ミーシャ
悠真はホーガンと、リング上のミーシャを交互に見た。
「なんだよ、さっきは一戦だけやってくって言ってくれただろ。ミーシャのやつ最近連勝して調子に乗ってるからさ、坊主にはあいつに灸をすえてやってほしい。一度、上には上がいるってのを見せてやってくれ」
すると、ミーシャがホーガンへ声を張り上げた。
「どうですー、ホーガンさん! ミーシャ、ちょーっかっこよかったでしょ!」
「悪い、こいつらと話してて見てなかったわ!」
「ひっどーい! ミーシャのこと見てくれないなんて、マエストロさいってーーい!」
ミーシャはクルリと振り返り、観客に向けてアニメやゲームの必殺技のようなポーズをとり始めた。
ホーガンはやれやれと声を返す。
「俺は師匠じゃないし、そもそもお前のスタイルはルチャリブレじゃないだろ」
それから悠真へ向き直った。
「……まぁ、見たまんまのやつだ。悪いが坊主、あいつの相手をしてやってくれ」
これまで殺伐とした戦いばかり経験してきた悠真にとって、ミーシャの明るさは新鮮だった。
「仕方ないですねー。成長した僕の実力をお見せするとしますかー」
「あんがとな。おーい、ミーシャ! 次の対戦相手が決まったぞ!」
ミーシャは片膝を上げ、片手を前へ突き出した。
「お呼び! お呼ばれ! ミーシャちゃん! 次の相手はだっれかなー?!」
ホーガンが悠真の背中を優しく押す。
「ほら、行ってきな。坊主、お前のすごさ見せてやってくれ」
悠真は少し戸惑いながらもリングへ上がった。
「ミーシャ! この坊主が次の相手だ!」
「ええーーっ! こんな子供がミーシャと戦うのーー?!」
ホーガンの顔を確かめても、冗談を言っている様子はなかった。
「わー、マジなんだ。子供相手やりづらっ」
そこで、実況者がリング上の悠真に気づいた。
『少年! あの少年だ!! あの少年が帰ってきたーーー!!! 少年よ、みんな待ってたぜーーーー!!!』
あの日、この闘技場にいた観客たちから歓声が上がった。
「え、うそ……そんなに有名なのこの子?! ミーシャより目立ってんじゃん!」
悠真は気恥ずかしそうに身じろぎした。
『よくぞここへ帰ってきてくれた、少年! 今日も伝説を見せてくれ!』
「伝説ってそんな……。そんなに褒められたら照れちゃうじゃないですか」
両手で顔を隠す。その指の隙間から、こちらを見ている観客たちが見えた。
『戦績2戦無敗の少年に対するは、身長174cm、体重74キロ! 最近また体重が増えた絶賛6連勝中、戦績7勝2敗の新星ミーシャ! さぁ、みんなじゃんじゃん賭けて盛り上がっていこうぜーー!!』
「ねぇミーシャのだけなんか情報多くなーい?! ……って、まるでミーシャが挑戦者みたいな言い方じゃない!」
ミーシャが頬を膨らませる横で、悠真はようやく顔から手を離した。
「僕が挑戦を受ける側か……。なんだか新鮮だなぁ。みなさんの期待に応えられるように頑張らなくちゃ」
客席から人が立ち、我先にと投票窓口へ向かっていく。
その喧騒の中、ベンチに座ったままの師匠へ、ホーガンが尋ねた。
「ん? あんたは今回賭けないのか?」
「あー、今は無一文でな。ここへ来たのもファイトマネーのためだ」
「え、今日は表の試合だからファイトマネーは出ないぞ。俺らもほとんどボランティアみたいなもんだ」
師匠の笑みが止まった。
一拍置いて、リングへ声を張り上げる。
「おーい、悠真! 帰るぞ! どうやら金は出ねぇらしーわ!」
「えぇ……っ、師匠。1回やるって言っちゃったんですから、戦わせてくださいよ!」
「……知らね。勝手にしときな」
一方、ミーシャは自信満々に仁王立ちになり、投票の締め切りを待っていた。
「まぁあ、有名人だとしても大事なのは実力! 強いのはとーぜんミーシャだかんね! みんなミーシャに賭けて、僕くんのオッズ100倍とかいっちゃったりして!」
やがて、実況者がマイクを握り直した。
『さー、みなさんの投票も終わったようです! 今回、ブックメーカーがはじき出したオッズはなんと……!』
(聞くまでもなく私の圧勝だろうけどさっ……!)
