メダカの学校(2)
「……今回の初期学習では自然淘汰モデルが採用されています。この段階で、1%程度の未学習MIが学習に失敗し、脱落することは想定されています」
「脱落って……。この子はどうなるの?」
「学習に失敗したMIは初期化され、そのMIユニットが搭載されたHMMPは補用機として運用予定です」
能面シスターの表情からは何も読み取れない。今度はあいが固まる番だった。言葉の意味を理解すると同時に、気分が悪くなる。能面シスターは、最後に残ったメダカを処分すると言っているのだ。
あいは水槽の中に視線を移した。岩場の窪みに隠れたメダカが震えているように見えた。
「コンテナ母艦さんが持っている情報をもとにして、餌を作れないの?」
「可能です」
「じゃあ、餌を作って!」
「実行不可能です」
「どうして?」
「MIコンポーネントを初期化する演算時間が、情報から餌を作成する演算時間を大きく下回っています」
あいはムカムカと腹が立ってきた。あいが銀河文明で生活してから既に2年になる。時として冷酷に感じるMIの言動も、理由があってのことなのだと考えられるようになった。だが、今の能面シスターの言動は納得が行かなかった。きっと彼女にとって、ほんの少しの手間のハズなのだ。
あいが抗議の声を上げかけた時、ブルドック隊長が穏やかな口調でシスターに話しかけた。
「その最後に残ったMIを初期化するのであれば、研究対象として我々に貸与してくれないか? 仮想空間の維持はシャトルMIが引き継ぐ」
「可能です」
能面シスターはそれだけを告げると、くるりと背を向けて、小部屋へと戻っていってしまった。
「波方中尉、落ち着け、深呼吸するのだ」
「す~、は~~、す~、は~~」
「血中モニター項目が急激に変動したので、会話に入ったが、正解だったようだな」
「……ありがとうございます。ブルドック隊長どの」
ブルドック隊長はあいのMIアシスタントとして、銀河文明の他のMIとは異なり、かなり人間臭くパーソナライズされていた。
「あの能面シスター、ひっぱたいてやろうか思うたんよ!」
「こ、こら、落ち着け、また興奮してきておるぞ!」
「…す~、は~~」
「そのままでいいから、聞け」
「はい。す~、は~~」
「あのMIはこれまで辺境での輸送任務に長く従事してきたせいで、人間慣れしておらんのだ。あのMIの個性は、短期的な効率を求める傾向があるが、通常の範囲内だ」
「…す~、は~~」
「情報を餌に加工する方法は母艦MIから受け取っておる。今、親切なシャトルMIが餌を作ってくれておる。少し待て」
「す~、は~~。餌はどうやって作るでありますか?」
「我々の手持ちの情報を、MIの理解できる形で高次元ベクトル化するのだ」
「す~、は~~?」
「分かっておらんな? メダカが消化しやすい餌にするのだ」
「す~、は~~。最初からそういって下さいよであります」
「お! 餌ができたようだぞ」
ブルドック隊長が魔法のように空中から紙袋を取り出した。あいの難しい顔が、ぱあっと花が咲くように笑顔になり、ブルドック隊長に抱きついた。
「さっすがあ、ブルドック隊長、大好き~、ありがとうございます!」
「こら、また興奮しておるぞ!」
◇ ◇ ◇
「君の口に合うやろか……」
メダカの潜む岩陰の上から、あいは指でつまんだ餌をパラパラと落としてやる。餌のもとになった情報は、ブルドック隊長の手元にあった情報、つまり、これまであいが行った数々の戦闘記録だ。
メダカは水面から落ちてくる餌に気がつくと、ぱくっと口に含んだ。
嫌いな餌なら、吐き出すはずだ。あいが見守る中、メダカは餌を吐き出すことなく、次々に水面から落ちてくる餌を食べ続けた。
「やったあ! 食べてる!」
「どうやら好きな味の情報だったようだな」
さらに餌を求めて、メダカはすいすいと上方へと泳ぎ出ると、水面に浮かぶ餌を食べ始めた。全ての餌を食べ終わると、メダカはぽってりしたお腹で水槽のなかを元気に泳ぎ回った。
あいは机の上に両腕をペタリとつけて、重ねた手の甲の上にあごを乗せると、その愛らしい様子を見守った。泳ぎ回るうちに、メダカの体全体がふっくらと大きくなった。どうやら情報の同化に成功したようだ。
やがて、メダカの体が青白く輝きだした。
「あっ!! やったあ! 体が光ってる!」
メダカはそのまま水面へと泳ぐと、ぱっと消えた。あいはその光景を見届けると、階段を文字通り駆け上がった。
◇ ◇ ◇
198機のHMMP達は、コンテナ母艦周辺の宇宙空間で、2群に分かれての演習を行っていた。モニターからではHMMPが小さすぎてよくわからないが、立体ディスプレイでは無数の青い輝点が2つのかたまりになっているのが分かった。
あいはモニターの映像を甲板上のカメラに切り替えた。
199機目のHMMPがゆっくりとコンテナ母艦から離れてゆく。
HMMPは機体各部のスラスターを小刻みに用いて姿勢制御を行った。進行方向に機首が向くと、今度は機体の回転を静止するため、逆方向のスラスターを噴射した。
一瞬の静止の後、主推進機が青白いプリュームを噴き上げ、メダカの学校の最後の卒業生がまっしぐらに仲間達のもとへと駆けていった。




