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デイヴィス侯爵家のガゼボで、そよそよと風を受けてゆっくりとティーカップに口をつける。
暖かい紅茶があって、お菓子があって、そして何よりルーク様がここに居て。
あぁ。わたしはなんて幸せなんだろう。
そんなことを考えていたら、ルーク様がこちらをじっと見つめていることに気がついた。
「どうかしましたか?」
「いや、幸せだなぁと思って」
そう言ってルーク様は、向かい合わせの椅子から立ち上がって、わたしの隣にやってきて、そこに腰を下ろした。
そして、わたしの肩に頭を乗せて、体重を掛けないように気を使ってわたしにもたれかかった。
「ルーク様、誰かに見られちゃいますよ」
「いいんだよ。婚約者なんだから、誰に見られたって」
ルーク様はそう言うけど、わたしはいちゃいちゃしているところを人に見られるのは恥ずかしい。
「ほら、ルーク様。紅茶、冷めちゃいますよ」
「いいじゃん。紅茶くらい。冷めたっておいしく飲めるよ。それより、やっとニーナとゆっくりできるんだ。その時間を堪能させて?」
そう言われると、ダメって言えない。
わたしはルーク様に弱い。
「これからはさ、オレ、ちょっと忙しくなるかもしれない。まあ、討伐訓練よりは融通がきくが、間も無くデイヴィス侯爵家を出て、デイヴィス伯爵家の当主になるからな」
「……そうですね。親元を離れて、独り立ちなさるのですね」
「それから、国政にも参加しなければならない。オレの持っていた英雄の称号は、首相となったジュリアン代表にとって、大変使えるものらしいからな」
「今まで忙しかった分、領地でゆっくりしようと思っていたのに、残念でしたね。でも、いくらでも時間はあるんですもの。落ち着いたら、ゆっくりしましょうね」
わたしがそう言ってルーク様の頭を撫でると、ルーク様は姿勢を正した。
「ごめんな。ゆっくりできなくて。それだけじゃない。平民になるって言ったのに、平民にしてやれなくて」
ルーク様はじっと、わたしの目を見つめる。
「いいんですよ。王都にいても、領地にいても、ルーク様と一緒でしたら、わたしはどこにいても幸せです」
「オレも……」
わたしが微笑むと、ルーク様が急にわたしを抱きしめた。
「これからはずっと一緒だ。もう、どこにも行かないでくれ」
わたしにしがみつくように、つらい思いを吐き出すように言うルーク様は、少し辛そうだった。
多分、わたしが死んだ日を思い出しているのだろう。
ルーク様が安心できるように、わたしはそっとルーク様の背中に手を回して、ゆっくりと撫でてあげる。
「大丈夫ですよ、ルーク様。もう、どこにも行ったりしませんから」
「……オレより、先に死なないでくれ。もう置いていかれるのはたくさんだ」
「もちろんです。もう、先に逝ったりはしません。それに、ルーク様より13歳も若いんですもの。今度はちゃんとルーク様を見送ってから、わたしも逝きますよ」
「オレは先に逝くけど、ニーナがこの世を去る時には、迎えにくるよ」
「まあ! では、2人で一緒に魂のお洗濯場に行きましょう。運が良ければ、また近くに生まれ変われるかもですよ」
「ははっ。そうだな2人で洗濯されような」
ルーク様は笑顔になり、わたしも笑顔になり、2人で一緒に、にーっこりと笑い合った。
「ニーナ」
「はい。ルーク様」
「この世の中で、一番大事なのはニーナだよ。もう、ニーナのいない世界なんて考えられない。愛してる」
「……わたしも愛してます」
ゆっくりと顔と顔が近付き、さらにゆっくりとくちびるが重なる。
甘い感触。
そして、ささやくように、ルーク様が言う。
「ニーナ、オレは、ニーナを愛しています。一生、大事にします。オレと、結婚してずっとオレの隣にいてください」
前世では。
まだ思春期で、好きとか愛してるとか、ルーク様に言われたことはなかった。
それでも、ルーク様に愛されているとわかっていたし、わたしもルーク様を愛していた。
ジーナは、ずっとルーク様と一緒に居たいと思っていた。
結婚すれば、同じ家に住み、同じ食事をして同じベッドで眠る。
一度もそう口にしたことはないけれど、そんな生活に憧れていた。
それが、やっと叶うんだね。
「はい! ルーク様。喜んで!」
「やった!」
ルーク様もわたしも、満面の笑顔になり、ぎゅっと抱きしめあった。
まあ、今プロポーズしてもらっても、実際に結婚できるのは一年後ですけどね。




