殺し屋襲来
師匠を狙ってやってきた五人の殺し屋たちは、誰が先に動くか互いに牽制し合っていた。
それを見て、師匠は悠真を庇うように一歩前へ出る。
背が高く筋肉質で、顔の前に垂れた1本の編み込みが特徴的な男。
露出の多い服装をした、キツいツリ目の赤茶色ショートヘアの女。
帽子を深く被り、不自然な影で顔が見えないモカブラウンのトレンチコートの男。
全身を黒で統一し、目元にクマを浮かべた、長い黒髪の女。口角は上がったままだ。
そして街ですれ違えば誰もが忘れるような、どこまでも無難で、どこまでも整った黒髪の青年。
殺し屋の一人が、ほかの四人へ声をかけた。
「どうする? 五人で山分け、一人100億ってことにするか?」
返事に迷う者はいなかった。
「まさか。ここはもちろん――」
『殺した奴が500億を総取り! 早い者勝ち!』
揃いも揃って欲深い答えに、師匠は頭をポリポリとかいた。
「なんだ、随分若いな。グレるには早すぎるんじゃねぇか?」
殺し屋たちは誰も答えない。
目の前の獲物を誰が狩るか、それしか頭にない顔だ。
師匠はため息をつくと、後ろの悠真へ届く声で説明を始めた。
「能力者との戦いは、一撃を貰わないことが大前提だ。触れた瞬間即死なんてもんはそうそういねぇが、触れたら何らかの形で詰む能力は多い。あとは一撃で確実に殺せる火力、だな」
殺し屋たちはジリジリと歩みを進め、扇状に展開していく。
「こいつらは『人を殺すため』に能力を作ってきた奴らだ。そういう前提で戦うことを頭に入れておけ」
誰がこの男を殺すか。互いに殺気を向け合う中、編み込みの男が痺れを切らしたように踏み込んだ。
左腕を大きく伸ばすと、その先に巨大な鉄槌が具現する。
片側が弾け飛んだかのような、歪な裂け目を持つ禍々《まがまが》しい鉄槌。
男が腰を低く落とすと、溢れんばかりのオーラがそこへ集約されていった。
「オーラで擬似的な物質を作る能力か。オーラの効率はまぁ悪いが、いつでも出せるうえに物理法則を無視した機能も組み込めるのは強ぇな」
師匠は悠真へ説明を続けた。
「こういう奴を相手にするときは、正面から挑まず隙を突け。まともに打ち合っても押し負けるからな」
師匠が分析を終えた直後、鉄槌の裂け目から爆風のようなオーラが噴出した。
その推進力を乗せ、男が疾風となって前に飛び出す。
(しまった、先を越される――!)
他の殺し屋たちの頭を焦りがよぎる。
「ぶっ潰れろぉッ!」
編み込みの男が高速で肉薄し、鉄槌を大きく振りかざす。
その凶器が師匠の頭上に差し掛かった瞬間――師匠は口にくわえていた爪楊枝を『ぷっ』と吐き捨てた。
小さく放たれた爪楊枝が鉄槌に触れた、その瞬間。
編み込みの男は鉄槌ごと、殺し屋たちの遥か後方へと弾き飛ばされ、大木に激突した。
鉄槌にぶつかった爪楊枝は、その反動で師匠の口元へと跳ね返ってきた。
それを器用に『パクッ』と咥え直した師匠は、悠真の方へ向かって「どうだ」と言わんばかりにニコッと笑ってみせる。
悠真は顔を引きつらせた。
(言ってることとやってることが違う……!)
師匠はヘッと笑う。
「ま、例外はあるがな」
殺し屋たちは誰一人として動けず、冷や汗を流して凍りついた。
その刹那、師匠の姿がフッと消え、弾き飛ばされた編み込みの男の真横に現れる。
殺し屋の中では、無難な顔立ちの黒髪の青年だけが、それに反応して振り返った。
わずかに遅れて、悠真も大木の方へ目を向ける。師匠が突然いなくなることには慣れていても、移動そのものは見えなかった。
(いつ消えた……!? 瞬きすらしてなかったはずだぞ……!)
だが、黒髪の青年はそれ以上の異常に気づき、息を呑む。
自分以外の殺し屋が、誰一人として振り返っていないのだ。
それどころか、さっきまでターゲットがいた場所に向かって、誰もいなくなった今も身構えている。
(まさか、こいつら……消えたことにすら気づいてないのか……!?)
