第10話 平和島 ②
取調室のような場所。
男はバスィームと名乗った。
「すみません。少々問題がありまして」
「問題ですか?」
「ええ、じつは先ほど遊んだスロットは設定上JACKPOTが発生しないことになってるのです」
それはイカサマをしてると言うことだろうか?
「では不具合でしょうか?」
「エンジニアたちが調査中です」
微笑んでいるが目が笑っていない。
「あのレイラはどこへ、彼女は関係ありません」
「ええ、スタッフにも一応聞き取りをしています。なにせ額が額なので、少しばかりお待ちください」
それにしては物々しい感じがした。
「失礼します」
別の男が入ってきた。
バスィームが席を立ち、部屋の外で話を聞く。
小声なので何を話しているのかわからなかった。
微笑みの男が戻ってきた。
しかし何かあったのか少しだけ視線に困惑したような揺らぎがあった気がした。
「それではミサキさん。こちらへ」
男たちに連れられて別の部屋に移動する。
その部屋は円形の半径10メートルほどの部屋。
淡いオレンジの壁紙、いや照明の色か。
殺風景というよりシンプルながら近未来的でスタイリッシュな細部にこだわりのある部屋と言った方がいい。
部屋の中央にはカプセルのような形状の装置があった。
近未来の宇宙船に備えられてる冬眠カプセルと言えばわかるかな。
バスィームに促されてそこに座る。
両手両足が拘束された。
「それではそのままお待ちください」
そういってバスィームは部屋から出ていった。
「ちょっと! このまま放置!?」
ウソでしょ。
「あの~だれか~」
誰もいない。
しばらくすると部屋に別の男が入ってきた。
黒づくめの丸サングラスの男。
それからガタイのいい警護たち。
以前出会った気がする。
「これはこれは久しぶりです」
「その声はイーシェン?」
渋谷の情報屋ハオイーシェンだ。
「ええ、そうですよ。いやはやミサキさんもなかなか大変なことになってますね」
従えてる部下は見たことない人たち。
たぶんマフィアの兵隊。
「なんでここに? 何をするの?」
「ふむ、その二つの質問に答えたいところですが、少々説明が必要ですね。ええ、このカプセルが何か解りますか? いえ答えなくて結構、説明しましょう。まずはそうですね。あなたは三大禁忌をご存じですか?」
人の知性を試すような質問がきた。
「えっと……三大、核兵器とか?」
「それは大量破壊兵器あるいは条約禁止兵器ですね。それとは別の科学技術における三大禁忌です。まず一つは高性能AIつまり自己進化したり意識を持った第二・第三世代AIのことを指します。もう一つがゲノム編集人間・デザイナーベビーなどの強化人間を人為的に作ることが禁止されています。この二つは人類そのものへの脅威あるいは人類を変質させるため国際的に固く禁じられています。そして最後の一つが、このマシンになります」
「禁忌、まさかこれって……」
「ええ、これこそ人の思考を読み取り、あるいはイメージを植え付ける人心浸食装置。BMI(Brain–Machine Interface)です」
ブレイン-マシンインターフェース。
脳と機械が直接つながり情報をやり取りする装置。
いまは禁止されているフルダイブ型VRMMOゲームの基幹技術だ。
「若いので知らないかもしれませんが、この技術は100年以上前からずっと研究されていました。とくにアメリカのDARPA(国防高等研究計画局)は巨額の投資を続けていました。その成果として誕生したのがこの装置になります」
「知ってます。むかしにフルダイブ型ゲームとして話題になった装置ですよね」
「おや、ご存じでしたか。その通り、最初はPTSDを発症した兵士の心のケアや損失した手足を機械化して脳波で動かす目的で使われていました。しかし、ゲーム業界がこの技術でフルダイブ型VRゲームを開発するとその話題で世界が持ちきりになったのです。しかし社会に浸透するとこの技術を悪用し始めたのもまた事実。これはPTSDの治療ができるということはつまり心に侵入することができると言うこと。これをブレインハックと言います」
「ブレインハック……脳のハッキング」
脳を直接ハッキングする技術。
最初はそのようなことはありえないと言われていた。
だが、そもそも民衆の価値観は簡単に変化するものだった。
それは200年前はプロパガンダと呼ばれ、100年前はSNSと言われた。
フェイクニュースが蔓延してAIが社会に普及すると偽情報にどこまでも惑わされる人々が誕生した。
アメリカ、ロシア、中国の陰謀を信じる人。好みに合わせて信じる陰謀が変わる人。どの陰謀も信じない人。
しかも一度信じたらそれ以外は信じなくなるという厄介さ。
あまりの多さから、現在の歴史家たちは「人を操るのに催眠の必要なし、SNS一つで十分だ」と断じるほどであった。
フルダイブ型ゲームはそんな惑わされやすい人をさらに効率よく特定の価値観の変化を可能にした。と言われている。
だから禁止された。
「脳のハッキングと言ってもブレインハックは侵襲型BMI。つまり脳神経と機械を直接つなぐためのプラグを埋め込まないと上手くいきません。こちらの装置は非侵襲型BMIなのでご安心ください」
「非侵襲型? 安心? 拘束されて何を安心すればいいの?」
「非侵襲型とは神経接続はせず、こちらの装置で脳波を非接触形式で読み取り、脳のイメージを抽出します。わかりやすく言うと考えを読み取ることができます。次に装置側のイメージを送って映像や音、味、匂いと言った五感を頭の中で再生することもできます。もっとも非侵襲型では送れる情報は少なく、そこまで精度は高くありませんがね。ああ、それで最初の質問の答えです。なぜ私がここにいるのか。それはわたしがカジノへの装置の提供者であると同時に使用するときはわたしが立ち会うこと、という取り決めがあるからです。なにせ情報屋ですからね」
「情報抜き取り屋ということね」
情報駄々洩れ屋に対する皮肉のつもりだ。
なってないかもしれないけど。
「ふふふ、そして何をするのか。それはあなたを含めてカジノで悪事を働いたと思われる人々の記憶をちょっと覗かせてもらいます。ちなみにこの後には捕らえたセタガヤの戦闘員たちを調べていく予定です。すでに我々のジャンクヤードに拘束してるんですよ。あのゴミ共を」
ハオイーシェンの目は笑っていない。
武装勢力から情報を抜き取ると言う。
その事務作業の話を淡々と述べた。
「あの何となく、たぶんわたしの脳を調べてカジノに詐欺をしてないか調べようとしてるんでしょうけど、無駄ですよ。ほんとに何も知りません」
そもそもBMIでどこまで調べられる?
表層的な部分?
深層心理?
知らないからわからなかった。
「ええ、私もそう思ってますよ。ですからこうやってのんびり会話を楽しんでるのです。もう少ししたら私の部下たちがあなたの無実の証拠を見つけるでしょう。それまではしばらくお待ちください」
「え?」
拍子抜けした。
いや、それよりなら何で?
このハオイーシェンという男は何を考えてるの?
わたしにはわからなかった。
「実はあなたにお願いがあるのです。ちょっとした個人的なお願いです」
イーシェンが手を振ると部下たちが部屋の外へ行く。
つまり二人だけ、個人的なお願い、秘密の共有。
「なに、いったい何を?」
彼は丸サングラスを外して不敵な笑みを絶やさず言った。
「それは日本連邦へ行ってきてもらいたい」




