必殺技
ガコッ、と鈍い音が響き、両者の額がぶつかった。
ミーシャはそのままリングの端へ弾き飛ばされる。
『で、でたぁーーーー!! 2か月前ホーガンを沈めたあの頭突きだぁーーーー!! これは決まったか!!』
(いや、たぶん浅かった)
悠真が見つめる先で、ミーシャはスッと上体を起こした。
「いっったーーーい! なに! そっちも能力者なの!?」
内股に座り、額を押さえて客席へ顔を向ける。
『いや! ミーシャ、まだ落ちず! 試合続行です!!』
(あっぶな! 異変に気付いたからよかったけど、あと少しロープの収縮が遅かったらモロくらってた……! てか、サービスする余裕全然ないんだけど!)
そう思いながらも、痛がるポーズは欠かさなかった。
観客が沸く中、一切反応しない一人の男と目が合った。先ほど遅れて入ってきた二人組の一人だ。
ミーシャはすぐに視線を外し、ほかの客へ愛嬌を振りまいた。
一連の動きを見ていたホーガンが、隣の師匠へ話しかけた。
「それにしても、坊主も2か月でずいぶん強くなったな。メンタルだけじゃなく動きも前と別もんじゃねぇか。いったい何させたんだよ」
「あぁ、ちょいと殺し屋の相手をさせてみたよ」
「……は? 殺し屋って、……あんたの500億の首狙ってきたプロか?」
「それしかないだろ」
「……えげつねぇ。いやわかってたんだけど、いやほんまえげつねぇなあんた。悪魔の方がまだ優しいって」
「よせやい、照れるだろ」
ホーガンはポカンとするしかなかった。
悠真は、座ったまま客席へ顔を向けているミーシャを見ていた。
ミーシャがこちらへ声をかける。
「あのね、サービス中に空気読んでくれんのもうれしいんだけどさ! こういうときにも気にせず攻撃してもらったほうが、試合も盛り上がっちゃうんだよね!」
悠真はハッとした。
全力で戦うと約束したばかりなのに、また待ってしまっていた。
慌てて踏み込み、攻撃へ移ろうとする。
(だってそのほうが、ずっとやりやすいから!)
ミーシャの口元が緩んだ。
前のめりになった悠真の顔の前に、3本1組のロープが現れる。
間隔は、リングに張られたものより狭かった。
踏み込んだ勢いのまま、悠真の頭が2本の隙間へすっぽりと入ってしまう。
(しまっ……!)
頭を引こうとしても、強く張られたロープが引っ掛かった。入った時のような勢いがなければ、押し広げられない。
その一瞬を、ミーシャは見逃さなかった。
座った姿勢から跳ね起き、両足を突き出す。
「ばぁぁくねつぅぅドロップキーーーック!」
悠真の顔面へ、ドロップキックが直撃した。
衝撃で頭がロープの隙間から抜け、身体ごと後方へ吹き飛ばされる。
『ここで炸裂! ミーシャによる爆熱ドロップキック! 大層な名前ですが、その中身はただのドロップキックです!』
ミーシャは着地し、足を気にするように動かした。
「いてて、かったいなー。また一瞬で顔にオーラ集めるなんて、反射神経っていうかオーラ操作どうなってんの? てか蹴ったミーシャの足のほうがダメージおっきかったりして」
悠真はすぐに体勢を立て直した。鼻から血が流れている。
「あ、でもちゃんとダメージ入ってるっぽいね。残念ながらミーシャは待ちキャラも担当できちゃうんだ」
悠真は腕で鼻血を拭い、息を整えた。
(空気の壁は間に合わなかったけど、なんとかダメージは抑えた。それより、この人に自分から攻撃しちゃだめだ。さっきみたいに突然ロープが現れてカウンターされる。やっぱり、ミーシャさんから攻撃してきたところを迎え撃つ……!)
構えを固めた悠真を見て、ミーシャは小さく息を吐いた。
(まぁ、そりゃもう付き合ってくれないよね。こっからは私がまた攻めなきゃか)
ゆっくりと悠真へ歩き出す。
「いいよ、ミーシャから攻めてあげる。だから、全力でガード張ってよね」
空中に、垂直に伸びるロープが現れた。
ミーシャはそれを掴み、ロープを軸に身体を外へ伸ばして回り始める。
脚を曲げ、身体を小さくまとめるにつれて、回転が速くなった。
ついには身体が水平に浮き、風が悠真のところまで吹きつけてくる。
(この勢い、たぶん全力でガードしても無傷じゃ済まない……! だったら、当たらないところまで行くだけ!)
