに提言!

 隊形を組み上げず、敵ベータ艦隊を避け、各艦が各個に遷移点に向かう針路をとる。ただし、艦艇の配置は広げ過ぎないこと。敵ベータ艦隊と会敵直前には、彼我の相対速度は0.01光速未満になっていると予想。会敵直前に全艦艇で攻撃半球を形成し、敵ベータ艦隊を包囲殲滅する」


 攻撃半球とは、艦隊で2つのお椀を形成し、敵をすっぽり包み込んで包囲する戦術に使用される隊形だ。通常は拠点攻撃に使用される隊形であった。


 艦隊MIが黙り込んだ。あいが追い打ちをかける。


「艦隊MIに提言!

 先のベータ艦隊との交戦記録から、もっとも守られた敵艦、もしくは戦闘に参加しなかった敵艦を特定し、次の交戦ではそれらの艦を最初の攻撃目標に加える」


 ややあって、艦隊MIが答えた。


「艦隊MIは波方中尉の提案を暫定的に認容。作戦計画を作成中」


 まだ加速が続くシートで、あいが大きく息を吐いた。シートに深く身をうずめたあいにブルドック隊長の声が聞こえた。


「ふむ。1つ目は我々がヒューマンファクターを失って潰走している、と敵を欺く作戦だな。2つ目は?」

「我が艦隊と敵アルファ艦隊との交戦記録から、艦隊司令部のヒューマンファクターの乗艦を推定した知性が敵ベータ艦隊にいるという推定であります」

「これまでの機械類艦隊にはそのような知性は見られなかったぞ?」

「はい。念のため、であります。艦隊総司令部に情報を持ち帰って、情報部の解析を待つであります」



◇ ◇ ◇



 ディスプレイでは散り散りになった青色の輝点群が、もと来た航路を反転し、遷移点へと向かっていた。その進路方向上では、赤色の輝点群が遷移点へと先行していた。青い輝点群は赤い輝点群を避け、ばらばらに遷移点に向けて逃げ出しているように見えた。


 ビイッ


 キャビンにブザー音が響いた。


「艦隊MIより各艦へ。送付した操艦指示書に従い、各自行動せよ」 


 ブルドック隊長が操艦指示書を確認すると、3分後には攻撃球隊形を取るようだ。


 ビイッ


 再び、キャビンにブザー音が響いた。


「こちら艦隊MI。波方中尉は1次放射器の使用を承認するか?(イエス/ノー)」

「イエス!」


 ふたたび、体がシートに押し付けられた。


 ディスプレイでは味方艦隊を示す青い輝点群が、大きく2つに分かれ、敵艦隊の赤い輝点群を両側から追い抜かそうとしていた。


 赤い輝点群が急に向きを変え、1つの青い輝点群に近づいた。


 機械類から見ると、ヒューマンファクターを失った銀河連合の艦船など、まるでゲームの的に見えているのだろう。直線的な機動だ。


 だが、この動きは艦隊MIによって予測されており、同じタイミングで、2つの青い輝点群は赤い輝点群を包み込む攻撃球を形成していた。


 艦体が震えた。


 1次放射器が膨大な量のエネルギーを照射しているのだ。


 放射器が照射される度に艦体が震え、放射器にエネルギーを充填する低い唸るような音がキャビンに響いた。僚艦の爆発する衝撃が激しく艦体を揺さぶり、あいはハーネスにしがみついた。


 放射器からの攻撃は一定間隔で続いたが、次第に散発的になり、ややあって、キャビンに静寂が戻った。ディスプレイ上では赤い輝点群がほぼ消滅していた。


 ビイッ


 キャビンにブザー音が鳴り響いた。


「こちら艦隊MI。殲滅戦に移行する」

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