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負けヒロインが勝つために  作者: マッドちゃんぽん


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3/5

3:マッチング

いろいろと疲れたものの今日は金曜の夜。

疲れたからと、そのまま明日を迎えるのにはもったいない。


「とりあえず、いつものルーティンからやるか」

旭郎はイヤホンをつけて、プレイリストを起動した。

他の人が見れば雑食なそれは、彼が聞くとテンションが上がるものたち。

アニソンから洋楽、クラシックなど、自分に合う曲たち。


「やっぱこのプレイリストは至高だな……何が一番いいって合計時間が一時間なところだ」


彼は毎日これを二回聞きながら勉強をするのを習慣にしている。


──────

「二時間半も聞いちゃったな。心が疲れてたせいだろうか」


音楽を切り、パソコンの電源を入れる。

これは彼が数年かけてお金を貯めたうえで、遅めの高校の入学祝いとして購入したもの。

向こう数年は最前線を走れる、とはPCを組むのに協力してもらった友人の話だ。


パソコンの起動が終わり、通話アプリが自動で起動する。

アプリには、フレンドたちがオンライン状態で、様々なゲームをやっているのが確認できる。

金曜の夜なだけあって、オフラインのほうが少ないくらいだ。


「コイツ……少しは隠すことをすればいいのに」


友人の一人は、大人なゲームをやっているのを隠さないやつもいる。

咎める気は旭郎自身にもないが、あまりに堂々とやっているので、逆に尊敬の念が生まれている。


BANとかされないのだろうかと、余計な心配をしつつ、ゲームを起動する。

旭郎のデスクトップには、JRPGの育成ゲームや日本製アクション死にゲーなどいろいろなゲームがあったが、彼が起動したのはMOBA。

一番好きかと言われると悩んでしまうのだが、他のゲームに比べて、起動するハードルが低いため、彼の所有しているものの中で一番プレイ時間が多い。



通報の結果が反映されたという通知をスキップする。

ついでに、デイリー消化も兼ねて、サブモニターでソシャゲのPC版を起動する。

頬杖をついて定期的にマウスをクリックしつつ、さらに裏で音楽を聴き始める。

眼精疲労の代わりに、削られたSAN値がモニターの光で溶けていっているようだ。





もろもろ準備が整い、ゲーム開始のためにマッチングボタンを押下する。

その時――ふと、机の上のスマートフォンが震えた。


普段なら無視するものの金曜の夜だ。

もしかしたら携帯側のメッセージアプリでゲームの誘いが来ている可能性もある。


メッセージアプリからの通知は、『友達を追加しました』。

友人の誰かがゲーム用のグループに人を追加したのかと、アプリを開く。



追加された人の名前の欄には『シオリン』。

アイコンにしているのは、見覚えのないゆるキャラのようなキャラクター。


「……誰だ?」

逡巡ののち、旭郎はこの追加された人は、今日の放課後の金髪少女……三上であると察した。

互いに共通の友人……と呼べる距離感の相手ではないが、心当たりがなくはない。ただ、わざわざあの人に頼むとは思えない。

再び携帯の通知音。

通知メッセージは『ごめんね!クラスのグループから追加しちゃった!』


そういえば、そういうものもあったなと旭郎は納得する。

普段は使う必要がないので、基本的にはミュートにしているのだが、目ざとく見つけてきたものだと笑った。


返信に迷っていると、ヘッドセット越しにゲームのマッチング完了音が響く。

急ぎの予定ではないだろうと、携帯を置くと、通知音が連続で鳴り響く。


(まだ通知から内容を見ただけだから、未読状態だ。今であれば気が付いてないふりもできる)


無視してゲームに没頭するという選択肢もあったが……放っておくと明日以降がさらに面倒なことになりそうだ。

このゲームはマッチングするまでが長いのだが……乗りかかった船だ、仕方ないだろう。


(この段階だとまだゲーム内のペナルティもないし……損失は時間だけだな)

