天才
「どう? いまのキマったんじゃない?!」
夜に沈む路地裏へ、表通りのネオンがかすかな光を落としていた。
入口から10mほど奥に、青髪のヒューリとテンパが並び立っている。
さらに10mほど先では、ミーシャが悠真をかばうように二人へ向き合っていた。
ミーシャは首だけをクイッと動かし、背後の悠真に笑顔を送る。
ヒューリは、ただ見ているだけのテンパに冷ややかな視線を向けた。
「テンパ、私はガキをやる。女は任せた」
「え、俺が女と戦るの……? 無関係の女に手出すのはさすがに――」
「ガキを任せても、また無駄な対話を試みるつもりだろう」
テンパは戸惑いながらも、ヒューリの気迫に押されて身構えた。
「……あいよ」
悠真は前方の二人を見やり、額ににじむ汗も拭わずにミーシャへ告げた。
「ミーシャさん、あの二人すごく強いです。多分あの青い髪の人は特に……」
「ちゅーこくあっりがとうね! でも大丈夫! 見るだけでヤバそうなのビンビン伝わってきてるから」
(でもここで引き下がれるわけないよね。今のままじゃ、「ヒーローになりたい」なんて言って、君みたいな子供に本気出しただけの痛い大人だしさ)
ヒューリが一歩前に踏み出した。
「おい女、貴様は無関係のはずだ。いま引き下がるなら見逃しても構わないが、どうする?」
「残念ながらミーシャはヒーローなんだよね! これ見て引き下がれるわけないでしょ」
ミーシャは笑みを浮かべたまま、ヒューリの髪へ目を向けた。
「それに、青髪はミーシャの専売特許だからやめてくれる? キャラかぶっちゃうでしょ」
「は? 何を言っている、貴様の髪は金だろうが」
「来週から青にする予定なんですぅー! ってことで、ミーシャが勝ったら青やめてよね」
「ふざけるな、このデカ女がっ……!」
その言葉に、ミーシャの笑顔がピタリと固まる。
「デカ……女…………?」
一瞬、言葉が詰まった。
次の瞬間には顔いっぱいに笑みが広がり、ミーシャは両手をパチンと合わせた。
片足をぴょいと上げ、その場で飛び跳ねる。
「わっかるーー? これ大変だったんだよー! 半年前にようやくRリカの公式体重超えたんだよねー! でも太ももの形も大きさもまだまだでさー!」
(くそっ、こいつの情緒がまるで分からない。心理戦も行動の先読みも通用しないとみるべきか)
ヒューリが顔を引きつらせる一方、ミーシャはケラケラと笑う。
「いやぁ話が分かるお方だ。ミーシャは心優しいからね。今二人まとめて帰ってくれるなら、髪の話は見なかったことにしてあげよう」
「ふざけたことをぬかすな。そんなことのためにここにいるわけではない。テンパ、作戦変更だ。この女は私がやる」
テンパはヒューリを見た。
「あ、ああ……」
「わかっているとは思うが、対話は無駄だ。あきらめて力づくでとっとと捕まえろ」
「……」
(とりあえず、ヤバそうな方が私と戦ってくれるように誘導はできたみたい。僕くんはまださっきの疲れが抜けてないだろうし、せめてもの悪あがきだけど……)
ミーシャはチラリと背後の少年を見る。
(かといって正直、私もまだまだ疲れ抜けてないよ。どうする、私? やれる? ――分かってるよ、やるんでしょ、ミーシャ!)
