二曲目
魂のライブが終わった。文字通り魂を削ってやった。
オーディエンスたる王とその周囲の兵士達は曲が進むにつれてノリノリになり、俺の演奏が終わるともう終わってしまうのか?などと悲しそうな顔すらしていた。
でも、もう牢獄ワンマンから数えて50曲以上歌っているからそろそろ俺の喉も限界だ。まず水をくれ。
「どうでしょう? 王様」
俺はちょっと掠れた声で王様に尋ねる。ライブ中に伺っていた様子だと決して感触は悪くない。
「…………」
それなのにどうしてか王様は無言を貫いている。俺の一世一代のライブは大失敗で終わってしまうのか?
そんな俺の考えは杞憂に終わったのだとすぐに分かる事になった。
パチパチパチ。そんな音が謁見していた広間に響いていく。そしてその音を鳴らしていたのは目の前の王様だった。
その音はどんどん大きくなりやがて広間にいる全ての獣人が俺に賛辞を送ってくる。
「よかったぞ!」「最高だ!」「もっと続けてくれ!」「抱かれても良い!」
最後のヤツはどうかと思うが、俺の音楽人生の中でこんなにも他人に賛辞された事はない。
もうこの世界に永住するよ、俺。
そう内心で感涙していると王様がようやくといった感じで口を開いた。え、その声……泣いてたの?
「異邦人よ……素晴らしいものを聴かせてもらい感謝する。我々にはこういった音を並べるような文化がない。しかしその手にしているものと声だけでワシら獣人の心をこんなにも揺さぶるとは……もはやこの世のものとは思えん。まさに異邦人しかなし得ないものだ」
ええ、そんなに?というか音楽という概念すらないのか?と思ったが心で叫ぶに留める。
「ラグナの間者かと思っておったがどうやら思い違いであったようだ。他国とは争いが絶えぬのだ、許せ」
そうして俺は牢獄から抜け出し、専用の部屋を充てがわれた。
その部屋は豪華というよりも繊細といった趣で、見た目通り、獣のような生活をしているのかと考えた自分を恥じた。
でも有無も言わせず突然牢獄に打ち込まれたから脳筋なのか、と考えるのも仕方がないだろう。
夕食の時間という事で、兎の様な耳を生やしたメイド姿の女性が部屋まで伝えに来てくれた。
その女性は人間と同じような顔をしていたが、唯一耳だけが自分の出自を訴えていた。
夕食は、というとなんと王様と一緒に摂る事になった。
王様が異世界の話が聞きたいと強引にその場をセッティングしたらしい。
部屋に入ると豪華に飾り付けられた内装と、大きなテーブルが置いてあり、そこにはすでにウキウキした顔の王様が待っていた。
「おお、異邦人よ。そなたの世界の話を聞かせてくれるな?」
俺は精一杯、自分の生まれ育った日本の、バックパッカーとして巡った世界の国々の話をした。
それからコンビニバイトの話、街角で歌を歌っている話。
俺が帰宅する人の波に向かって歌っていても誰も聴いてくれないというとそれは驚いた顔をしていた。
「それにしても聞いているとそなたの暮らしていた世界はここよりも大分進んでいたようだな。そんなそなたに大した持て成しが出来ずにすまんな」
そうなのだ。
王様と会食という事でどれほど豪華な食事が出来るのかと楽しみにしてはいたのだ。
しかし蓋を開けてみたらどうだ。質素というよりも侘しいといったような印象だ。
聞けば、俺が目を覚ました魔王のヘソを囲んでいる国々がそれぞれ争っており、どの国も疲弊してしまっているという事だった。
俺が今いるガルロス王国では、鉄や宝石などは採れるものの土地が肥沃ではないため食料となる小麦などの穀物や野菜が育たず、さらにそれを食べる家畜も少なくなってしまっている、と悲しそうな顔で唸る王様が印象的だった。
ーー本当は手を取り合いたい、どの国もそう思っているのだが
最後に王様がそう締めくくって、ちょっとしんみりした会食は終わった。
部屋に戻ると"彼女"がベッドに座って待っていた。
「あ、ごめん。一人でご飯を食べてきてしまった。君の分もすぐに貰ってくるよ」
俺がそう言うと首を横に振り、俺の手を引いてベッドの上に座らせた。
そうして、ここが自分の定位置だとでもいうように俺の膝の上に座って撫でることを要求してくる。
美少女が自分の上に座っているという状況に多少の興奮を覚えながら、身体の隅々までナデナデしてやった。
本人が望んでいるんだからいいじゃないか。
