団子屋
二人が街道を歩いていると、時代劇に出てきそうな水茶屋がポツリと佇んでいた。
2本の立派な松の木に挟まれるようにして建つ、どこか風情のある佇まいだ。
「こんなとこに団子屋か、珍しいな。悠真、食ってくか?」
「え、いいんですか! やった、お団子なんて初めて食べます!」
「お前のおかげで大金が入ったんだ。気にせずたくさん食えよ」
そう言うと、師匠は店先に置かれた縁台に腰掛け、威勢よく声を張り上げた。
「おばちゃん! 団子2本ちょうだい!」
店の奥から、おっとりとした老婆の声が返ってくる。
「あいよぉ〜」
その声を聞いた悠真は、師匠の隣に座りながら不思議そうに顔を見上げた。
「ねぇ師匠。なんで店主さんがおばあさんだってわかったんですか?」
「こういう店の相場は『おばちゃん』って決まってんだよ」
悠真は「ふーん……」と、いかにも興味のなさそうな生返事をした。
その時、店の奥の薄暗がりでは、二人の男が息を潜めて声を交わしていた。
一人は薄く青い長髪をした端正な顔立ちの男。もう一人は、黒い短髪の背が高く体格のいい無骨な男だ。
「あの男か。思ったよりも早く見つかったものだな」
「聞いてはいたが、本当にまるで覇気がないな。どうする?」
「急ぎはしなくていいと言われたんだ。しばらくは観察に励むとしよう」
奥からおばあさんが、出来立てのみたらし団子を運んできた。
お皿を2つ丁寧に置くと、団子を前に目をキラキラと輝かせている悠真を、愛おしそうに見つめる。
「お待たせさん。はい、どうぞ」
「ありがとうございます、おばあさん!」
悠真が嬉しそうに頭を下げると、ふわふわとした髪が揺れた。
おばあさんはふんわりと目を細める。
「あら〜、可愛いお嬢ちゃん。たくさんお食べ。おかわり欲しかったら遠慮なく言うてね」
「……おばあさん、僕、こう見えて立派な男なんです!」
悠真がむすっと頬を膨らませて言い返すと、おばあさんは驚いたように目をパチクリと丸くし、それからすぐに破顔した。
隣では、師匠がニヤニヤと笑いを堪えている。
「おや、そうなのかい? こりゃあ失礼したねぇ。じゃあ、たくさん食べて、もっと立派な男になるんだよ」
おばあさんは師匠の顔を一瞬だけ盗み見ると、何かを思い出したかのように、そそくさと店の奥へ戻っていった。
悠真は串を手に取り、お皿に滴るタレに目を輝かせている。
対する師匠は、風情もへったくれもなく、団子を串の横から一口で頬張り、一瞬で平らげてしまった。
悠真はそんな師匠に冷ややかな一瞥をくれた。
自分の分まで慌てて食べることはない。
串を持ち上げ、つやつやとしたタレを眺めてから、ようやく一口かじった。
「ん……! あ、甘い……!」
「そりゃそうだろ、団子だからな。どうだ、うまいか?」
悠真はすぐには返事をせず、口いっぱいに広がる幸せを噛みしめた。
ごくりと飲み込み、味が消えてなお、その余韻に浸る。
一息ついて、お茶をズズッとすすってから、ようやく感想を口にした。
「おいしいなんてもんじゃないですよ。これまでお金ないからって甘いものなんて師匠は買ってくれませんでしたから、なおさらです」
「言うじゃねぇか」
「こんなにおいしいなら、お母さんにもいつか食べさせてあげたいですね」
「そうだな、また機会があったらだな。で、もう満足か?」
「いいえ、全然です! おばあさーん! お団子もう1本お願いします!」
「あ、俺は5本追加ねー!」
悠真は次の団子を待つ間、珍しそうに店をキョロキョロと見渡した。
「それにしても、このお店ってずいぶん変わった形してますよね」
「あー、お前は時代劇や水茶屋つってもわかんねぇか。団子屋っていえばこういう店のほうが風情あんだよ。店主の趣味がいいのさ」
「へー、じゃあこういうお店って結構あるものなんですか?」
「そんなこともねぇな、結構珍しいわ。俺も最後に見たのは10年以上前か? まぁニッチな需要ってのがあんのよ」