『少年、1.05倍! 対するミーシャ、30倍!! これは一方的な結果だーー!』
「うそーん! 私のほうが人気ないの?!」
ホーガンが笑って声をかけた。
「おーい、ミーシャ。だってお前、俺に勝っちゃいないだろ」
「そんなの、誰がホーガンさんに勝てるんですか!」
「その坊主は、俺に勝ったぞ」
「……えっ?」
ミーシャは悠真を二度見した。
当の悠真は、まだ照れくさそうに頭を押さえている。
「うっそーん! こんな子供がホーガンさんに勝ったの?! ほとんど女の子じゃん!?」
「そいつを甘く見てると、痛い目見るぜ」
ホーガンは余裕の笑みを浮かべていた。
その隣で、師匠はミーシャを見ていた。いつもの笑みが薄れ、表情にわずかな真剣さがにじんでいる。
ふと、ミーシャもそちらへ目を向けた。
「……あれ? もしかして、あの男は……500億の……?」
(やばい、やばいって! 500億のおじさんがいるじゃん! 500億あったらコスプレし放題だしグッズ買いたい放題じゃん! え、どうしよう。殺すのはなんか気が引けるけど、でもお金は欲しい! あのおじさんを捕まえて依頼者のところまで連れていったら、10億……いや、1億だけでももらえないかな……!)
頭の中には、欲しかった衣装やグッズばかりが浮かんでいた。
師匠を見つめたまま黙り込むミーシャへ、悠真が声をかける。
「あのー、ミーシャさん? 大丈夫ですか?」
「ふぎゅっ?! だ、大丈夫! べ、べつに500億とか欲しくないしっ!」
(あー、うん。すごくわかりやすい人だ……)
「ねぇ、ミーシャぁ~! こんな子供よりさぁ~、そっちのおじさまと戦いたいなぁ~!」
「いや、ダメですからね? めちゃくちゃ狙ってますよね?」
「じゃあ、ミーシャが勝ったらさー、そのおじさまと戦わせてよ! それならいいよね?!」
「なんで勝手にOKもらえると思ってるんですこの人……」
悠真の背後で、師匠がベンチから立ち上がった。
「おう、いいぞー! 悠真に勝てたら、相手してやるよ!」
「また勝手に面倒ごと増やそうとするんですか、師匠!」
「じゃあ頑張って勝てよ」
師匠はヘラヘラと笑い、再びベンチへ腰を下ろした。
その言葉に最も反応したのは、ミーシャではなかった。
実況者がテーブルへ片足を乗せ、空いた手で師匠を指さす。
『なんと! あのベンチに腰かけている最強の男が、この少年に勝つことを条件にミーシャからの挑戦を受けて立つと申し出た!!』
観客席へ向けて、大きく腕を広げた。
『あの日、あの時ここにいた人はみな忘れたくとも忘れられませんでしょうが、この闘技場に最近足を運び始めた人はこの男をご存じないでしょう』
実況者はマイクを握り直し、当時の戦いを再現するように声を張った。
『泥酔し歩くこともままならない男がここに現れたと思えば、鬼神のごとき強さで圧勝に次ぐ圧勝!』
実況者は、思い出したくもないものを思い出したように顔を歪めた。
『だがしかし! 男はあろうことか闘技者と観客の区別がつかずに無差別攻撃を開始! 控えにいた闘技者がまとめて制止に入るも触れることすらできず皆返り討ち!』
実況者は空いた手で自分の胸を叩いた。自分も被害者なのだと訴えるように、声へ力がこもる。
『あの日、私含めその場にいた全員が病院送り! しかも男は「勝ったのにファイトマネーが出ねぇ」と文句を言い出す始末!』
実況者は師匠を指さし、声を張り上げた。