しばらくそうしていると満足したのか首を上げて俺の方をしっかり見つめて言った。
「マスターのしたいようにすればいいと思う」
これは自分を自由にしていいという事ではないだろうな。
したいように……か。なんで俺の考えている事を知っているんだか。
「ん、弾く?」
そうだな、ちょうど弾きたいと思っていたんだ。
膝の上の彼女は光を放つとちゃんと俺のベストポジションに収まった。
彼女は言葉こそ少ないものの、俺の事をよく知っている。俺は考えごとをする時はギターを弾きながらするからな……
そうしてしばらくの間、ギターを弾いていると不意に扉が開いた。
俺は驚いて演奏をする手を止めて入ってくるであろう人物を見る。
入ってきたのは先程案内をしてくれた兎耳のメイドさんだった。
その目からは涙が滂沱として流れ落ちていた。
「か……感動じばじだぁぁぁ」
どうやら扉の外で俺の演奏を聞いて居てもらってもいられなくなり、入ってきてしまったらしい。
恥ずかしいからノックくらいはしてくれ、と思ったもののギターを弾いていたから聞こえなかったのかもしれないなと思い直した。
「それで、どうしたのかな?」
俺がそう聞くと、うさ耳メイドさんは袖で涙を拭い決意を込めた瞳で俺を見つめてきた。
「私にも……私にもその音を繋ぐやり方を教えて貰えませんかっ!?」
つまりうさ耳メイドさんはこの音楽という概念が無い国で、俺のように楽器を演奏してみたいという事か。
そういう事なら大歓迎だ、と俺がギターを渡そうとするといつの間にか少女に変わっていた相棒が腰にしがみついて離れようとしなくなっていた。
「マスターとじゃなきゃ、イヤ」
それを見たうさ耳メイドさんが慌てている。
さっきまで何かを持っていたはずなのに急に女の子が!?なんて言っている所を見ると本当にさっき変わったんだろうな。
というか光もなかったし……あの光は今から変身するからねーという彼女なりの自己主張なのかもしれないな。
でもギターを貸せない事には彼女に楽器の、音楽の楽しさを教えてあげることは出来ない。
と、そこで俺は突如閃いた。
「あのさ、この国って鉄が採れるんだよな? それだったら……」
それから一週間ほどが経ち、ようやく街一番の鍛冶士へ頼んでいたものが出来上がった。
金属と木材で胴を作り、そこに鞣した動物の革をピンと張ったもの。
それから金属のみで出来た円盤状のもの。
これらを組み合わせれば……あぁドラムの出来上がりだ。
早速俺は専属メイドで、呼べばいつでも来れるように近くで待機しているうさ耳メイドさんを部屋に招き入れた。
「見てくれ、これがドラムだ」
うさ耳メイドさんにはこの一週間の間に音楽に関する知識を少しばかり教え込んでいた為、これが何なのかすぐに理解する事ができたようだ。
「これがあのドラムというものですか……私に出来るでしょうか?」
「出来るかじゃない、やるんだ!」
とどこかで聞いたような台詞を吐いてうさ耳メイドさんのやる気を掻き立てる。
「はいっ!」
こうして俺とうさ耳メイドさんの特訓は始まった。
この特訓は俺がこの国に来てから半年ほど続いた。
専属メイドというよりは既にバンド仲間……というような関係になろうという頃には、うさ耳メイドさんはもうすっかりドラムが叩けるようになっていた。
もちろんまだまだ完璧というにはほど遠いが俺と一緒に音楽を楽しむことくらいは出来るようになっていた。
最近では城の兵士に街までドラムを運ばせて俺と一緒に街で即興ライブをしてしまうほどだ。
ここまで至るまでに俺はある決意をしていた。
それは……。
「何ぃ? 他の国に行くだとぉ?」
「ああ、そうしようと思っている」
俺と話しているのはこの国のトップである王様だ。
毎日のように一緒に食事を摂って色々話しているうちにかなり打ち解けてフランクに話すようになったのだ。
「あれか、やっぱり飯が不満なのか?」
「いや、そういう事じゃない。確かに日に日にメニューが減っていくのに不安しか感じないが……いや、むしろそれをどうにかしたくてそういっているんだ」
「決意は硬いのか? このワシが寂しいと言っても?」
「あぁ、ごめんな王ちゃん」
こうして俺と相棒、それにどうしても着いていくといってきかないバンド仲間のうさ耳メイドさんは隣の国に行くことにした。




