さいっこーにヒーロー
ヒューリが右腕を向けるより先に、ミーシャはゴミ箱を蹴り飛ばした。
張り巡らせたロープへ跳び乗り、その間を縦横に跳び回る。
ヒューリは水を使わず、飛んでくる箱を身をひねってかわした。
(まさかあんな挑発で自分から水塊をまとめてくれるなんて。対戦じゃ先にイラついたほうが負けって知ってるー?)
ミーシャは次のロープへ跳び移りながら、ヒューリの右腕をちらりと見た。
大きくまとまった3つの水塊へ視線を走らせ、近くに転がるゴミ箱の位置を確かめる。
(ひとまず残弾数を減らせたなら、先に物をぶつけて壊す……! 配管からの供給は少ないから、次の水が溜まる……まで…………?)
ミーシャの動きが一瞬止まる。
だが、すぐに次のロープへ飛び移った。
ヒューリの右腕は銃口のように、その先を追い続ける。
(好きなだけ逃げ回ればいい。貴様にとっては、命中すれば即死すらありえる攻撃だ。ずっと向けられて平然といられるはずがない。いずれ精神が疲弊し、動きも鈍くなる。それまでの辛抱だ)
ロープを渡りながら、ミーシャは打ち上げたゴミ箱を蹴った。
箱はヒューリの脇をかすめ、その向こうへ飛んでいく。
ヒューリの口元がわずかに緩んだ。
(どうやらいくら貴様でも、高速移動をしながら狙いを定めることは困難なようだな)
その笑みを見て、ミーシャは残るゴミ箱を一斉に打ち上げた。
酒瓶、空き缶、割れたレンガも宙を舞う。
ロープを跳び回りながら、次々と蹴り飛ばしていく。
ヒューリの顔から余裕が消えた。
(狙いは弾の無力化……! 数で強引に当てる気か……!)
ヒューリは右腕の水をかばい、飛来するゴミをかわし続ける。
その脇を抜けた瓶やレンガが壁を削り、路面を穿ち、水たまりを散らした。
奥の壁を伝う配管にもレンガが当たり、その一部が割れ落ちる。
路地の奥へ飛んだレンガの1つが、テンパの後頭部を直撃した。
「アガッ!」
テンパは巨体に似合わぬ声を上げ、両手で頭を押さえる。
「だ、大丈夫ですか?!」
「あ、うん、だ、大丈夫。……それより、ほら? 俺たち敵だからね?」
「あ……」
「で、でもありがとうね。もう大丈夫だから、さ。続きしよっか」
悠真は困惑した。
敵の反応にも、その隙を攻められなかった自分自身にも。
(……やりづらい。もし演技だとしても、調子狂う……)
ヒューリは呆れた目で二人を見た。
(あのバカは何をやっている。……だがあの性格がガキとは相性がいいらしい。おかげでいまだにガキが逃げずに相手を続けている。早急にこの女を片付けてガキを捕らえる……!)
ミーシャもまた、奥の二人が作る場違いな空気に気を取られた。
(あちゃー、僕くん今チャンスあったのにー。あっちのほほんとしてるよ)
ヒューリが先に我に返り、右腕をミーシャへ向けた。
ミーシャはロープを縮めて逃げる。
だが、移動した先へ、すでに水弾が迫っていた。
(パターンが単純すぎだ。あれだけ見れば逃げる先もわかる)
ミーシャは別のロープで身体を引き戻した。
その目の前で水弾が爆発し、飛沫が全身を覆う。
「アッ――ァァアアアアアアアア!!」
ミーシャは地面へ落ちた。
顔を押さえ、痛みに耐えきれずにのたうつ。
悲鳴を聞いた悠真が振り向いた。
「ミーシャさんッ!」
テンパの身体が、その行く手を塞ぐ。
「ごめんね、だけどこっちも手を抜いてられないから……」
ヒューリはミーシャへ歩み寄り、右腕を構えた。
「想定よりずいぶん時間を使ってしまった。気に食わないやつだが実力だけは認めてやる、大したものだ」
水たまりから補給しようとする。
だが、足元に水は残っていなかった。
(バカな……、さっきの攻撃で水たまりが散らされていたとしても、十分に溜まる時間はあった……)
ヒューリは路地の奥を走る配管に目をやった。
奥から手前へ水を送っていた管が、途中で断たれている。
水はそこで奥の路面へ流れ落ち、ヒューリが最初に壊した箇所からは、もう流れ出していなかった。
(まさか、さっきの攻撃は配管の供給を止めるため……、大量のゴミはそのカモフラージュ……! この女、最初からそのつもりで……!)