悠真は回転の届かない方へ下がった。
だが、ミーシャはロープから手を放し、その勢いで移動する。悠真の近くへ新たなロープを作り、掴み直して回転を続けた。
「無駄だよ! ちゃんと追いかけるくらいはできるから!」
また離れようとしても、ミーシャが追ってくる。
「気分悪くなるし、ほんとはしんどいからしたくなかったけど! やったからにはミーシャの全力を受け止めてね! ミーシャの本気とその最強ガード、どっちが強いか勝負だよ!」
悠真は足を止め、構えた。
必要な分だけオーラを身体に残し、残りをできる限り腕へ集める。
ミーシャの回転を追い、左から来る蹴りへ防御を向けた。
「ちゃんと正々堂々、タイミング教えてあげるから!」
悠真は呼吸を整えた。
ブゥン、ブゥンと、回転する音が耳に届く。
「じゃあいっくよー!」
曲げられていたミーシャの脚が伸びた。
左から迫る蹴りを、悠真は固めた腕で迎え撃とうとした。
だが、その直前、脚の軌道上にロープが現れる。
ミーシャはそこへ蹴りを当て、反発で回転を逆向きに切り替えた。
次の蹴りは、右から来た。
腕を戻す間もなく、悠真の身体へ打ち込まれる。
「うぐぁっ!」
リングの上を、悠真が滑り転がった。
「ごっめんねー! ブラフ含めて全力だもん!」
しかし、悠真はゆっくりと立ち上がった。
「うっそーん! なんでなんで! 絶対ミーシャの決まったじゃん!」
悠真は荒い息の間に、言葉を漏らした。
「よかった……。念のため、空気の壁で最低限の防御張っておいて。壁が壊れて身体にぶつかるまでに、オーラの移動がギリギリ……本当にギリギリ間に合った……」
「そのタフネス、ちょっとチートじゃん! もう萎えちゃうなぁ~! せっかくびしっと決まったと思ったのに」
身体は激しく痛んでいた。
それでも悠真は痛むところを押さえず、平然と構え直す。
(でも、もう次同じの食らったら立てない……。ミーシャさんも今の技はしたくないって言ってたんだ。どうにか平気なふりをして、ほかの攻撃を誘うしかない……!)
「えー、全然効いてないっぽい!」
ミーシャは悠真の顔を見た。それから、軽く笑う。
「でも、ブラフってこともあるよね? 本当はもう限界で、次来たらゲームオーバーって状態かも」
悠真は反応しなかった。
「んー、違うか! ぜっんぜん反応してくんないんだもん。でもよかったー、あれ、ミーシャも結構負担でかいんだよね」
(よかった、顔に出すだけの余裕がなくって、助かった……)
ミーシャはすかさず懐へ入り、ガードの上から蹴りを浴びせた。
踏ん張りがきかない。
悠真は再び弾き飛ばされ、リングに倒れた。
「さっきのが効いてる効いてないは別にしても、反応悪くなってきてるし? こういう戦いもこっからはできちゃうわけだよね」
悠真は痛みに耐えながら、上体を起こそうとした。
ミーシャは追撃せず、その姿を見ていた。
(あんだけ待ってもらってたし、ここで私がこの子に攻撃しちゃったらブーイングきちゃうだろうなー)
悠真はリングについた手に力を込め、荒い息を吐いた。
(あー、なんだろう。たぶん今までで一番ダメージ来てると思うのに)
悠真の口元に、笑みが浮かんだ。
(なんでかな、すごくわくわくする)
これまでの戦いは、生きるか死ぬかだった。
今は、どちらが強いかを競っている。
防がれて、騙されて、何度も倒されている。それでも、次はどう戦おうと考えるのが楽しかった。
悠真は立ち上がり、構えた。
(なんか、いまならできる気がする。切り離すオーラ、ここでチャレンジしてみないと、ですよね師匠……!)
後ろへ跳び、距離を取った。
ミーシャが近づくと、また下がる。
「ねー! ミーシャ、ガン逃げの相手なんてしたくないんだけど!」
(切り離して少しの間保つことはできても、攻撃として飛ばすのは、この数週間、一度も成功してない。ミーシャさんのペースに付き合ってたらできるわけない。ここは距離を取らなくちゃ)
「でもさ、やっぱり逃げなきゃってくらいには、ダメージ入ってるわけだよね」
ミーシャはロープを出さず、じりじりと距離を詰めてきた。
(今は集中する時間が欲しい……。仕方ない、ミーシャさんを信じるしか)
悠真は、観客席にも聞こえるように声を張った。
「ミーシャさん! 今度は……今度は僕が! 必殺技を使う番です!」
ミーシャの足が止まる。
(必殺技……、うぅ見たい気持ちはあるけど、さすがにリスクしかないなぁ。かと言って急いで攻撃してもしカウンター型の能力だったらどうするか。この子ずっと受け身のスタイルだから可能性は十分あるし……)
『なにーー?! 少年、まさかの必殺技宣言!! これまで散々必殺技を食らった少年による、ミーシャへのリベンジか?! 一体どんな必殺技が現れるんだぁーーーっ!』
(あーらら、これまたやりづらいなぁ。それ狙って大声出したんだろうけどさ。つまりは……、そういうことだよね?)
