第10話 平和島 ③
日本連邦へ。
ハオイーシェンはそう言った。
「日本……あなたがわたしを密輸すると言うこと?」
それに対して彼は首を横に振った。
「残念ながら私にあなたを日本連邦へ送り届ける伝手がありません。かの国で私はお尋ね者ですからね。これはあくまで可能性の話ですが、もし日本連邦へ行くチャンスがあれば迷わず行ってきてください。という個人的なお願いになります」
「言ってる意味がわからない」
彼はそれはそうだという顔をして、説明を続けた。
「そうですね。先日の日本連邦の発表についてですが――巷では再侵攻の宣言や武力威圧などと言っていますが私はそうは思いません。どちらかというと国交の正常化、あるいは限定的な交流の再開だと考えています。もしそうなら、あの国は日系人であるあなたに対してとても優しいでしょう。そして敵対的融和的どちらにせよ近い将来あなたは――あなただけは日本人の子供という関係から日本連邦へ行くチャンスが訪れると考えられます」
敵対的な侵攻だとしてもわ、わたしは保護される可能性が高い。
融和的な交流ならなおさら可能性が高い。
なるほど、しかしなぜ?
「なぜ? わたしに何をさせたいの?」
行けるチャンスがゼロより大きく数パーセントある。
それは大抵の人よりチャンスがあると言うこと。
だから次に聞きたいのは何を?
わたしに何をさせたい?
ハオイーシェンはやはり不敵な笑みを絶やさず言った。
「そうですね。言葉で述べるより当時を見ながらの方がいいでしょう」
BMIカプセルが動き出した。
首の後ろ、うなじの部分がチリチリしてきた。
「わたしの心に侵入する気!?」
「先ほども言った通り、手術によって神経接続しない限り心を犯すことはできません。ただ、映像を送るだけです。瞼を閉じゆっくり心の中に浮かぶ情景を見てください。目をつぶったら見える心の中の映像を見るのです」
思うにハオイーシェンはモテない。
なんでも強制する男ってキライ。
だけど、マフィアのお願いは聞くしかない。
「はいはい。わかりましたよ。どうせやるしかない」
イーシェンはバイザーのような機械を顔につけた。
「目を閉じて」
彼の声に従いわたしは目を閉じた。
光が点滅する。
暗くなる。
すると瞼の奥の飛蚊が光り出し、消えた。
目の電気信号がBMIに置き換わったのだ。
そして映像が心の中へ流れ込んできた。
最初は建物が、次に人々が、そして非常にくっきりした若者が、最後にハオイーシェンの声が。
『聞こえますか。その若者は50年前の若かりし頃の私です。そしてその映像の場所は全盛期の東京です』
言われて周りを見渡すと多くのペンシルタワーが空を穿つ、超超高層ビル群の東京、マイケル夫妻が写真で見せてくれた頃の東京があらわれた。
『この頃の私は十代のハッカーでした。一応当時の凄腕ハッカーの一人でして、毎日のように東京の本社に対してハッキングとデータ取得をしていました。いわゆる産業スパイですね。当時は日本連邦と東京の間を日本人は行き来できたので、東京の本社をハッキングすればいろいろな技術を得ることができました。今は不可能です』
次に東京から日本連邦へネットアクセスするイメージが流れ込んできた。
しかし次に宇宙からのネット通信のイメージがきた。
スペースΩ社のスターネット通信。
日本列島各地がそのネット通信網を利用しているのがわかる。
『見えますか? 今現在も日本連邦と世界のネットワークはつながっています。しかしこれは友好的なやり取りではなく、敵対的なハッキングやサーバー攻撃をしています。東京に来てからネット通信が不安定な時が何度もあったでしょう? それは日本連邦が保有する複数の量子コンピュータによる一斉攻撃による影響です。もっとも彼らが大規模サイバー攻撃をするのはハッキング攻撃に対する反撃がほとんどになります』
攻撃を示す情報通信の線が日本連邦からスペースネット網を通じて、北アメリカ大陸の各地を攻撃している。
そんなイメージが流れ込んできた。
キレイだと思った。
『綺麗でしょう。ええ、あなたの心の文字が表示されるので対話が可能です。変なことは考えないでください。さて、この攻撃によって互いの量子コンピュータを機能不全にするのですが、核融合炉を複数所有していると言われる日本連邦が常に優位です。ただし日本連邦側の守りが堅い最大の理由は中国のグレートウォールのようにネットのブロック化をして外との通信速度を極端に落としているからです。かつて100年前の情報通信自由化時代ならいざ知らず、現在のシリコンカーテンが閉ざされたネット環境ではわずかな通信速度の遅さが致命傷になります。ましてやスターネット通信では量子コンピュータの圧倒的な計算力の前ではすぐに対策と新防御方式の実施による無力化。つまり負け確定のいたちごっこ状態になります。基本的にあの国のネットにアクセスするのは不可能と言っていいでしょう』
シリコンカーテン。
かつて東西冷戦期に両陣営で鉄のカーテンで閉ざされた。
そんな断絶のカーテンのネット社会版がシリコンカーテンになる。
第二世代型AIによる自己進化と革新的新システムの発展によってネット環境に合わせて情報の断絶が起きる現象。
それは国や精力ごとの相互不理解を加速させて、程度の違いはあれどそれぞれの価値観の閉じた情報世界で生きている。
象徴的なのが日本連邦と東京のような同じ国の中で情報の断絶状態。
程度の差はあっても人々は信じたい情報世界で生きている。
誰もが知っていることだ。
『さて、私は龍家からの指示で日本連邦へのハッキングを命じられました。あの渋谷の旧テレビ局を支配下に置いたのも旧来の通信設備がまだ生きていて、テレビ局の特権で日本連邦へのアクセスラインが生きていたからです。もっとも日本連邦はすでに通信規格からなにまですべて変わっていたためハッキングには難儀しました。それでも当時最高レベルのAI、ある研究機関の試作量子コンピュータのおかげで日本連邦のネットにアクセスすることができたのです』
ハオイーシェンの声に興奮の色が含まれていた。
そしてイメージとして今度は膨大な数字の羅列が映し出される。
羅列は解析されて一定の情報へと変わっていく。
しかし整然とした数値ではあるが、まるで分らない。
『最初はその数字が何を意味するのかまったく分かりませんでした。しかし実は私はフルダイブ型ゲームというのは好きでして、このBMIも個人的な趣味で手に入れたんですよ。ある日趣味と実益を兼ねて発禁になった日本製VRMMOの内部データを解析しました。そして気づいたのです。このはゲームのデータだと、日本連邦のネットワーク情報の基幹部分にVRMMOゲームのシステムが組み込まれていると』
数値はやがて輪郭を持ち建物へと姿を変えた。
建物の寸法、間隔、オブジェクトの座標。
仮想空間が生成されていった。
『あの日、私はBMIを使い日本連邦が作り出した仮想空間へアクセスした。そこで見たのです。大量の量子コンピュータ、並列化したスーパーコンピュータ、それらを稼働させる何十もの核融合炉。何千ものAIとBMI経由でつながったユーザー、日本連邦市民たち。そんな彼らが作り上げた巨大な都市を』
つまり彼は、情報屋ハオイーシェンは、日本連邦の仮想空間の巨大都市に行ったのだ。