「ふーん……」
悠真は気のない返事をしてから、ふと思い出したように師匠を見上げた。
「そういえば師匠、さっきはどこ行ってたんですか?」
「……いつの話だ?」
「道で手帳を開いたと思ったら、どこかに見せつけてたときですよ」
「言っただろ、30km先でこっち見てた嬢ちゃんのとこさ」
「子供だからってからかってます?」
悠真は目を細め、師匠を疑わしげに見た。
「さすがにそんな嘘くらい分かりますよ」
「ひでぇなぁ、自分の師匠のことも信じらんねぇのかよ」
「日頃の行いですよ。そもそも、そんな遠くのことわかるわけないじゃないですか」
「んなことないぜ。今だって向こうで可愛らしい姉ちゃんが白いのフリフリしてこっち見てるわ」
師匠は鉄パイプの先を空へ向けた。
悠真がその先を目で追っても、青空が広がっているばかりだった。
呆れて、温かいお茶をすする。
そこで師匠がふと思い出したように口を開いた。
「あ、悠真。今ので思い出したんだが、そういや俺の首に賞金かけられたらしいわ」
ゴフッ、とお茶を吹き出しそうになったが、悠真は必死で堪えた。
この破天荒な師匠のことだ。もはや慣れっこである。
ここで驚いてたまるかと平然を装い、何食わぬ顔でお茶をすすり続ける。
だが、師匠の追撃は容赦なかった。
「俺の首500億だってさ」
今度は無理だった。
ブハッとお茶を思いきり噴き出し、激しくむせ返る。
「いや〜、モテる男はつらいねぇ」
悠真は涙目になりながら、驚きと呆れの混ざった視線を師匠にぶつけることしかできない。
「なんでそんな平然としていられるんですか! ご、500億ですよ!?」
「いやぁ、俺もいよいよ500億の価値がある男になったわけだ。嬉しいじゃない」
師匠は相変わらずニヤニヤとふざけている。
「おばあさーん! お茶ももう1杯お願いしまーす!」
次の団子が届くまでの間、悠真の心はちっとも穏やかではなかった。
一体いつ、どこから命を狙われるか分からない。それなのに、なぜこの男はこんなに呑気なのだ。
だが、追加の団子が運ばれてくると、その心配は綺麗さっぱり消し飛んだ。
お茶と一緒に運ばれてきたのは、1本だけ乗った可愛いお皿と、贅沢にも5本が積まれたお皿。
さっき食べたばかりだというのに、悠真は再び串を手に取り、まるで美術品でも見るかのように見つめる。
……が、その串を横から師匠がひょいと奪い取った。
「な、何するんですか!」
「お前の食べ方はおこちゃまなんだよ。大人はこうやって食べるの」
言うが早いか、師匠は両手に串を3本ずつ、計6本の団子を掴んだ。
そして大きな口を開け、一気に口の中へと放り込む。
悠真に向けて「どうだ」と得意げな表情で見下ろした――が。
「それが大人のすることですか」
悠真が不服そうにそっぽを向いた次の瞬間。
背後から、師匠のくぐもったうめき声が響いた。
「ゲホッ……ご、ごほっ! 悠真……!」
喉元を押さえて苦しそうにもがく師匠。
だが、悠真よりも先に過剰反応したのは、奥にいた二人の男たちだった。
「まずい、毒か!」
「ちっ、殺し屋がいやがったか! やられた!」
しかし、悠真はきわめて冷静に、淹れたてのお茶をスッと師匠の前に差し出した。
師匠はそれをひったくるように奪い、一気に胃袋へ流し込む。
「ぷはぁっ! 死ぬかと思った……!」
「あんな食べ方するからですよ」
ため息をつく悠真。ふと、周囲の視線に気づいて恥ずかしそうに辺りを見渡すと、奥の二人とバッチリ目が合ってしまった。
「悠真、お茶のおかわりいるか? お前、まだ飲んでなかっただろ」
「……もういいです!」
悠真は顔を真っ赤にしてうつむいた。
あんな恥ずかしい身内の醜態を、他人にバッチリ見られてしまった。
一方、奥の二人組は、冷や汗を流しながら激しい安堵と焦燥に駆られていた。
「あの男、あのガキがいなければ死んでいただろ」