『倒れた客の財布を見つけるや、「なんだ、こんなとこにあるじゃねぇか」と中身を根こそぎ持ち去ったんです! それはファイトマネーじゃねぇ! 俺たちの金だ!!』
一度息を継ぎ、改めてマイクを口元へ寄せる。
『そんな大事件を起こした張本人、通称【悪魔のような男】でございます!! 繰り返します!! 悪魔のような男でございます!!』
会場から、師匠へ向けたブーイングが巻き起こった。
新しい客たちは、話を聞いて面白がるように笑っている。
その間から、恨みのこもったヤジも飛んでいた。
「えっ! 師匠そんなことしてたんですか?!」
「さぁな、覚えてねぇわ」
師匠は両手のひらを上へ向け、白を切った。
実況者は声を落とし、1本の指を立てる。
『そして忘れてはいけないことがもう1つ。出禁にしてわずか1週間後のこと、のこのことまたこの闘技場に現れ、なんと! なんとその噂をかぎつけ現れた伝説の殺し屋、あの解体屋さえも無傷にて返り討ちにした男です!!』
そのままテーブルへ飛び乗り、拳を高く突き上げた。
『この男のことは私も皆さんも嫌いで嫌いで仕方ないでしょうが、あの戦いぶりをもう見たくないと言えばそれは嘘でしょう! 私だってもう一度見てみたい!』
ヤジと歓声が入り交じって飛んだ。
「お前の戦いをまた見せてくれ!」
「今度は俺ら襲うなよ!」
「奪った金返せ!」
悠真もミーシャもそっちのけで、観客の視線が師匠へ集まっていく。
(なにそれただのバケモンじゃん! ムリムリムリ、500億とかそういう次元の話じゃないじゃん!)
ミーシャは冷や汗をかきながら、こそこそと実況席へ近づいた。
「あのぉ、今からでもさっきの話やっぱなしに……」
『少年には悪いが俺たちはあの男の戦いぶりをまた見てぇんだ! ミーシャ! 頑張ってくれ!!』
会場中からミーシャの名前を呼ぶ声が上がった。
(あ、でもこれいいかも……。ミーシャコール最高……!)
自分へ向けられた歓声に、頬が緩む。
勝った後のことは、もう頭から抜けていた。今は目の前の少年に勝って、この声援へ応えたい。
ミーシャはクルリと振り返り、拳を天高く掲げた。
「よぉーし! ミーシャ張り切っちゃうよ!!」
いつの間にかベンチを離れていたホーガンが、ポップコーンの入った容器を手に戻ってきた。
「悪いな、わざわざ盛り上げてくれて」
「別に構わねぇさ、これくらいやったほうが面白れぇだろ」
「これくらいしかできないが貰ってくれ、あんがとな」
師匠の横へ、ポップコーンを置いた。
「こういうのも始めたんだな」
「まぁな、賭け金と並んで今のメイン収入だよ。それよりもう始まりそうだ」
師匠は立ち上がり、リングのそばまで歩いた。
「悠真! 全力出して来いよ!」
悠真は顔を上げた。
照れて緩んでいた表情が、きりっと引き締まる。
「はい!」
実況者が再びマイクへ叫んだ。
『みんな、待たせちまったな! これ以上はもう待ちきれねぇよな! それじゃあ時間だ、レディーーーーーー!!』
二人が構える。
一瞬、会場が静まり返った。
『――ッゴーーーーーーーーーー!!!』
ゴングが打ち鳴らされる。
同時に、ミーシャが爆発的な踏み込みで悠真へ肉薄した。
(速攻で終わらせてあげる……っ!)
「記念すべき7連勝目はいただくね!」
宙へ舞い上がり、身体を回転させる。
全体重を乗せた渾身の踵落としが、悠真の頭上へ振り下ろされた――!