旭郎は舌打ち交じりにゲームのマッチングをキャンセルし、溜息をつきながら携帯アプリから対象のトーク画面を開いた。



向こうにも既読通知が届いたのだろう。

画面に張り付いていたのか、恐ろしい量のスタンプと文字列が雪崩のように流れ込んできた。

『ねえ!』『起きてる!?』『聞いて!!』という文字と共に、謎のマスコットが暴れ回るスタンプの連打。

怖くなって電源を切り少し置いていると、通知の桁が10単位で増えていっている。


「この人……大丈夫なのか?」



脳の思考を直接出力したかのような恐ろしい連投速度にドン引きしつつも、旭郎は持ち前のタイピング速度で適当に相槌を打っていく。


『どうも。今日はありがとうございます。何か御用でしょうか』

『用ってほどじゃないんだけどね』

『話足りなかったから』

『話し相手になってほしい』


『それを用事というのではないだろうか』

と打ち返そうとした手を止める。そんな正論を返せば、さらに面倒なことになるのは火を見るより明らかだった。


現実逃避にアイコンやスタンプのキャラクターについて、パソコンで調べる。

(……流行っているんだ。アニメにもなってるんだ……実況動画ってなんだ?)


現実に戻ると、途切れ途切れではあるものの、ものすごい数の連投が始まった。

ほとんどが今日あった愚痴の続きだ。

返信を真面目に考えている間にどんどん話が進んでいく。


考えるのもめんどくさくなりそれに適当に返していると、こちらの「文字を打つのが面倒くさい」という態度が伝わったのか、今度は電話がかかってきた。

旭郎はさすがにそれは……と通話を拒否し、「メッセージでお願いします」と送る。


返ってきたのは、アイコンにもなっているなんだかよく分からないマスコットキャラが烈火の如く怒っているスタンプ。

……一体なんのキャラか不明だが、アイコンにも使っていることから余程のお気に入りなのだろう。

画面には、『ケチ』とか『女の子とお話しする機会大事だよ!』とか勝手なことが書いてある。


ブロックボタンに手が伸びるものの、ここまで侵入を許してしまったのなら、こちらの落ち度のほうが重たくなってしまうだろう。

仕方なく、イヤホンを差し通話ボタンに応答をし、電話を始めた。


「あ、アサロー君ありがとね!」

「これだけ連投されてれば仕方ないでしょ」

「あ、電話だと敬語やめてくれるんだ」

「切っていいですか?」

「だめ~」


電話向こうの彼女からは何かドライヤーのような音が聞こえる。

ドライヤーをかけながら通話をするというのは分かるが、そういうのは異性や気になる相手に対してではないだろうか。

(……それか大分下に見られているかのどっちかだな。優しくしすぎただろうか)


そこから彼女が語り始めたのは、放課後に口頭でも少し聞いていた『意中の彼との出会い』についてだった。

……この熱量の十分の一でも本人に直接伝えれば、少しは意識してもらえると思うのだが。


三上とその彼は、幼なじみらしい。

同じ幼稚園、小学校、中学校、そして高校。10年以上の付き合いだという。


「小さい頃、結婚の約束だってしたんだよ!お互いに好きだって昔言いあったし!」


ポン、と送られてきた写真は、おもちゃの指輪を付けた幼少期の二人の写真をスマホで撮ったもの。

わざわざ写真立てに入れているところを見るに、よほど大切な思い出なのだろう。

よく見ると、写真を撮るためにスマホを構えている現在の三上の顔が写真立てのガラスに反射している。


(……普通こういう自撮りを送ってくるときって、可愛らしいパジャマを着ているのがテンプレではないのか。なんだそのサバイバル感のある寝袋は……面白いから別にいいけど)


三上が着ていたのは歩くことのできるタイプの寝袋。



旭郎は、三上のたらこのお化けにも見える姿にドン引きした。

少なくとも、普段クラスの中心にいるともいえるハーフ少女の面影や威厳などは存在していない。

写っていた顔は目元が赤く……また泣いたのだろう。

(だとしても……それを補って余りあるほど、なんて格好だ。推定失恋女子の着る服ではない……泣いてたってより、あくびをしてたのほうがしっくりくる)





「そうなんですね。両想いの幼馴染ってうらやましいです」

「それがさ! 高校になって、あの子が芽生とちょっといい感じで会話してるなーと思ってたんだよ! だから負けじとアピってたのに、今日遠回しに告ったらなんて言われたと思う!?」


芽生……副委員長か。

遠回しでも告白できる胆力はあったのかと、旭郎は三上の株を少し上げる。




(なんてって……まぁ、『他に好きな人がいる』とかが無難な返事か?)

