↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/32

切り離すオーラ

 いつものように、師匠はテントの中で日記帳に向かって頭を悩ませていた。

 悠真《ゆうま》は邪魔をしないよう、肌寒い空気の中、外に座って待っていた。


(ここまでで五日か。できることなら三日で終わらせたかったが……)


 日記を書き終えて、手帳をパンっと閉じると懐《ふところ》へしまった。


(才能がないならないで仕方ねぇ。そんなもん承知の上だ。いまはやれることをやる、それだけだな)


 テントの入口を手で押し上げると悠真に呼び掛けた。


「おーい、悠真。もう寝るぞ」

「あ、師匠。もう書き終わったんですね」


 悠真はそう言って中に入ると寝る支度を始める。

 事前に地面に敷かれたタオルの上に寝転がって、タオルを身体にかける。

 そしてそれを見て師匠がランプの火を消す。


「おやすみなさい、師匠」


 師匠のいびきが聞こえるとだんだん眠気がしてくる。

 しばらく経つと、師匠がひょいっと身体を起こした。

 懐にしまっていたイガグリを手に持つと、悠真の頭のほうへひょいっと投げる。

 だが悠真は、ぐっと上体《じょうたい》を起こして器用に躱《かわ》した。

 イガグリの修行が始まってから、師匠が近くにいるときはずっと警戒していたのだ。寝床だからといって、安心できる相手ではない。


「おお、今の避けるか。やるじゃねぇか」

「師匠のことですからね! いつか絶対やると信じてました!」

「おいおい、それは信頼されてんのか」

「信頼してます! 師匠はそういうことを平然とする人だと! はい!」


 へっと笑うと今度こそ師匠は眠り始めた。

 悠真も同じように眠り始める。

 眠りについて1時間ほどたったころ、外で物音がした。

 悠真は連日続く物音を野生動物の仕業だと決めつけ、起き上がろうとはしなかった。

 だが次の瞬間、ガーンと耳をつんざく音が響き、悠真は飛び起きた。

 鍋の響きがまだ残る中、テントの入口から外を覗《のぞ》いた。誰もいない。

 だが、焚《た》き火《び》のすぐ近くには、さっきまでなかったこぶし大の石が転がっていた。

 ただ事ではないと悟った悠真はすぐさま師匠へ駆け寄った。


「師匠! 起きてください! 師匠!!」


 師匠は、いびきをかいたままだ。


「師匠! 今回はまずいですって!! 石投げられたんです!! 絶対人です!! 殺し屋です!!」


 肩を揺《ゆ》さぶり、しまいには顔をグーでポカポカ叩いても、師匠はまるで起きなかった。


「師匠……。今回は本当に危険なんですってば……」


 悠真は敷いたタオルの上に体育座りすると、もう1枚のタオルを頭からかぶった。入口の向こうをじっと見張る。


「師匠。僕が守りますからね……」


 だが1時間もすると、心地いい風の音に誘われてそのまま寝てしまった。



 ――翌朝。


「起きろー」


 師匠はタオルの上から悠真の頭をコンコンと鉄パイプで小突《こづ》いた。

 悠真ははっとしたように目を覚ます。


「師匠! 殺し屋は?! どうなったんですか?!」


 それを見て呆《あき》れたように師匠は返した。


「なに寝ぼけてんだ。とっとと起きて飯食うぞ」

「え、あ……、はい……」


 テントの外に出ると昨日見た位置に石がまだ落ちている。

 昨日のことが本当だった証拠にはなるが、結局何も起きてはいない。

 師匠に言っても、からかわれるか、笑って流されるかだろう。悠真は結局、石のことを口にしなかった。

 師匠は朝食を済ませると、今日はすぐに街のほうへ歩いて行った。

 今日は修行しないのか、と思ったら悠真の気づかないうちに右手の指に火のついた葉巻《はまき》が挟まれていた。


 せっかくだからと、そのまま座って葉巻に集中し始める。

 だが、次第に昨夜の出来事が頭を占めていった。

 昨日は運よく襲われなかったが、もし本当に襲われたらどうなっていただろうか。

 この修行を続けていれば、自分や師匠を守れるのだろうか。

 これで、本当に師匠みたいに強くなれるのだろうか。


 考えが次々に浮かび、煙が揺れ始めた。

 集中が途切れている。そう気づいてハッとしたときには、身体が無意識に動いていた。

 その直後、さっきまで座っていた場所にイガグリが落ちてきた。


(いま、無意識で……)


