↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/32

落ちる石

 草木の揺れる音と、鳥のさえずりが聞こえる。

 朝の光が薄い靄《もや》を照らす中、悠真《ゆうま》は指に葉巻《はまき》を挟み、立ち上る煙へ集中していた。


 太い煙が薄い輝きを帯《お》び、少しずつまっすぐ伸びていく。

 その形を保ちながら、葉巻にも空気を送る。火を消さず、煙も揺らさないように。


(大丈夫、だいぶコツがわかってきた)


 先端の灰が2センチほど伸びた時、頭に何かがこつんと当たった。

 痛がるほどではなかったが、反射的に頭を押さえる。

 足元に、小さな石が転がっていた。


「もう、なんだよこれ……」


 森の奥から、朝の食料を調達しに出かけていた師匠が帰ってきた。


「言っただろ、マルチタスクだって。落ちてくるものにも注意しとけよ」

「昨日はそんなこと言ってなかったですよ!」

「言われたことしか注意しない方が悪い。戦場で不意打ちを食らった時も、敵に『不意打ちするなんて聞いてない』って文句言うのか?」


 ああ、そうだ。こういう人だった。

 悠真は言い返したい気持ちを飲み込んだ。


「次からは適当に落とすから、それもちゃんと避けろよ」

「師匠! 1ついいですか!」

「やだ」


 即答され、悠真は頬を膨らませた。


「嘘だって。なんだ、言ってみぃ」

「師匠はマルチタスクだって言ってましたよね」

「ああ、言ったな」


 悠真は指を折って数えた。


「煙をまっすぐ伸ばして、空気を送って、灰を落とさない。そこまではいいんですよ。でもですよ!」


 足元をドンと踏みしめる。


「落ちてくる石を避けたりしたら、いくらオーラで補強しても灰が落ちるに決まってるじゃないですか!」


 師匠はやれやれと葉巻を取り上げた。


「もったいねぇから、あんましたくねぇんだけどな」


 口にくわえ、大きく吸う。

 じりじりと燃え進み、指で持っている数センチを残して、葉巻はほとんど灰になった。

 今にも崩れそうなそれを悠真に見せると、師匠は手をぶんぶんと振り回した。


 風切り音が鳴り、足元の草が風圧で倒れる。

 それでも、長く伸びた灰は少しも崩れなかった。


「どうだ、まだ何かあるか?」

「……ないです」


 師匠はうつむく悠真の頭を撫《な》で、テントへ向かった。


「休憩だ。飯にするぞ」


 テントの前には、いつの間にか焚《た》き火《び》の準備ができていた。

 金串《かなぐし》に刺した魚が、火を囲むように並んでいる。いつも荷物に入っている串だ。

 湖まで魚を取りに行っていたのだろうか。


 師匠が火をつけ、しばらくすると、魚から落ちる脂《あぶら》がじゅっと音を立て始めた。


 師匠は焼けた魚にかぶりつき、1匹をあっという間に平《たい》らげた。

 悠真は串を手にしたまま、何か考えるように魚を眺めている。


「どした、悠真。腹痛いのか?」


 首を横に振った。


「いや、そうじゃないんです。ホテルの美味しいごはん、思い出しちゃって」


 師匠は黙って次の言葉を待った。


「あのホテルのごはん、すっごく美味しかったんです。でもやっぱり僕、師匠がこうやって作ってくれたごはんが好きだなって」


 そう言って、悠真も魚にかぶりついた。


「でもですよ師匠! たまにはまた、あんな美味しいごはん食べさせてくださいね!」

「ったく、金のかかる弟子だな」

「師匠のお酒と煙草《たばこ》代よりは、お金かからないですから!」


 師匠はばつが悪そうに顔をそらした。


「食い終わったら、とっとと修行再開すっぞ」

「あ! はぐらかした!」


 軽口を叩き合ううちに、串には魚の骨だけが残り、火の勢いも小さくなった。



