メダカの学校(1)
「メ~ダ~カ~の学校は~~か~わ~のなか~」
食堂の長机の上に置かれた大きな水槽には、無数の青いメダカが泳いでいた。メダカ達はいくつかの群れに分かれて、お互いに追いかけあったり、急に反転してすれ違ったりして、一見すると楽しそうに遊んでいるように見える。だが、波方あいはこれが遊びではないことを知っていた。
「ご飯だよ~」
あいが紙袋を傾けてぱらぱらと餌を落とすと、メダカが一斉に水面へ集まってきた。その様子が可愛らしくて、あいは長机に頬杖をついて、笑顔でメダカ達に見入ってしまう。
だが、ここは仮想空間である。このメダカ達も本物のメダカではない。
メダカ達はMIの未学習モデルだ。
このメダカ達は自分たちで試行錯誤して空間戦闘を学ぶように指令を受け、この仮想世界の水槽へ送り出されていた。
時折与えられる餌は情報である。メダカ達は情報を取り込み、有用な情報は自己のプロセスの一部として同化し、不要な情報は削除する。あいは事前に、餌を与えすぎてはいけないと指示されていた。MIが自分で考えなくなってしまうからだ。
最初はぎこちなかったメダカ達の動きも、最近ではかなりスムーズになり、メダカ同士の連携もとれるようになっていた。
「今日も頑張ろうね」
その瞬間、水槽全体が白く輝き始めた。
「あれ……?」
あいは大きな目を丸くする。光がおさまると、先程まで何もなかった水槽の中に、幾つもの大小の石が浮かんでいた。メダカ達の学習が進んで、水槽の環境が次の段階に移行したのだ。
新しい環境に戸惑ってバラバラに泳いでいたメダカ達であったが、石を空間における障害物として認識すると、再び群れに分かれて追いかけっこを始めた。
群れの戦術は、先程とは比べることもできない程に高度なものになっていた。
岩陰を回り、相手の群れの背後を取る群れ。
2群に分かれて、挟み撃ちを狙う群れ。
小石の密集地帯へ相手を誘い込み、数の利を消してしまう群れ。
目まぐるしく隊形を変えて相手を翻弄する群れ。
「すごい……」
あいは水槽に両手のひらと、おでこをつけて観察する。誰に教えられたわけでもない。メダカ達は、追いかけあいながら戦術を学んでいた。
やがて群れの先頭にいた一匹のメダカが青白く輝き出した。メダカは群れから離れ、水面へと泳ぎ着くと、そこで消えてしまった。
「……水面が現実と仮想空間の境目ってことなのかな?」
あいは急いで階段を駆け上がり、屋根裏部屋のベッドに仰向けになると、目を閉じた。
◇ ◇ ◇
あいは仮想空間から目覚めると、すぐにフラットにしたシートを元に戻し、シート横に固定されたモニターを操作して甲板の様子を確認した。モニターには1機の高機動多機能コンテナ(high mobility multi-purpose container)、通称HMMPがスイムアウトする光景が映し出された。
ガイドレールに沿ってHMMPが甲板から宇宙空間へと漂い出る。主推進機が母艦を焼け焦がさないように、HMMPは姿勢を制御すると、次の瞬間には、青白いプリュームを背後に噴き出して、宇宙空間へと元気に泳ぎだしていった。
「やったあ! すごい! すごい!」
あいが機械類の生きた工場とともに銀河文明にもたらした技術を、銀河連合艦隊の兵器体系にフィードバックして得られた成果がHMMPだ。
名称こそコンテナと呼称してはいるが、その実態は、超小型の核分裂リアクター、2次放射器、大容量コンデンサー、MIユニット、推進装置を備えた自律航行可能な小型攻撃艇だ。
コンテナという名称は、民主政府ならば必ず存在する平和主義者に配慮したものなのだという。
それはさておき。
このHMMPを199機、ずらりと上下の甲板に並べたのが、今回の作戦であいが派遣されたコンテナ母艦である。HMMPの数が199と中途半端なのは、コンテナ母艦のコンテナ収容ポートの1つを、あいの生活するシャトルが占有しているためである。
モニターには星の空を楽しそうに泳ぎ回るHMMPの姿が映し出されていた。残り198匹。まだまだメダカ達のお世話が必要だ。あいは仮想空間へと戻るべく、再びシートをリクライニングさせ、両目を閉じた。
◇ ◇ ◇
青白く輝くメダカが水面近くでパッと消えた。仮想空間から現実世界へと移動したのだ。あいは水槽の中を見渡した。
「これが最後の子だったのかな?」
「波方中尉、今のメダカで198匹目だぞ」
あいの話相手は、 犬の顔に、銀河連合艦隊の白い制服を来た人物、ブルドック隊長である。ブルドック隊長はあいのMIアシスタントであり、直立歩行する犬の姿は仮想空間での彼のアバターである。なお、少し前にあいは昇進して波方中尉となっていた。
出港した時、199の未学習モデルがあると教えられた。あいが机の上に置かれた水槽の中を、上から見たり、横から見たり、いろいろな角度から探すと、水中に浮かぶ歪な岩場の窪みに隠れるように、一匹だけ動かないメダカがいた。
「あの子……どうしたの?」
「うむ……。どの群れにも加われずに、餌にもありつけなかったのか、それとも、餌の味が口に合わなかったのか……」
他のメダカがふっくらしているのに、この最後の一匹だけ、お腹のあたりがやせ細っていた。
手に持った紙袋を振るが、音がしない。中身は空だった。
「ブルドック隊長どの、餌がもうないでありますよ~」
「待っておれ。コンテナ母艦MIに聞いてみよう」
コンテナ母艦MIが自身の演算能力の一部を用いて仮想空間を提供してくれていた。母艦MIは、また、メダカ達の成長計画の進捗も管理していた。
食堂に隣接する小部屋から、シスターの格好をした女性が現れた。母艦MIのアバターだ。あいは、この能面のような表情のシスターが苦手だった。
「MIの学習は順調に進行しています。現時点で、初期学習のステージが完了したMIは198体です。これらのMIは、実際にHMMPを操縦して学習を行うステージへと進んでいます。いくつかのMIは自ら作戦を立案し、遂行するイニシアチブを見せ始めています」
「この子は? この子はどうなの?」
あいが水槽の中に残ったメダカを指さした。
想定外の質問だったのか、能面シスターは一瞬だけ固まったが、すぐに無表情のまま口を開いた。
「……今回の初期学習では自然淘汰モデルが採用されています。この段階で、1%程度の未学習MIが学習に失敗し、脱落することは想定されています」




