第10話 平和島 ④
ハオイーシェンが当時の日本情勢の解説をはじめた。
『経済学者たちは日本列島の衛星写真、各都市の光度の減り具合、貿易収支、外からの監視から人口規模を推定して日本の経済規模や鎖国による衰退具合を測定していました。2126年時点でおよそ4割減と言われています』
日本列島の夜景。
その光が時間経過とともにどんどん減っていく。
どんどん、どんどん。
さらに人口規模の推定グラフは右肩下がりに減り続けていく。
2126年には約4000万という数値になった。
約100年前のおよそ1/3の国家。
これが今の日本連邦にいなる。
『しかし私はこの定説をどうしても信用できなかった。彼ら御用経済学者の想定では鎖国して10年ほどで国家破綻して民衆が決起する。現政権は崩壊して新政府の下で国際社会に復帰するといわれていました。ふふ、ご存じのようにそんなことは起きなかった。本来、経済学者というのは起きた事象から自分たちの位置を調べる航海士であって、水晶玉から未来を予想する占い師ではないのです。専門違いなのだから予想など外れて当然』
ふふふふ、と彼は笑う。
笑いたくなるのは分かるが、BMI経由で笑うのはやめてもらいたかった。
『おっと失礼。さて若かった私はどうしても知りたかった。鎖国しても安定している社会体制に、そしてフルダイブVRMMOを基幹に据えたネット世界というものを見たかった。だから私はBMIを接続して日本連邦のネットに侵入したのです』
最初より大人びたハオイーシェンがBMIと繋がる。
そしてアバターと言えばいいだろうか、ほとんどキャラデザが彼そのものであるネットキャラクターを操作する。
体の動きを確認してから意を決して光り輝く通信網に飛び込んだ。
わたしは決心がついていなかっただ、これは彼の記録。
一緒に通信網に飛び込み光の奔流に流される。
そしてデジタルトンネルを通り抜けた。
トンネルの先は数値と記号の羅列の世界ではなかった。
普通の青空が広がる現実世界と寸分たがわぬところだった。
ただし自然と呼べるものは青空を彩る白い雲ぐらい。
台地は均一なコンクリート質の地面がどこまでも続いていた。
遠くの風景からある程度離れると海になっていることは分かった。
巨大なオープンワールドの土地の中心部に巨大な建造物がある。
さらに放射線状に建物を並んでいた。
人もいる。
それも大勢。
一瞬ここがゲーム世界なのか現実なのかわからなくなった。
なぜなら人々が建物を建設していたからだ。
『日本連邦が鎖国をして10年ほど、私が30代とまだ若く野心的だった頃です。私はすぐに彼らの服装をコピーして偽装しました。そして彼らの都市を見て回りました。いま思うと勿体ない時間の浪費です』
ハオイーシェンはそういうが若い彼は好奇心のままにVR空間の未知の建造物を歩き回る。
わたしもその隣で同じように周りを見て回る。
それはゲームの未踏破地帯を歩くような冒険感覚と、知らない国家を観光旅行する旅行感覚が不思議と同居した体験だ。
行き交う人々、そこにある不思議な生活感、面白いのがAIと思われるマネキンのようなアバターが住人の下で働いていた。
まるで従業員のように、労働者のように、単純労働をこなしている。
もっと見ていたかったがハオイーシェンが奥へ奥へと進んでいった。
そのためわたしも立ち止まり事ができずに奥へと行く。
都市の中央にある巨大な建造物は建造中の塔だった。
遠くに見える看板の完成予想図から察することができた。
『私は不思議に感じた。なぜ? なぜ彼らは重機を使い建物を建設するのか? 仮想空間の都市建設に重機、大量の労働者、資材置き場。あまりにも不合理、あまりにも非効率、あまりにも非生産的。そこで働いている人につい訊ねた。なぜなのかと』
「すみません。なんで建物を建設してるのですか。ただのデータでしょう?」
AIアバターに指示を出している現場監督風の男がハオイーシェンを見る。
何度も同じ質問をされたのかうんざりしたような顔で答えた。
「なんだ。あんた若いのにドリフター派か?」
「ドリフター?」
その根本的に理解してないというセリフは運よく現場監督には聞こえなかったようだ。
「まったくシチズンが勝利したんだからもう諦めてくれよ。あんたらのレイヤーはそこの中央から地下に行けるようになってるだろ」
作業者は中央の作りかけの塔を指さした。
ハオイーシェンは指先の示す方を見ながらつぶやく。
「放浪者、流れ者……市民…………ここは現実を忠実に再現してるのですか?」
「なにを今更、そんなのAIによる仮想経済実験を数千回も繰り返して出した結論だろ。そうしないとデジタル経済は破綻しちまうんだよ。昔の映画でも言ってるだろ、ユートピアを作っても崩壊する。クソみたいな現実の中でしか人は生きられないんだよ」
ハオイーシェンは笑顔で礼を言ってから塔を目指した。
「はははははは、クソみたいな現実! 現実経済とVR経済の垣根を壊そうと言うのか!」
なんてすばらしいんだ!
