メダカの初陣(1)
3次元投影装置、通称ディスプレイに敵星系内の状況が映し出されていた。ディスプレイのそこかしこに、敵艦隊を示す赤い輝点群が光っていた。赤い輝点群は全部で5つあった。
それに対し、味方艦隊の青い輝点群はディスプレイの隅に1つだけである。だが、あいが眺めているうちにも、青い輝点の数はどんどん増え続けていた。この星系の出入り口である遷移点に、銀河連合の艦隊が実体化し、集結し続けているのだ。
ディスプレイの大きさは8光時。太陽系の海王星軌道と、ほぼ同じ大きさだ。別の尺度でいうなら、ディスプレイの端にいる人が「もしもし」と電話をかけると、その反対の端にいる人から「もしもし」という返事が帰ってくるまで16時間かかる。そんな広さだ。
銀河文明と機械類が熾烈な戦いを繰り広げている、天の川銀河という広大な戦場に比べれば、ちっぽけ、といってもいいだろう。
ビイッ!!
キャビン内に響くブザー音が、あいをとりとめのない想念から現実へと引き戻した。目に掛かっていた前髪を右手で払う。
「艦隊MIから操艦指示書が送られてきたぞ。……ふむ。攻撃艦隊はアルファとベータに分かれる。アルファ艦隊は戦艦と重巡洋艦からなる主力艦隊、ベータ艦隊は巡洋艦と駆逐艦からなる機動艦隊だ。この艦はベータ艦隊だな」
どこからともなく、ブルドック隊長の声が聞こえてきた。ブルドック隊長はあいのMIアシスタントである。あいの体内に構築されたCPUと呼ばれる極小のコンピュータ上で走るプログラムである。
「巡洋艦、駆逐艦と同じ艦隊ですかあ……。HMMPを乗せた状態では、この艦は重すぎて置いていかれそうです」
あいは銀河連合艦隊の白い気密服を来ていた。気密服の上からでは、少女のしなやかな体つきの手がかりとなるのは、首筋から胸元にかけてみえるピンク色の肌くらいである。
今回の作戦において、引き続き、あいはコンテナ母艦に派遣されていた。コンテナ母艦……とはいっても貨物を入れる箱を運んでいるわけではなく、MIユニットを備えた自律航行可能な小型攻撃艇HMMPの運用母艦なのである。
HMMPは本来、拠点防衛用に使用される艦艇である。
このコンテナ母艦はHMMPを拠点に荷下ろしして、そこで輸送任務は終了となるはずであった。だが、急遽、コンテナ母艦は敵拠点攻撃作戦に参加を命じられた。HMMPの輸送任務にヒューマンファクターとして同行していたあいも、そのまま、今回の作戦に参加することになった。
「波方中尉、少し怒っておるな?」
「勝手に攻撃艦隊に組み込んでおいて、扱いが雑でありますよ!」
あいの頬が少し上気し、ピンク色がより深まった。なだめるように、ブルドック隊長があいに応じた。
「実戦は初めてだからな。艦隊MIには、HMMPの使い所がよく分かっておらんのだろう」
◇ ◇ ◇
ベータ艦隊は操艦指示書に従って、移動しながら円錐型の隊形をくみ上げる。円錐の先端に巡洋艦を重点的に配置する隊形だ。攻撃力のないコンテナ母艦は円錐の内部に配置されていた。他の艦から守られる位置である。
宇宙空間での戦闘とは、気の長い将棋のようなものである。数時間後、味方艦隊の到着した光を観測した機械類の艦隊に、ようやく動きが見られた。
「敵のデルタ艦隊、イプシロン艦隊が我々を迎撃するコースをとったでありますよ」
「うむ。光学スキャンによると、敵のデルタ、イプシロンも小型艦や駆逐艦からなる艦隊だ。最初の任務を憶えておろう? あの時の小型艦と同型艦が含まれておる」
あいの座るシート横のモニターを軽いタッチで操作すると、会敵まであと5日もあった。HMMP達に模擬演習の機会を提供するのも良いだろう。
「ブルドック隊長、シャトルMIにお願いして、仮想空間にHMMPのために宇宙戦シミュレーションできる空間を設定してもらえませんか?」
「ちょっと、待っておれ。……うむ。快く引き受けてくれたぞ」
「私には、HMMPがメダカに見えるように設定してもらえますか?」
「……うむ。問題ない」
「じゃあ、ちょっと仮想空間に行ってきます!」
「波方中尉、メダカが見たいだけ、ではないであろうな?」
「そ、そんなことは、決して……」
ない、とは言わない、あいであった。
◇ ◇ ◇
食堂の長机に、巨大な水槽が置かれていた。水槽の中では青色のメダカ達が泳いでいた。最初の頃の初々しさは消え失せ、精悍な表情でまっすぐ前をみて泳いでいる。
水槽の反対側には、赤いフナの大群が泳いでいた。赤いフナの大きさは青いメダカの3倍以上はあった。メダカからすると、巨大魚といってよいだろう。
2群の魚達はあっという間に距離を縮め、すれ違った。
すれ違いの直前、メダカ達は4つのグループに分裂して、鈍重なフナを上下左右にギリギリで避けるような動きを見せた。
半分以上のフナが群れから脱落し、なかには水面に浮かび上がるものもいた。いっぽうでメダカの脱落は数えるほどしかいない。
「今の隊形はなかなか良かった。敵デルタ艦隊は50%以上が大破判定となっておるのに対し、味方の損害は極めて軽微だ」
「損害ゼロには、できないものですね……」
HMMPは艦影が非常に小さく、敵の射撃管制システムがHMMPをロックオンすることは難しい。もともと損害が軽微なのである。だが、あいは満足しなかった。
「敵艦からのロックオンを、もっと減らしたいのであります」
「分裂するグループをもっと増やすか?」
「それもひとつの手ではありますね」
水槽の中では、脱落したメダカ達もすぐに元気になって、群れに戻りつつあった。メダカ達の士気は高い。
あいが水槽に顔を近づけて、中の様子を観察していると、群れの先頭にいたメダカが、すいすいと泳いで、あいの顔のすぐ近くまでやってきて、小さな口をパクパクと動かしだした。
どこからか、若い男性の声が聞こえてきた。
「こちらスコードロンリーダーMI。
波方中尉は、隊形を会敵直前に8つに分けるシミュレーションを承認するか(イエス/ノー)?」
「イエス。シャトルMIと事前に話はしてあるので問題ありません。シミュレーションを承認します」
メダカが群れに戻り、群れを率いて水槽の端で待機すると、水槽に散らばっていた赤いフナ達がぱっと消え失せて、次の瞬間には水槽の反対側の端に出現していた。
メダカ達の熱心な戦闘シミュレーションの結果、敵艦からのロックオンを極限まで減らすことはできるものの、ゼロにすることはできない、ということが判明した。なかなか、思い通りには行かないものである。
また、同じシミュレーションのなかで、敵の群れと2回、3回と交戦を続けるうちに、HMMPとの戦闘に敵が適応して、メダカの損害が大きくなりはじめた。敵が射撃管制システムの設定を変更し、不十分なロックオンで射撃を行いだしたのだ。
HMMPの防御は弱い。敵の攻撃がHMMPの至近距離をかすめただけでも、ダメージを被って戦闘不能と判定されてしまうのだ。HMMPの弱点が敵に知られてしまうのは時間の問題だろう。
「う~ん……、結局、ロックオンされてしまうのかあ」
あいは長机に頬杖をついて、軽く唇を噛みながら、水槽のなかを泳ぐメダカ達を眺め続けた。