「本当にあれであってんのかよ。ちょっと不安になってきたぜ、俺……」
当の張本人は、依然としてのほほんとしている。
「団子でも、あんだけ食えば腹にたまるもんだな」
いたたまれなくなった悠真は、もじもじしながら師匠の袖をツンツンと引っ張った。
「どした、悠真」
「師匠、早く行きましょうよ……。お団子食べ終わって、もう20分は経ちますよ……」
「なんでぃ、食った後は余韻に浸らせてくれよ。それに悠真、1本しか食ってなかっただろ、本当におかわりいらないのか?」
「だからいいですって! 僕、先に行ってますからね!」
耐えかねた悠真は、その場から走り去ってしまった。
恥ずかしさのあまり、さっき聞いたばかりの「殺し屋から狙われている」という危機すら忘れて、一目散に駆け出していく。
「せっかちな奴だな。おばちゃんお茶おかわりちょうだい!」
その声に「あいよ」と生返事をし、店主は店の奥へと引っ込んだ。
しかし、師匠に背を向けた顔には、冷や汗が浮かんでいた。
(なんだってんだいありゃ。一口食ったら象でも10分でお陀仏だってのに、6本も食ってまるでぴんぴんしてるじゃないかい)
おばあさんは、暖簾の隙間から怯えるように師匠を睨みつける。
(500億が目の前にいるってのに……あたしにどうしろってんだい!)
下唇を噛み締め、壁に爪を立てるようにして戦慄するおばあさん。
やがて、おばあさんが震える手でお茶を運んできた。
師匠はそれを一気に飲み干すと、縁台から立ち上がった。
「さて、お勘定だ」
暖簾をくぐって店の土間に入り、おばあさんの前で懐に手を入れた。
「お会計、えーっと……団子8本とお茶で……」
おばあさんの言葉を遮るように、師匠が不敵に笑った。
「500億にはちょいと足らんが、これで勘弁してくれ。釣りはいらんよ」
ポン、と小さな革袋を台に置くと、師匠はそのまま店を出ていこうと出口へ向かって歩き出した。
(分かってたのかい……!)
おばあさんが戦慄する中、師匠は暖簾の手前でふっと足を止めた。
振り返りもせず、ただ静かに、けれど芯の通った声が店内に落ちる。
「次は弟子巻き込むなよ。――団子は美味かったぜ」
それだけを言い残すと、師匠はひらりと暖簾をくぐり、走り去った悠真の後を追いかけていった。
おばあさんはしばらく呆然としていたが、やがて目の前の袋に恐る恐る手を伸ばした。
何しろ、あの男が「500億にはちょいと足らん」と言い残したのだ。とてつもない大金が入っているに違いない。
ごくりと唾を飲み込み、紐を緩めて中を覗き込む。
そこに入っていたのは、ちょうど団子「2本分」のきっかりとした代金だった。
――街道の先で悠真に追いついた師匠は、いつも以上にヘラヘラとした、どこか企みのある笑みを浮かべていた。
「お待たせ、悠真」
「……。師匠、なんだかいつもより嬉しそうですね」
何かまたろくでもないことをしたに違いない。
悠真が疑いの目を向けると、師匠はわざとらしく視線をそらす。
「そう? 別に何もないけどな〜」
「……お金」
その一言に、師匠の肩が一瞬ビクついたのを、悠真は見逃さなかった。
「お金、ちゃんと払いましたよね? 師匠」
師匠はわざわざ丁寧に顔ごと視線をずらして口をすぼめた。
「……払ったよ(2本分はな)」
その態度ですべてを察した悠真は、にっこりと極上の笑顔を浮かべた。
そして、そのまま「こっちへおいで」と手招きする。
「それは安心しました。ところで師匠、ちょっと耳を貸してください」
言われるがままに師匠が耳を近づけると、悠真はその耳を思いっきり鷲掴みにし、そのまま来た道を引きずり戻し始めた。
「それくらいちゃんとしてください! お金だってたんまり持ってるんですから!!」
「おい、ちょ、悠真! 耳! 耳引っ張るのはないぜ! 待ってくれよぉ!」
師匠は今にも倒れそうな体勢のまま、器用に悠真に引っ張られていった。