 ――悠真は新しい葉巻を構えた。

 煙を包む輝きが先ほどより強まり、太い煙が静かに伸びていく。


 修行を続けるうちに、燃え尽きた葉巻の灰が、足元の1か所にまとまっていった。

 師匠は少し離れた、湖の見える場所に座っている。

 写真を1枚撮ると、手帳を開き、ペンで景色を描き始めた。鉄パイプはすぐ握れるよう脇に置かれている。


「師匠ーっ! なんで写真撮ったのに、絵も描くんですかーっ?」

「写真だけじゃ味気《あじけ》ないだろーっ! こっちの方がーっ! 性《しょう》に合《あ》ってんのーっ!」


 返事を聞いていると、また頭に石がこつんと当たった。


「このタイミングはひどくないですかーっ!」

「ひどくなーい!」


 悠真は、今度こそ聞こえないように小さくつぶやいた。


「一体いつ投げたんですか、ったく……」

「いつ投げられてもいいようにーっ! ずっと集中しとけよーっ!」


 聞こえていたらしい。


 煙と空気の操作は、ようやく安定してきた。

 だが、灰を支えるだけでもまだ難しい。そこへ、いつ落ちるかも分からない石を避けろという。


 目の前には、さっき落ちてきた石があった。


(僕に言うんですから。師匠、お手本見せてくださいよ……!)


 悠真は石を拾い、師匠へ向かって振りかぶった。

 怪我はしてほしくない。だからオーラは込めなかったが、それでも石はかなりの速さで飛んでいった。


 せめて、一言ぎゃふんと言わせたい。


 だが、師匠は振り返らなかった。

 ペンを置き、脇の鉄パイプを右手で拾い上げ、そのまま肩越《かたご》しに背中へ回す。

 先端には、直角に曲がった短い管がついている。その開口部《かいこうぶ》へ、飛んできた石がすぽりと収まった。


 師匠は手首を返した。

 鉄パイプの先から石が飛び出し、まっすぐ悠真へ戻ってくる。


 額《ひたい》にこつんと当たった。


「ぎゃふん……」


 悠真は額を押さえ、その場にうずくまった。

 傷はなく、痛みもすぐに引いた。それでも、しばらく立ち上がる気になれなかった。


 どうして、背後から飛んでくる石に気づけたのだろう。


 師匠は何事もなかったように、また手帳へペンを走らせている。

 その姿をじっと見ていると、周囲の景色が陽炎《かげろう》のように揺れていることに気づいた。

 煙を包むものと同じ、薄いオーラの揺《ゆ》らぎだった。


(そういうことですか……。いいお手本になりましたよ、師匠……!)


 悠真は立ち上がり、葉巻を構え直した。


 煙、空気、灰に集中して、石が来た時だけ注意を向ける。

 それでは遅いのだ。


 意識するのは、石そのものではなく、自分の周りの空間。

 3つの操作を続けながら、周囲にもオーラを広げておく。


 深く息を吸い込むと、煙だけでなく、悠真の周りにも薄い輝きが広がった。

 同時に、まっすぐだった煙が大きく揺れる。


(いい、大丈夫……! 今は全部を同時に……。後からよくしていけば、大丈夫のはず……!)


 その時、頭上に広げたオーラの中へ、何かが入ってくるのを感じた。


 こつん。


 避ける前に、石が頭へ当たった。

 足元へ転がり落ちた石を、悠真はじっと見つめた。


(やった……。やっと、初めて落ちてくるのが分かった……!)


 当たるより先に、気づけた。

 今までとは違った。


 顔を上げると、朝には長く伸びていた木々の影が、ずいぶん短くなっていた。


「お疲れさん。休憩して飯にすんぞ」


 いつの間にか、師匠が隣に立っていた。

 そう言い残し、テントの方へ歩いていく。


 その横顔は、いつものニヤけ面とは少し違って見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。