悠真は拳へオーラを集中させた。
「ごめんね……」
ミーシャが飛び出す。
「悪いけど、必殺技は自分で頑張って当ててね!」
(やっぱり、最後まで付き合ってはくれませんよね)
悠真は前へ手のひらを突き出した。
(でも、これだけ時間があったら……)
オーラがひと固まりになり、手のひらから飛び出した。
(遠距離攻撃……?! ヤバ、避けらんない!)
塊はミーシャの顔をかすめ、そのまま霧散した。
「えっ、なに?! なんの能力……? ガス? 吸ったらデバフとか? それともただのスモークのつもり?」
考えを巡らせた一瞬を、悠真は逃さなかった。
ミーシャの腹部へ、渾身の正拳突きを打ち込む。
「ブォッ!」
ミーシャは吹き飛んだが、倒れずに着地した。
「相変わらずパワーすごいんだから、ミーシャの体重でこんなに飛ばすなんて。でもミスディレクションが必殺技ってのは性格悪いんじゃない?!」
(途中で弾が崩壊した……、失敗だ。でも、飛んだ! 飛ばせた! 感覚はなんとなくわかってきた、次はできる気がする!)
自分から離れたオーラが前へ飛んだ。その感覚が、手のひらに残っていた。
ミーシャは首をポキポキと鳴らした。
「必殺技ってのはね、もっとわかりやすく、もっと派手じゃないといけないの。ミーシャがお手本見したげる……!」
空中にロープが現れた。
ミーシャはそれを掴み、身体を縦に回す。脚を曲げ、身体を縮めると、回転する球のようになっていった。
「必殺技ってのはね! こういうのじゃなくっちゃ!」
リングのあちこちに、ロープが生成される。
ミーシャの掴んでいたロープが消え、回転の勢いで身体が後方へ飛んだ。
リングに備え付けられたロープが、それを受け止めた。
「ホーガンさんに負けてから必死に練習した必殺技……。いっくよー! 変則急襲蹴り!」
ロープが縮み、ミーシャをはじき出す。
回転したまま、別のロープへ。その反発で、さらに別のロープへ。
跳ねるたびに速度が増していった。
ギュイイイン、と空気が悲鳴を上げる。
(速い、この前のトーチの落下よりずっと……! 全然目で追えない、オーラで位置を把握するのがやっとだ……!)
『おおーっとなんだこの技は! 前回能力を使用したホーガン戦でも見せることの無かった新技です!』
ミーシャが悠真の周囲を飛び回る。
まだ加速は止まらない。
(一体どこから攻撃してくる……? 横? それとも後ろ? いや、この人のことだ……!)
悠真は、目の前にあるリングのロープへ視線を向けた。
この技で、ミーシャが最初に身体を預けたロープだ。
ほかのロープは何度も使っているのに、あれだけは、最初の一度きりだった。
(この人ならきっと、最後はあれを使ってかっこよく決めたがるはずだ……!)
悠真は、ほかの方向から攻撃される可能性を捨てた。
目の前だけに狙いを絞り、構える。
(さすがに回転しててよく見えないけど、君のことだからきっと私が正面から攻撃するのなんてバレてんだろうなぁ。それでも、やっぱり正面突破が一番ロマンあるんだよね……!)
狙いどおり、ミーシャがそのロープへ激突した。
反発を受け、まっすぐ悠真へ飛んでくる。
身体は、下から上へ蹴り上げる方向に回っていた。
悠真は下へガードを向けなかった。
両手を前へ出し、何かを捕まえるように待ち構える。
ミーシャが脚を伸ばした。
その軌道上にロープが現れ、蹴りを受け止めて大きく伸びる。
同時に、彼女は頭上へ作った別のロープを掴んだ。
(残念だけど! 蹴り上げじゃなくて本命はかかと落とし! この速度のフェイントなら、反応できないでしょ!)
伸びたロープが脚を跳ね返し、その反動で、頭上のロープを支点に身体を切り返すはずだった。
だが、悠真の手が掴んだのは脚ではなく、蹴りを受けて伸びたロープだった。
そこへ空気の壁を作り、伸び切った位置で押さえ込む。
(ミーシャさんはずっと、最初のかかと落とし以外は大技の時に絶対フェイントを入れてた。だからきっと今回もそうするって……信じてましたよ!)
ロープは縮まなかった。
脚も、予定していた方向へ跳ね返ってこない。
反発を見込んで次の動きへ移ろうとしたミーシャの姿勢が崩れた。
(えっ――!)
焦った拍子に、頭上のロープを握る手が滑った。
支えを失った身体が宙へ流れ、脚も蹴りを当てたロープから離れる。
ミーシャの身体が、そのロープの正面へ差し掛かった。
悠真は手を放し、押さえていた空気の壁を解いた。
ミーシャ自身の蹴りで伸びたロープが、一気に縮む。
バヂン、と爆音が響き、彼女の身体を弾いた。
本日一番の勢いで、ミーシャは吹き飛ばされた。