ミーシャは地面を蹴った。
二人の頭上をフワリと飛び越え、入口から2mほど内側へ降り立つ。
奥の悠真と入口近くのミーシャが、ヒューリとテンパを挟む形になった。
(せめて僕くんから距離を取らせる。僕くんだって疲れてるけど、一対一なら逃げるか、持ちこたえるくらいはできるはず。私はこっちをひきつけて、僕くんの邪魔をさせない。あの人、お師匠さんが戻ってくるまで時間を稼げたら、私たちの勝ち)
入口の向こうには、表通りの明かりが見える。
(もしロープで捕まえれたら、人通りの多いところまでひっぱりだす。そうしたら向こうも派手に動けない。そのまま僕くんと二人で逃げれる可能性もある)
ミーシャはヒューリとテンパの向こうへ視線を戻した。
悠真は奥で、二人を警戒して構えている。
(けど、私をほったらかしにして二人とも僕くんのほうへ行かれたら……。この距離だと、次は助けが間に合わないかもしれない)
ヒューリが鼻を鳴らした。
「分断が目的だろうが、自分から身を引いてくれるなら私も助かるよ」
ミーシャの額に、うっすらと冷や汗が浮かぶ。
ヒューリは彼女へ背を向け、悠真へ向き直った。
「それだけ距離があれば、お前の邪魔が入る前に片がつく」
(どうするミーシャ、考えて……! なにか足を止める手段を、こっちに意識を……!)
「っへー! わざわざ戦いやすいように移動してあげたのに、無視してまで二人がかりで子供いじめちゃうわけだ!」
「くだらないな」
ヒューリは振り返りもせず、悠真へ歩き出す。
ミーシャは笑みを保ったまま、言葉を継いだ。
「なっさけなーい! 部下がこんなに情けないんだから、きっとあんたらのボスも情けないんだろうなぁ!」
ヒューリの足が止まった。
隣のテンパが、なだめるように手のひらを向ける。
その手を振り払うように、ヒューリが勢いよく振り返った。
「貴様……! ウーリ様を侮辱するかッ!!」
ミーシャへ踏み出した身体を、テンパが両肩をつかんで押しとどめる。
「おい、落ち着けってヒューリ!」
「黙れテンパ! こいつは俺が殺す! いますぐにだ!」
「あっれれ~? しゃべり方崩れてるじゃん。もしかして、ププッ……キャラ作ってたの~?」
テンパはヒューリの肩を押さえたまま、声を落とした。
「まじで落ち着けって……! 殺したらまずいって!」
「……分かっている。だが、ウーリ様を侮辱したことだけは、後悔させてやる」
(分かっている、分かってはいる。あの男との関係性がわからない以上、下手に殺せばあの男を怒らせ、協力どころか対話の可能性すら捨てることになる。だからといって、なぜウーリ様への侮辱を見過ごさなければならない……!)
テンパの手が離れる。
ヒューリは殺気をたぎらせながら、ミーシャへと一歩、また一歩と歩みを進めた。
(だが、こいつの戦いは闘技場ですでに見た。脅威は不意に現れるロープのみ。身体能力も速度も、特筆すべきところはない。それさえ気を付ければ、あのガキにすら勝てない遥か格下の相手だ。すぐにケリをつけてやる)
「じつはさ、まだまだ試してみたいことたくさんあるんだよねー」
ミーシャが両手を鳥のようにフワリと広げた。
ミーシャの背後、ふくらはぎに掛かる位置へ、1本のロープが現れる。
そのロープは、生成されたときから限界まで伸びきっていた。
(早速ロープを出し――!)
ヒューリが視認した瞬間、ロープが縮んだ。
その反発がミーシャの脚を押し出し、身体ごと前方へ弾き飛ばす。
足を取られて体勢を崩すこともなく、ミーシャは一気にヒューリの懐へ飛び込んだ。
鋭い回し蹴りが迫る。
ヒューリは本能的に両腕をクロスさせ、かろうじて受け止めた。
凄まじい衝撃が、両腕を打つ。
(速いっ……!? 闘技場で見た時よりも、格段に……ッ!)
「ありゃ、いまの防がれちゃうか。強い人みんなガード硬すぎだよー!」
(おかしい……! 生成時点でロープが伸びきっていた……! こいつの動きも、ロープの挙動も、闘技場で見たときとまるで違う。出し惜しみしていたのか? いや、この女の性格的にそれはない)
ヒューリはミーシャを見据えたまま、闘技場で最後に見た姿を思い返す。
(俺が闘技場を去った後になにがあった? この数時間で、文字通り「格」がまるで違うほどに成長している)
冷や汗が頬を伝う。
背筋に悪寒が走った。
(嫌になる……。ウーリ様から教えていただいてはいたが、まさかこんな奴が――これが、「天才」か……!)




