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粒

 ミーシャとヒューリが戦い始める中、路地の奥では、悠真《ゆうま》とテンパが向かい合ったまま構えを解かずにいた。

 テンパが、これが最後とばかりに静かに口を開く。


「最後にもう一度だけ確認させてほしい。本当についてくるつもりは無いんだね」


 悠真の真剣な表情は、少しも変わらなかった。

 テンパは歯を食いしばり、ゆっくりと構えを解く。


「俺はヒューリみたいに器用じゃないからやるなら本気でやるし、多分怪我をさせることにもなる。……正直な話、この数週間ずっと尾行《びこう》して情も湧《わ》いてるし応援もしてた。できることなら君を傷つけたくない」


 テンパは深々《ふかぶか》と頭を下げた。


「おとなしくついてきてくれるなら、絶対に悪いようにはしないと約束する。どうか信じて欲しい!」


 悠真は、頭を下げ続けるテンパをまっすぐ見た。


「すみません、それでも信じられないです」


 はっきりと告げた言葉とは裏腹《うらはら》に、胸の内は揺れていた。


(ごめんなさい。できることなら信じたいけど、嘘の可能性が1%でもあるなら……)


 悠真はぐっと奥歯を噛み締める。


(ミーシャさんまで巻き込んだんだ。僕の軽率《けいそつ》な判断でこれ以上の状況悪化だけは避けなくちゃ)


 テンパは小さくうつむいた。


「……そうか、残念だよ」


 次の瞬間、大きく拳を振りかぶり、悠真めがけて飛びかかった。



 ――一方、ヒューリはその様子を横目で見ていた。


(遅い、ようやく動き始めたか。あいつ、また無駄話をしていたな)


 正面へ向き直る。

 ミーシャは空中に生成したロープの上で腕を組み、ヒューリを見下ろしていた。

 月明かりとネオンの薄明かりが、彼女の姿をぼんやりと照らしている。


 互いに警戒し、次の一手をうかがう一瞬。

 ヒューリの頭の中では、すでに見た挙動《きょどう》から、いくつもの仮説《かせつ》が枝分かれしていた。


(闘技場で見た時とまるで別人だ……私が去った後、あの試合で何があった? まずは能力の情報を整理しろ。闘技場で見たものと別物と考えていい。あのとき確認できたのは3つ。空中に自在にプロレス用のロープを生成できる。弾性力《だんせいりょく》は生成後でもある程度操作できる。そして、複数同時に生成できる。既存の機能が消えている可能性は低い。この3つに、知らない機能がいくつか増えたと考えるべきだ)


 思考はそこで止まらず、先ほどの急加速へと移る。


(さっきの挙動から考えられるのは、ロープの状態を変化させて生成できること。あるいは、能力者ですら視認《しにん》できないロープを生成し、効果を発動する直前まで隠しておけること……)


 見えた瞬間には、すでに伸びきっていた。

 だが、見えるようになった理由まで決めつけるわけにはいかない。


(効果発動時に見えるようになったこと自体がブラフという可能性もある。効果発動中も見えないまま使えるのに、あえて目視できるようにしたのかもしれない)


 ヒューリはミーシャを見据《みす》えたまま、さらに条件を洗い出す。


(見えないロープを先に生成していた場合、あらかじめ伸ばす必要がある。念のため、ロープの座標《ざひょう》を生成後に操作できる可能性も警戒しておくべきだ)


 挙げた仮説を警戒の対象へ加え、ヒューリは対策へと思考を進めた。


(どちらにせよ脅威なのは、ロープによる不意の拘束《こうそく》と、収縮の反動を利用した打撃。あの女自身、それであのガキに敗れたはずだ。ガードさえ間に合えば防げるが、不意を突かれれば私も同じ結果になりかねない。周囲をオーラで警戒し続けるしかないか。戦闘中ずっとリソースを割《さ》かれ続けるのは厄介《やっかい》だ。だが、それさえ怠《おこた》らず、あの女の間合《まあ》いに入らなければ問題ない)


 ヒューリは思考を加速させ、これだけの分析をごく一瞬のうちに終えていた。


 ミーシャも、ロープの上からヒューリの出方をうかがっていた。


(さあて、どうしたもんかな。意外と防戦一方《ぼうせんいっぽう》で攻めてこない、となると能力の分析中かな。一方私はいまだに相手の能力すらお目にかかれてない、と。能力を持ってないとかなら歓迎なんだけど、そうはいかないよね)


 フッと軽く息を吐き、足元のロープへ意識を向ける。

 相手の不気味なまでの静けさに、ミーシャはわずかに眉《まゆ》をひそめた。


(相手は殺し屋、能力がわからない状態でポンポン攻めたくはないけど、私のスタイル的にどうしようもないしなぁ)


 ヒューリはまだ仕掛けてこない。

 ミーシャも、ロープの上に留まった。


(うん、このまま牽制だけして時間稼ぐのが最善かな)


 そのとき、ヒューリが右手を壁へ突き出した。

 ガンッという音が響き、壁の上方を這《は》う配管《はいかん》の一部が壊れ落ちる。

 残った管から水がちょろちょろと流れ出し、路面に小さな水たまりを作った。


(まぁ持ってるよね、能力。こっから本気ってわけか)


 ミーシャは、壊れた配管へ視線を送る。


(結構高い位置の配管が壊れた……。遠距離攻撃? ならなんで最初から私に攻撃せず、ヒントを与えるようなことを?)