編み込みの男が身を起こしかけた、その首元に、師匠がヒョイと鉄パイプを添えた。
「はい、一本。怪我はねぇだろうが、負けたんだ。動くなよ」
男は師匠を見上げたまま、動きを止めた。身体に痛みはない。それでも、首元の鉄パイプを前に、立ち上がることはできなかった。
ここでようやく、残りの殺し屋たちも師匠が消えたことに気づき、戦慄しながら後ろを振り向く。
大木の下で動かない編み込みの男は、遠目には気を失っているように見えた。
(悲しいねぇ。せっかく分かりやすいように加減してやったのに、足切りラインに立てたのは一人だけか)
この時、全員の頭に同じ事実が突きつけられていた。
この男は、タダ者ではない。
さっきまでは功を焦って牽制し合っていた殺し屋たちが、今は互いに「どうぞお先に」と腰を引かせている。
「ちゃんと加減して遊んでやるから、安心してかかってこいや」
ツリ目の女が、ハスキーな声でコートの男に耳打ちした。
「おい、あんたシェイドだろ! 250億、二人で山分けはどうだ! 力を貸せ!」
「……一人でやるんじゃなかったのか」
「さっきのを見たろ! 事情が変わったんだよ。この中じゃあんたと組むのが一番目がある!」
「俺の取り分を300億にするなら乗ろう」
「チッ、しゃーねぇ、乗った! 私の能力は――」
「スコーチローズのカティ。能力は把握している。俺のことも知っているだろう」
「ヒュー! さすがシェイド様様だねぇ、たった今からファンになってやるよ!」
ツリ目の女――カティが右手を突き出すと、手のひらに燃えさかる炎の薔薇が現れた。
彼女がそれを強く握りしめると、炎でできた茨のツルが旋回し、彼女の右腕を包み込んでいく。
それを見ていた師匠は、感心したように声を漏らした。
「薔薇と焦薇で掛けてんのか。洒落てるねぇ……」
一方、コートの男――シェイドが両手を腰の位置で大きく広げると、コートの裾からドロリとした影が湧き出し、彼の体をふわりと宙へ浮かび上がらせた。
影は形を変え、薄く研ぎ澄まされた刃となって男の周囲を高速回転し始める。
「俺に合わせろ」
その短い合図と同時に、二人は師匠を取り囲むように動き出した。
シェイドは影で浮遊したまま高速で周回する。
緩急のついた不規則な動きの中で、彼の輪郭がブレ始めた。
一人が二人、三人と、残像のように増えていく。やがて八人もの姿が、全く異なる軌道で走り出した。
カティはシェイドほどの速度はないものの、縦横無尽に跳躍し、師匠の上空を飛び越えながら駆け抜ける。
彼女が駆け抜けた跡には、燃え盛る茨のツルが幾重にも張り巡らされ、あっという間に師匠だけを閉じ込める『炎のドーム』を作り上げていった。
舞い散った落ち葉がツルに触れた瞬間、一瞬で灰すら残さず燃え尽きる。
ツルが伸びるたび、紅く燃え上がるドームに青い炎の薔薇がポツポツと咲き残っていった。
爆ぜる火の粉がチリチリと音を立て、閉じ込められた内側の空気が熱気で歪む。
離れた場所に残された悠真は、ドームの外からその光景を見て、息を呑んだ。
(これが、殺し屋……。僕と、レベルが違いすぎる……!)
そしてもう一人、黒髪の青年も額に汗を伝わせながらその光景を注視していた。
(すげぇな……! 初対面のはずだろ、なんてコンビネーションだ……!)
だが、男の胸の奥で、異様な不快感が膨らんでいく。
(なんだこの感覚は。500億を先越されそうで焦ってんのか? ……いや、違う。なんだこの嫌な予感は……)
無意識に己の胸を強く押さえる。
(本当に、あれで『あいつ』を殺せるのか……?)
一方、渦中の師匠は汗一つかかず、悠然と悠真へ語りかけていた。
「悠真、こういう風に二人に狙われたら『各個撃破』だ。一対二はどうしても不利になる。無理やりにでも一対一の状況を作って戦え」
周囲を囲む二人は、完璧なタイミングを狙って殺気を研ぎ澄ませている。
逃げ場のない炎の檻。離れた場所にいる悠真にまで、肌を焼く熱気が伝わってきた。
「方法は自由だ。言葉で誘導してタイマンに持ち込めるなら、それだって構わねぇ」
師匠が悠真の方へふっと顔を向けた――その一瞬の『隙』を、二人は見逃さなかった。
シェイドの影が巨大な漆黒の鎌へと姿を変え、八人の残像が一斉に師匠へ飛びかかる。
同時にカティの右腕を包んでいた茨が激しい渦を巻き、炎の長槍となった。
カティはその槍を構え、師匠の喉元を狙って突進する。
ドームに咲いていた青い薔薇も一斉に槍へと変化し、シェイドの残像を巧みに避けながら師匠へと殺到する。
(残像にしか見えないだろうが……影で作った分身、すべてが実体だ! さあどう動く!)