そういってハオイーシェンは笑いながら塔を目指した。
塔は不思議な形をしていた。
2つの塔がねじれて絡み合うようにそびえていた。
巨大建造物に近づくと建設内容の看板が目に付いた。
完成予想図と計画名が書かれていた。
【プロジェクト:扶桑】
扶桑。
扶桑樹。
伝説の巨木。
予想図も巨大な樹のようなタワー型都市だ。
日本連邦はそれを作っている?
近づくと分かるが巨大建造物は現実離れした工法でつくられていた。
例えば物理的に不可能なほど高い、何千メートルも高くからクレーンで物資を引き上げる。
その物資も現実ではありえない質量を髪の毛のような細い糸でつるし上げていた。
現実っぽさと仮想現実っぽさが同居するバグった違和感を感じた。
「そこ、なにしてるの?」
塔の近くで陣頭指揮を執る人が語りかけてきた。
銀髪の幼さの残る小柄の女性。
その傍らには人型のマネキンのようなキャラクター。ただし執事のような見た目のAIアバターだ。
彼女の真紅の両目がわたしを鋭く射貫く。
わたしはドキッとした。
これはハオイーシェンが体験したイメージのはずなのに。
彼女はわたしを見ていた。
「ドリフターだ。地下に行きたい」
隣に立つハオイーシェンがわずかな会話から拾った情報をもとに返事をする。
わたしにはそんな芸当とうてい無理だと思った。
「そう。アンダーワールドは中央エレベーターから行ける」
今度はアンダーワールド。
地下世界。
冥界などの意味もある。
しかしネットのアングラサイトのような妙にしっくりくるものもある。
若きハオイーシェンはさも当然のように堂々と塔へと歩き始めた。
この胆力は見習わないといけない。
ただ、あまりにも堂々と歩くから彼は足元の青白く光る線に注意を向けなかった。
中央の塔を囲うような円形線。
まるで境界線。
冥界への境界線。
ピピッ。
彼が踏み越えると銀髪の女性が異変をキャッチする。
「待って、あなたにはブロックチェーン履歴が存在しない…………キサマ、ハッカーか?」
その言葉は冷たく、背筋が凍るほどだった。
とほぼ同時に上空から光の柱が落ちた。
ビュン。
ハオイーシェンのすぐ目の前にAIアバターがダウンロードされた。
ダウンロード、そう形容したくなる光景だった。
冥界の番人AIとでもいえばいいだろうか。
《任意同行を求めます。検査に同意してください》
「待った。現状の説明を求める」
ハオイーシェンがまるでさも当然の権利かのように主張した。
彼は何を考えているのか?
外のハオイーシェンがわたしの思っていることを読み取ったのか説明した。
『この時の私はこう考えたのです。これは第三世代AIに違いない。しかしその基礎部分は対話型チャットAIを使用しているはず。もしそうなら会話をし続けることで少しでも時間を稼ぎつつ、日本連邦の社会や仕組みを知ることができるのではないか? そう考えて目の前のAIに対してあらゆる質問をし続けました』
なんと大胆で同時に機知にとんだ方法だろう。
若いハオイーシェンは頭の回転が速く、いろいろな質問を繰り返した。
捜査令状、同意書の有無、内容の精査、弁護士の要求(すぐに弁護士AIがダウンロードされた)、正当性判断、しまいにはブロックチェーンの信頼性保証なんかも聞いていた。
傍から見ると滑稽でもあるハッカーとAIの問答による攻防。
膠着状態を動かしたのはあの銀髪の女性だった。
「管理者権限による強制執行」
その瞬間、AIから発射された光線がハオイーシェンを貫いた。
「まさかAIアバターにこんな脆弱性があるとはな。しかしおかげで次世代はより強固になるだろう」
銀髪の管理者は冷たい表情のまま、しかし口元だけ緩めた。
「ふ、さようなら名も知らぬハッカー殿」
イメージはそこで切り替わる。
BMIのモニターには強制ログアウトと表示されていた。
それにつながっていたハオイーシェンが放心状態になっていた。
イメージが急激に遠のいていく。
はるか遠くに去っていき、暗闇がわたしを覆う。
急激に光の点滅がチカチカする。
目に付けていたバイザーのような機械が離れる。
体中、全身の感覚が一気に戻り、汗による不快感でいっぱいになった。
目を開くとそこには年老いたハオイーシェンが立っていた。
わたしは現実に戻ってきた。