その視線が配管へ逸れたのを、ミーシャは顔を押さえる指の隙間から捉えた。
(いま……!)
痛みをこらえ、地面を蹴る。
同時に、ヒューリの傍らのゴミ箱が跳ね上がった。
ロープに弾かれた箱が右腕をはね飛ばし、水塊の1つを砕く。
ヒューリは倒れかけた身体をこらえた。
はじかれた右腕が後方へ流れる。
残った水と、ミーシャの位置を確かめようとした。
(腕……、路面のゴミ箱……、残弾は1、補給はできない……。女、あの女は……)
さっきまで倒れていたミーシャが、頭上のロープにしゃがんでいる。
充血した目を大きく開き、痛みに顔を歪めながらも、笑みを浮かべていた。
(攻撃がくる……、まだ回避が……。そのあとに、最後の一撃を……)
1本のロープが、生成された位置から横へ滑った。
ヒューリの左足を払い、足元をすくう。
さらに体勢が崩れ、後方へ流れた右腕の手首を、新たなロープが挟み込んだ。
(動かせるなら、回せるはず……!)
ミーシャの思いつきに応じ、ロープが全体ごと回転する。
挟まれた手首が強く締めつけられ、その位置へ固定された。
(しくじった……! 追加された機能に『生成後にロープの座標を動かせる機能』があった……。不可視のロープでなくても警戒するべきところを無意識のうちに可能性から排除していた……! 生成と収縮ばかりに気を取られ、ロープそのものが動く可能性を見落としていた……!)
ヒューリの表情が消えた。
左足は浮き、残る足だけでは踏ん張りが利かない。
右腕を後方へ取られたまま、身体を立て直すこともできなかった。
水塊はまだ1つ残っている。
それでも、この拘束を抜け出す手段が浮かばない。
ミーシャは足元のロープを沈ませ、反動をためていく。
(ずっと引っかかってたんだ。なんでわざわざ水たまりから水集めてるのかって)
ヒューリの右腕には、最後の水塊が浮かんでいる。
その周囲で飛び散った粒は、もう集まってこない。
(操作できる水はある程度の大きさが必要……。だから空気中の水分や、一度はじけて粒になった水は再利用できない)
ミーシャは拘束された右腕を見た。
(そんなことに気付けるなんて私ってやっぱり天才だったり? できるなら最後の1つも壊したかったけど、ここは――)
足元で、ロープがさらに深く沈む。
(一気にたたみかける!)
限界までたわんだロープが跳ね返り、ミーシャを撃ち出した。
音を置き去りにする速さで、ヒューリへ迫る。
ヒューリの頭から、それまでの冷静な計算が消えた。
(回避……? 無理……、どうやって抜け出す……。終わった……俺が……負ける……。申し訳ありません、ウーリ様……)
勝利が目前にある。
ミーシャの胸が高鳴り、思考が一気に先へ走った。
(うれしい誤算。時間を稼ぐので精一杯かと思ったけど、まさか倒せるなんて)
奥には、テンパと向かい合う悠真がいる。
(残りの一人は、僕くんと一緒になら絶対勝てる。待っててね、すぐ助けに行くから)
ヒューリはもう何も考えていなかった。
それでも身体が先に動く。
残った水塊が右腕のすぐそばで爆発し、骨も肉も砕いた。
骨の支えを失った腕がぐにゃりと潰れ、ロープの隙間から滑り抜ける。
(ほら、見てて僕くん。私、いまさいっこーにヒーローしてるから――)
解放されたヒューリが左腕を突き出す。
飛び込んだミーシャの喉元をその腕がとらえ、勢いのまま彼女の身体を地面へ叩きつけた。
ミーシャの意識が途切れる。
立っているヒューリ自身も、何が起きたのかまだ分かっていなかった。