 師匠が手に何かを持って帰ってきた。


「おお、よく避けたじゃねぇか」


 そう言いながら、爪楊枝《つまようじ》で丸いものを口へ運ぶ。

 悠真の視線に気づくと、師匠は手元を見せた。


「ん? これか? たこ焼きだよ。あの湖な、昔は海の一部だったのが地殻変動《ちかくへんどう》で切り離されてできたものらしい。長い年月で変化した環境に適応した珍しいタコが採れるってんで名物になってたわ」


 そんなことはどうでもいいと、悠真は師匠に怪訝《けげん》そうな顔で言った。


「師匠、お金ないんじゃ……」

「まぁな。店のばあさんの荷物運びをちょいと手伝ったらくれたよ。ほれ、お前も食え」


 師匠は爪楊枝で悠真の口に放り入れた。


「ん……、美味しい……」

「ここに来るまでに冷めてちょうどいいだろ」


 昨夜の不安はまだ残っていたが、たこ焼きは美味しかった。

 悠真がゆっくり噛んで飲み込むのを、師匠は満足そうに見ていた。


「おっしゃ悠真、今日は気分転換に違う修行やってみるか」


 予想外の一言に悠真は目を丸くして聞き返した。


「え、いいんですか……? まだちゃんとできて……」

「もう下地は十分に作った。あとはきっかけさえありゃなんとかなるからな。いまは新しい刺激でリフレッシュするぞ」


 師匠が爪楊枝を口にくわえると、悠真の手から葉巻を取って指に挟む。


「よぉ~く見とけよ。これできるやつはすっくないからなー」


 師匠が笑うと上に伸びていた煙がある地点でピタリと止まった。

 その位置でモクモクと大きくなると、次は横に動き始めた。

 悠真を取り囲むように動きながら、一定の間隔で、煙を包むオーラごと切り離していく。

 葉巻から伸びる煙とのつながりを失っても、その塊は崩れずに宙《ちゅう》を動いていた。


「切り離したオーラの遠隔操作《えんかくそうさ》、技術の系統としては少し逸《そ》れるが、練習してみて損はないな」


 そう言うと球体だった煙の塊が一斉に動き出し、0から9までの数字に変化した。

 どれも、ただの数字ではない。花で飾られたものもあれば、8の上にちょこんと座り、悠真へ手を振る可愛いクマさんまでいる。


(子ども扱いしすぎですよ……)


 師匠が自慢げな顔を見せると、さらに続ける。


「最初からここまでやれとは言わん。そうだな、最初はまっすぐ飛ばして途中で方向転換でもできたら上出来だな」


 だがそれを見ていた悠真の顔は不安げなものだった。


「師匠……」

「ん、どした?」

「本当にこのままでいいんですかね」


 師匠は少しだけ考えてから聞き返した。


「どういう意味だ?」

「いや、あの。この前闘技場で戦ったとき、確かその人の強さは身体とオーラの強さだって……。本当にこのままで強くなれるのかなって……」


 師匠は頭を片手で押さえるとため息をついた。


「あー、あれか。強さ、破壊力や防御力は肉体の強さとオーラ量の掛け算で決まるってやつだろ」


 悠真がその場でコクコクと小さく頷《うなず》いた。


「間違っちゃねーよ。物質としての硬度とオーラの密度、その掛け算だ。能力者なら、だいたいそう覚える。厳密にゃちょっと違うが気にすんな。肉体の強さも含めて、まずは土台になるものの強さと、そこに込めるオーラの密度だと思っとけ」