 ロープの上から声を張り上げた。


「なにー? ミーシャに攻撃当てられないからって物に八つ当たりー? ダサいからやめたほうがいいよー!」


 ヒューリは反応せず、真顔でミーシャを見つめている。


(こんな挑発じゃ乗ってくれないよね。はてさて、配管攻撃の意図を急いで考察しなくちゃ。一番ありそうなのは、相手に能力を使うって知らせることが条件になってる、とかかな)


 ミーシャは配管の破断面《はだんめん》に目を凝《こ》らした。


(見たところタメの時間も少なくて、配管の壊れ具合から威力もそこまで高くない。唯一気がかりなのは壊れた配管の形状。あれは単純に外からものやオーラをぶつけただけの形じゃないよね)


 視線をヒューリの手元へ戻す。


(ぶっちゃけ近づきたくないけど、それ自体が目的で、本命の能力の条件を整えてたり、タメ時間を稼いでる可能性もある……)


 ミーシャはロープへ体重を預けた。

 ビヨンビヨンと身体を沈み込ませ、反動を大きくしていく。


(ちょっとリスキーだけど、ここはひとまず攻めるか)


 ロープが縮む力に乗り、ミーシャは下方のヒューリめがけて弾丸のように飛び出した。


(ゲーム経験くらいしか判断基準ないけど、あのタメ時間の短さで、ぶつかって即ゲームオーバーみたいなやばい能力まではないはず。警戒すべきは裏にあるかもしれない本命……!)


 そのタイミングを見計《みはか》らい、ヒューリが右手で前方の空気を払った。

 路面の水たまりが動き出す。

 持ち上がった水が広がり、ミーシャの進路を塞《ふさ》ぐベールになった。


 触れる直前、ミーシャは腹部へ掛かる形で、伸びきったロープを生成した。

 即座に収縮させ、身体の中心から強引に後方へ引き戻す。


 だが、その挙動を見た瞬間、ヒューリは水のベールを爆発させた。

 爆発はミーシャのいる方向へ集中し、細かな水を一斉に飛ばす。


(……水! 配管への攻撃は私に見せつけたわけじゃなかった……! 配管の中を通る水を武器にするために破壊したのか、だからあんないびつな壊れ方してたわけね)


 距離が開くにつれ、爆発の衝撃は急速に弱まった。

 だが、微細《びさい》なミストとなった水は、両腕で顔を守るミーシャへ降りかかる。

 パチパチという細かな破裂音が、身体の前面で立て続けに響いた。


 水の粒が直接触れた肌に、鋭い痛みが走る。

 服に覆われた部分も痛むが、露出した肌ほどではない。


(……痛ったい! けど外傷はなし、いったい何? あ、『痛《い》ったい』だけに? ……とか考えてる場合じゃないよ! 日本語伝わるわけないし、てかそもそも伝える必要ないし! もう! しっかりしてミーシャ!)


 ミーシャは痛む箇所へ目を向けた。

 肌や衣装についた小さな水の粒がはじけ、さらに細かく飛び散った粒が、別の場所ではじける。

 その連鎖《れんさ》が、身体のあちこちで繰り返されていた。

 皮膚に傷は見当たらないのに、痛みだけが続く。


(あっそ、性格のわりにメンタルじわじわ削るタイプのいやな能力もってんのね。とっさに顔を守ったのは正解、目にでもはいったらそれだけで隙さらしてゲームオーバーもあったかも)


 無数の針に刺されるような感覚を残したまま、ミーシャは構え直した。


(もし直接あの中に入ったらどうなってたのかな。これくらいの痛みが全身を襲うだけなら助かるんだけどさ)


 ヒューリは水たまりに残った水を持ち上げ、浮雲《うきぐも》のように自身の周囲へ漂《ただよ》わせる。

 ミーシャは思わず顔をしかめた。


(ほんと嫌な性格してんじゃん。それされるだけでこっちはキツイっての分かっててやってんだろうな。ゲームで友達無くすプレイ平気でやってくるタイプだ)


 ヒューリは表情を変えなかった。

 配管から流れ落ちる水を少しずつ集め、周囲にまとう水を増やしていく。


(殺せない縛《しば》りは多少厄介だが、これで高速移動による攻撃は牽制できる。水がある程度たまれば攻撃に転じてそのまま無力化、もし途中で逃げてくれるならそれでいい)


 変わらぬ表情とは裏腹に、ギチギチと音がするほど奥歯を噛みしめていた。


(だが、貴様はウーリ様を侮辱《ぶじょく》した。できることなら逃げるな。殺せずとも死にたくなる程にいたぶってくれる)

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