「ハハッ! 燃え尽きな!」
勝負あった――そう確信した瞬間。
シェイドの刃も、カティの炎の槍も、師匠の皮膚一枚にすら届かなかった。
磁石の同じ極が反発するように、すべての攻撃が師匠の数センチ手前で不自然に歪み、逸れていく。
行き場を失った炎の槍は、本物以外の分身を的確に貫き、爆炎を上げた。
攻撃が逸れたことに虚を突かれたシェイドとカティは、突進の勢いを止められず、師匠の両脇を通り過ぎようとした。
その瞬間――
『コツン』
すれ違いざま、師匠は二人の頭を鉄パイプで軽やかに小突いた。
たったそれだけの衝撃で、二人は制御を失った砲弾のように吹き飛び、激しく地面を転がっていった。
影の鎌も、七人の分身も、泥のようにドロリと地面へ溶けて消えた。
そして空間を覆っていた炎の茨もまた、一瞬で炎の粒子となって激しく燃え尽き、跡形もなく消え去っていく。
「はい、一本ふたーつ」
(お願いですから……、各個撃破の方法を見せてくださいよ……!)
黒髪の青年は、地面に横たわる二人から、中央に佇む師匠へと視線を戻した。
男の衣服には、焦げ跡どころか、激しい爆風によるチリ一つ付いていない。
あの連携に巻き込まれていたら、自分でも10回は殺されていただろう。
それを、あの男は――。
(なんだよ今の……、攻撃の方から避けた……? 他者の能力への干渉……? 聞いたことすらない、ありえんのかそんなの……!)
それを見ていた長い黒髪の女は、ガタガタと震えながら後退りを始めた。
「ひっ……!」
女は黒髪の青年を置いて一人でなりふり構わず逃げ出し、派手に転倒する。
ふと気づけば、師匠はまたも姿を消し、黒髪の青年のすぐ隣に立っていた。
(また……いつの間に……!?)
師匠は黒髪の青年を一瞥もせず、ヘラヘラと笑いながら四つんばいになって逃げる女の方へ歩いていく。
「ずっと攻めてこない奴は、大体裏でなんか仕込んでる。しっかり警戒しとけよ」
女はある程度離れると逃げるのをやめ、顔を覆ってその場でうずくまった。
肩を震わせ、怯えているように見せる。だが、顔を覆った手の下で、女は笑っていた。
ここまで、すべて予定どおりだ。相手が誰であろうと、あの罠にはまれば殺せる。
(間に合った……! 上空500mからの遠距離爆撃……! 着弾まで0.1秒、勝てる……! あと3mで……500億!)
遥か上空、雲の切れ間に巨大なオーラの塊が静かに漂っていた。
一度指定した着弾地点は変えられない。だからこそ、女は最後にここへ逃げ込み、追ってきた相手を誘い込むつもりだった。
師匠は、その地点まであと3mのところにいる。
「それと、勝ち筋は幾つか用意しておけ。勝ち筋が1つしかなくて『通用しませんでした』じゃ、話にならねぇからな」
(あと1m……! 今ッ!)
直後、天から極大の黄色い閃光が降り注ぐ。
しかし師匠は見上げることもせず、手にした鉄パイプを『フッ』と一振りしてそれを打ち払った。
大爆発を起こすはずだった閃光は、まるで線香花火のように虚しく散っていく。
「うっ……ううっ……」
女は顔から手を離し、散っていく閃光を見つめた。
絶対に殺せるはずだった。その確信が崩れた途端、作っていた震えが止まらなくなる。
今度は演技ではなかった。
半狂乱で泣きじゃくる女の頭に、そっと鉄パイプが置かれた。
「はい、一本」
――それを遠くから見ていた黒髪の青年は、全身の毛穴が開くような戦慄を覚えていた。
(ふざけやがって……)
姿形は何一つ変わっていない。
それなのに、目の前の男が――到底人間とは思えない、おぞましい『怪物』にしか見えなくなっていた。
(たった……たった500億で、あれの相手をしろってのかよ……!)
師匠は黒髪の青年へ歩みを始めた。