 師匠は指を2本立てた。


「仮にどっちも50なら、50かける50で2500だ。片方が1、もう片方が99なら99。同じだけ鍛えられるなら、両方を釣り合わせるのが効率いいってわけだ。片方が全くない場合も、そこは『0』じゃなく『1』として考える」


 その言葉を聞いて悠真は前のめりに話し始めた。


「それじゃあ! 僕もこんなトレーニングより、もっと筋肉とか鍛えたほうがいいんじゃ!」

「なんでぃ、せっかくの華奢《きゃしゃ》な見た目がもったいねぇだろ」

「もったいないって……」


 師匠はしゃがんで悠真に目線を合わせると続けた。


「筋肉を鍛えるのも間違いじゃねぇ。ただ、片方だけでさっきの2500を超えちまうなら話は別だ。華奢な身体でも莫大《ばくだい》なオーラがありゃ勝てるし、オーラのない奴が肉体だけで能力者を上回ることもある」


 師匠が悠真の顔の前に手を出すと、そこに大きなオーラが集まってくる。


「お前もオーラ操作にずいぶん慣れて、1か所に集めることなら造作《ぞうさ》もないだろ。分かるか、言ってしまえばお前はいま部分的に莫大なオーラを持ってるやつと同じになれる」


 師匠はそのオーラの集まった手で握りこぶしを作って見せた。


「華奢な身体で油断した相手にそれぶちかましてみろ。間違いなく効くぜ。闘技場のときもそれで勝ったろ」


 悠真が師匠と同じように手を出して握りこぶしを作ってそれを見る。


「肉体の強さを3倍、4倍ってするのはとんでもなく大変だがな、オーラの密度を4倍にするくらいなら頑張りさえすりゃすぐにできるようになるさ」


 師匠は悠真の頭をそっと撫《な》でた。

 使い込まれた革のグローブが髪とこすれてキュっと小さな音がした。


「だが、体外でのオーラ操作はまだまだ貧弱だ。気配を探るために薄く広げるのと、攻撃を受け止めるだけの密度を保つのは違う。今のお前が実戦の防御に使えるのは、せいぜい身体の周りを数センチってとこだ」

「数センチ……」

「闘技場で戦ったやつは刃物にオーラをまとえてなかったからな。お前のレベルでも空気と服にオーラを固めるだけで十分通用した」


 師匠の顔から笑顔が消えていつにもなく真面目な顔になった。


「だがこれからやってくるやつらはプロの殺し屋だ。この前とはレベルが違う、殺すためだけに力を求める奴らだ」


 悠真はその言葉を聞いて唾《つば》を飲み込んだ。


「オーラを極めりゃ、理屈の上じゃ、空気すらない真空でもオーラそのものが鉄より強固な壁になる。前は油断を誘うために相手に一度斬らせたが、理想は斬ることすらさせない鉄壁。お前が目指すべきはそういうとこだ」


 師匠がじっと悠真を見ると、呼応《こおう》するように悠真は師匠を見てコクリとしっかり頷いた。


「この修行の第一目的は、体外でのオーラ操作の強度を上げることだ。身体から完全に切り離せなくても、そこを目指して練習するうちに、身体の外でオーラをしっかり保つ力はつく。切り離せるようになりゃ、なおいいってわけだ」


 師匠がもったいぶるように笑った。


「それが終わりゃオーラの対象を変化させる。最初は煙、煙から空気、空気から真空、そして最後には……」


 森の奥から、互いを牽制《けんせい》し合うようにして五人の男女が現れた。


「なかなかの顔ぶれがそろったわね」

「でもあれだけの大金をかけられて、まだ生きてるなんて運のいいやつだ。だが、解体屋《かいたいや》クラスの大物がまだ動いてないのは予想外だ」

「これで俺たちにも500億のチャンスがあるってもんさ」


 師匠は立ち上がると、やれやれといった表情で振り返った。


「ったく、空気読んじゃくれねぇかな」


 師匠は鉄パイプを構えた。


「おい悠真、まだ見せたくなかったが仕方ねぇ。せっかくだから対能力者との実戦、見してやる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。