メダカの勝利
立体ディスプレイでは、赤い輝点群と青い輝点群がほとんど接触していた。
自動的にディスプレイの倍率が切り変わると、ディスプレイの向こう側の端に赤い輝点群、こちら側の端に青い輝点群が現れた。
両者は急激に接近している。
赤い輝点群は、戦艦と巡洋艦からなる敵ベータ艦隊である。
青い輝点群は銀河連合の艦隊である。円錐隊形を形成し、内側には小さな、無数の青い輝点群が収められていた。小さな青い輝点群はHMMP達だ。彼らは、いまかいまかと会敵の瞬間を待っていた。
既に、波方あいは気密服のヘルメットを被っていた。普段シート上に跳ね上げてある∪字型のハーネスも降ろされている。
ヘルメットのヘッドセットからブザー音が聞こえた。
「艦隊MIより各艦へ。
送付した操艦指示書に従い、各自行動せよ」
艦隊MIのお決まりの台詞だ。同時に、あいの体が加速度でシートに押し付けられる。
ディスプレイでは青い円錐が、急な動きで上方向にシフトしていた。円錐が移動した後には、無数の青い輝点群が残されていた。
敵ベータ艦隊はそのまま、小さな青い輝点群へとまっすぐに突き進んでいった。
それが囮とも気づかずに――。
敵ベータ艦隊に対して激しい攻撃が開始された。巡洋艦から強力無比な1次放射器が照射された。砲身が焼き切れるほどの熱量で照射された指向性エネルギーは、次々と機械類の艦艇を切り裂いていった。
駆逐艦とHMMP達は敵艦に肉薄し、至近距離から2次放射器による攻撃を加えていく。
当然、機械類も黙ってはいない。強力な放射器による反撃が返ってくるが、散発的だ。機械類の攻撃は、円錐が移動した後に残された青い輝点群に引き付けられており、火力が分散してしまっていた。
「 彼奴ら、燃料コンテナを撃ちまくっておるぞ!」
「やはり、射撃管制システムの感度をあげていましたね……」
艦隊がシフトした後に残された小さな青い輝点群は、コンテナ母艦に積み込んでいた燃料コンテナだ。
機械類がHMMPの存在を認識し、射撃管制システムの感度をあげて交戦するであろうことは想像に難くなかった。
その認識を逆手に取って、HMMPと同程度の艦影を持つ燃料コンテナを大量にスイムアウトしていたのだ。
激しい交戦が終わり、両艦隊がすれ違ったあとには、破壊された艦船が漂流していた。
「戦闘評価。
敵ベータ艦隊95隻中、撃沈52隻、撃破35隻。
艦隊損害、撃沈11隻。大破25隻。
HMMP損害、撃沈もしくは大破35隻、中破31隻、小破多数」
前回の戦闘は星系を横断する速度で行われ、両艦隊の相対速度は0.1光速に近づき、交戦時間も短かった。
だが、今回の戦闘は、銀河連合側に敵拠点を攻撃する目的があった。相対速度は0.01光速と遅く、味方にとっても敵にとっても攻撃する回数が増えた。
結果、両艦隊に大きな損害が出た。
苦い勝利。
あいは浮かない顔だ。
「HMMPの損害は、撃沈もしくは大破35隻でありますか……」
あいとて、勝利は何の対価もなしに得られるものではないと知っている。だが、やはり自分が育てたメダカ達が死んでしまうのは悲しいのだ。
その時、ヘルメット内に男性の声が聞こえた。
「こちら、シャトルMI。
HMMP199より、波方中尉個人にレーザー通信回線開設要求あり。
承認するか?(イエス/ノー)」
HMMP199は一番最後にメダカの学校を卒業した子である。その子が生き残ったことにホッとすると同時に、いったい何の話だろうとも思う。MIが秘匿性の高いレーザー通信を使用して人間と話したい、というのも聞いたことがない。
「イエス。繋いで。ありがとう」
「こちらHMMP199」
すぐにHMMP199の声が入ってきた。若い女性の声だった。
「こちら波方。どうぞ」
「ありがとうございます。
今回、敵はロックオンが不十分な状態で、放射器を使用しました。そのため、HMMPの被害のほとんどが直撃ではなく、電磁波による近接被害です。HMMPの電磁波対策は脆弱ですが、MIユニットは強力にシールドされています。撃沈もしくは大破と判定されたHMMPのなかで、MIユニットが生きている可能性があります。
交戦記録の最終確認位置とベクトルから、漂流しているHMMPの位置を推定し、光学スキャンを使用することで、確実にHMMPを見つけだすことができます」
あいは唇を軽く噛んだ。考えるときの癖だ。
「……つまり、漂流しているMIを救助することができる?」
「はい!」
「どうして君の指揮ラインを通じて上申しないの?」
「……スコードロンリーダーMIがMIA(戦闘行動中の行方不明)です。スコードロンリーダー代理から母艦MIに上申しましたが、なにも応答がありません」
あいの脳裏にあの能面シスターの顔が思い浮かんだ。
「ああ……なるほど。ちょっと待ってて!」
あいは艦隊回線に切り替えた。
「艦隊MIに提言。
HMMPの被害のほとんどが直撃でなく……」
◇ ◇ ◇
捜索の結果、撃沈もしくは大破と判定された35隻のHMMPのうち、28隻のHMMP内部でMIユニットが生きていることが判明した。生存者にはスコードロンリーダーMIも含まれていた。漂流していた28隻は既に回収され、母艦のポートに収められていた。
仮想空間の食堂。
あいは長机に頬杖をついて大型水槽のなかを眺めていた。7匹のメダカが死んでしまったのは悲しいが、それでも192匹のメダカが生きて帰ってきてくれたのだ。
あいの隣に、白い制服を来たブルドック隊長が背筋をピンと伸ばして立っていた。
「嬉しそうではないか、波方中尉!」
「はい。嬉しいであります!」
メダカ達がかわるがわる、水槽を覗き込むあいの顔の前にやってきては、口をパクパクさせ、頭を下げる仕草をした。音声出力はないが、メダカ達が何をいっているのかは分かった。
「でも、どうしてHMMP199だけ、仲間の救助を思いついて、実行できたのでしょうかね?」
「……餌だな」
「えさ?」
あいは大きな目を丸くする。
「最後に残ったメダカに与えた餌のなかに、波方中尉が駆逐艦からMIユニットを助け出した情報があったのだ。最後のメダカはその情報を取り込んで、意味を理解して、自分の処理プロセスとしたのだ」
水槽の中ではメダカ達が元気に泳いでいた。
あいはその様子を、何時間も飽くことなく、嬉しい気持ちで眺め続けた。