「他に好きな人がいるとかですかね?」


旭郎はふと時計に目をやった。

もともと遅くはあったのだが、既に日付が変わっている。

明日は土曜日なのでもう少しだけ付き合ってやれなくもないが、他人の色恋沙汰を聞かされる身としてはなかなか複雑な心境だ。

少し意識を別に移していたのが悪かった。

通話の向こうから息を吸い込んだ音が聞こえたのち、鼓膜を破らんばかりの音量が飛んできた。


「あいつったら、私のことを『妹みたいに思ってた』だってさ!」


思わず反射で、音量ボタンを操作し、声が聞こえる限界ギリギリの大きさまで小さくする。

はるか遠くで、三上の声が聞こえる。


「妹って何!こっちがお姉さんなんだが!?ちょっと身長が伸びたからってさ!ひどいと思わない!?」


音量ボタンを操作し、小さくしすぎた通話の音量を改めて調整する。

最終的に、最初の音量から30%程小さくしている。

これならギリギリ聞き取れるし、またやられても鼓膜が耐えられるだろうという判断だ。


(妹……一応女性としては見られている範疇なんだな)

旭郎の中では、三上はすでにチワワなどの凶暴なペット枠という株価まで下がっている。




今のところは、絵に描いたような幼馴染の敗北テンプレ。

大体三上が悪いような気もするが……愛しの彼君は頑張ってると思いたい。



「でも好きなんですよね?」

「そうなの!この写真見て!」


それに続くように、送られてくる幼少期の頃と思わしき写真と、それにまつわるエピソードの数々。

個人情報保護などどこ吹く風とばかりにダダ漏れなプライバシーに、なんとも言えない気持ちになる。


彼だけが泥だらけで、その横で顔を真っ赤にして泣きじゃくる三上の写真を見た時、旭郎は彼に同情した。

ここまでで嫌というほど身で知ったことだが、三上という女は昔からこうなのだろう。

彼の人の好さが心配である。

(詐欺とかにひっかからないでほしい……切に願うよ)



椅子に深く腰掛けると、ギシときしむ音がする。

行儀が悪いが机の上に足をかけ、瞼を閉じる。


音量が最初の半分になったことで、彼女の話は良いBGMだ。

適当に相槌を打っているが、彼女としてはそれで満足らしい


(というか、どうして俺は、大して仲も良くない相手のメンタルケアを深夜にしているのだろうか)


ふと冷静になってしまった旭郎。

少し言ってやろうかと音声を大きくしたところ、狙いすませたかのように再び大声が飛んでくる。


『どう思う? ここまでお世話焼いてきたんだから、妹ってのもおかしいよね!?』

「……っ!」


このままだと鼓膜が破壊されかねない。

また、この辺りで切り上げないと、朝まで通話コースの可能性が高い。

そう判断した旭郎は話を無理やり締めにかかる。


「きっと今回の告白で、異性として意識したと思いますよ!」

(……ちょっとキモいか? いや、まあいい。頼む……これで満足してくれ)


手を組んで神様に祈り始めた旭郎。

その思いが通じたのか、通話向こうの三上の声がうわずる。


「そうかな! じゃあ、思い切ってデートとか誘ってみようかな!」


旭郎は「来た」と思わず口に出しそうになるのをこらえる。

努めて冷静に、慎重に話をすすめる。


「いいと思います!頑張ってください!」

「ありがとね!ごめんね長くなっちゃって」

「いえいえ~……失礼します」

「おやすみ~」


通話から退出し、ヘッドセットとパソコンの電源を落とす。

そのまま椅子から降りて、ふらふらとベッドへと流れついた。


「さすがにゲームをする体力は残ってないな……早く寝て明日朝からやったほうがいいな」


そのまま重くなる瞼と意識は睡魔に逆らうことなく、ゆっくりと沈んでいった。




しかし数分後。

通知音を出す設定にしたままだった携帯から複数件の通知音が鳴り響く。


(ゲームの誘いだったら断りの返事を入れないと)


メッセージ送信者は『シオリン』

一件目は、街の商業施設のURL。

このあたりだとそこそこ栄えている地域だ。

三駅ほど離れたその場所は、駅からさらに歩いたところにあったはずだ。

最近、パンケーキだのキラキラした店が多く出店したと耳にしたことがある。

(……野郎一人で行くには、随分ハードルが高くなっちゃったな。)




二件目は、明日の日付と4桁の数字。

なんのことだろうと眉をひそめる旭郎に、三上はとどめのようにこう追記した。





『デートの下見するから、明日ここに集合ね! アサロー君、おねがい!』


「…………まじかよ」


深夜の自室で、旭郎は思わず天を仰いだ。

「下見なんて日和ってないで、直で誘えよ!」

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