第10話 平和島 ①
梅田区に戻ってから大雨が降り続けた。
嵐の間は戦闘が下火になって落ち着きを取り戻していた。
今朝のテレビのニュースによるとセタガヤの武装勢力が優勢であり、警察部隊は敗走したという。
多人種特殊部隊は連携不足と士気の低さから非常に弱いと論客が批判していた。
嵐が過ぎて、快晴になると再開した羽田空港に殺到した。
わたしも状況が知りたくて羽田まで来ていた。
ネットから必要な情報が得られればいいのだけど、残念ながらネット規制によって何も情報が得られなかった。
「あら、ミサキちゃん」
「あ、お久しぶりです!」
偶然にも東京旅行中に出会ったマイケル夫妻とバッタリ出くわした。
「やあ、キミも帰国かな?」
「いえ、何が起きてるのか知りたくて見に来ただけです。お二人は帰国ですか?」
「あら~たいへんね。私たちはちょうど国外安全マップを確認したら、ここはオレンジになったの。だからね。旅行保険適応外なのよ。だからね、しょうがないから一時出国することにしたの」
「まったく保険屋たちは、とくにアメリカの保険はあくどいからね。仕方ないから情勢が安定するまでフィリピンにでも滞在しようと思ってるんだ。あそこの鉄道にも乗りたいからね」
「あはは、そうなんですね」
フィリピン。
日本よりはるか南。
東南アジアの海洋大国になる。
100年前はまだまだ発展途上の新興国だったが、今では海洋貿易大国というかつての日本のような立ち位置になった。
昔からの親日国ということもあって江戸鎖国期のオランダのように、日本連邦の貿易指定国になっていた。
つまり日本連邦唯一の貿易相手国ということだ。
羽田の航空ルートもフィリピンだけになる。
「ミサキちゃん。だんだん危険になってるからね。危ないと思ったらすぐに戻りなさい」
「……はい、そうですね」
戻る。帰る。その言葉がわたしには棘のように感じた。
わたしはマイケル夫妻と別れてから羽田空港を後にした。
途中、平和島カジノの途中下車した。
最初来たときはスルーしたが、いまの情勢だと客足も鈍り閑散としていた。
遊ぶ、もとい取材には絶好のタイミングだった。
訪れたのはタラフアシャルク・ゲーミング・エンターテイメント。通称TGEになる。
アラブ風建築を反映したカジノになる。
サウジアラビアのとある王族が出資して作られた。
正確にはゲーミングマシンが並ぶゲームセンターということになっている。
そのテレビゲームの内容がたまたまカジノ一色ということだ。
イスラム聖典に「酒も賭博も偶像崇拝も不浄。これを避けよ」とされている。
だからイスラム圏にはカジノがない。
お酒もタブー。
だけど宗教的なタブーは抜け道も多い、偶像崇拝はNGだけどアニメや漫画はOKだったり、賭博カジノはダメだけどテレビゲームなら問題なかったり、厳格な国と世俗的な国でもいろいろ解釈が違う。
施設の中は豪奢なつくりになっている。
黄金色を基調とした内装はそこら中から金の臭いが漂ってるんじゃないかと錯覚させる。
設置してある装置もただのテレビゲームにしては過剰なほど装飾が施されていた。
スロットマシンはディスプレイに賑やかなリール映像が映し出され、誰も遊んでなくても目を楽しませた。
タッチパネル式の巨大なディスプレイのテーブルにはルーレット、ポーカー、その他カードゲームが映し出されている。
ディーラーと客がパネルをタッチしてゲームを楽しんでいる。
ちなみに手札用のミニディスプレイは別にある。
とにかく全部がゲーミングマシンになっていた。
閑散としているが客はまだまだいた。
例えばサウジアラビア人。
彼らは運営の関係者なのかもしれない。
ほかには現地人のスタッフがけっこういる。
「ミサキ!?」
「レイラ、なんでここに?」
先日出会ったレイラがそこにいた。
「なんでって、わたしはここで働いてるからね」
見るとイスラム系のちょっときわどい方の、つまり踊り子の衣装を着ていた。
ここは異国の地で現地の異教徒に肌の露出の高い服を着せて接客をさせる。
なるほど宗教的無法地帯だと思った。
「わたしはちょっと取材に来たの」
「ああ、そういえば雑誌の記者か。それなら好きなので遊んでいきな。何か興味はおありですか?」
いきなり接客モードになる。
わたしはいろいろ遊んで回りたいと言った。
軍資金が多いわけじゃないし、何でもいいからいろいろ遊んで回りたかった。
「ならスロットから回すのがオススメね。いまはお客さん減って大当たりが少ないの、だから繰り越しで額が跳ね上がってるの。あれ見て」
彼女の指が指す方を向く。
スロットの近くの大型ディスプレイに0の桁がとても多い数値が映し出されていた。
「あれはなに?」
「大当たりが出たらあの額が全部手に入るの。ワクワクしない!」
「マジか」
「あと遊ぶには会員の専用カードが必要。やり取りするのはカジノ専用の仮想通貨TGEコインになるの。仮想通貨を現金にしたいなら、別の仮想通貨と交換することね。質問は?」
「大丈夫。その辺のヘンテコ通貨交換は新宿で教わってるから」
レイラに言われるままカジノ用カードを作って、軍資金の一部を専用通貨と交換した。
人って頭悪いからゼロの桁が4つ以上上がる謎通貨を見てちょっとだけ気分がよくなる。
スロットの一台に座って、カードを差し込む。
金額の入力画面になった。
とりあえず1プレイの最大額ベットした。
傍から見たら滑稽かもしれない。
政情不安定な地域のカジノで遊ぶ女。
けど、わたしはただ忘れたかっただけなんだと思う。
はじめて来た自分のルーツの国。
それがわずか数日で壊れていくのを見たくなかった。
銃撃戦のある外を。
何度も繰り返し見る悪夢を。
本社から退避命令が下ったら、アメリカに戻らないといけないことを。
帰る場所なんてないことを。
とにかく忘れたかった。
皆が言うカジノの熱狂によって、すべてを忘れたいと思った。
だからスロットを回した。
派手な柄のリールが回転する。
わざとらしい演出。
目がチカチカする点滅。
GRAND JACKPOT!
意味は「すんげー大当たり」だ。
気がついたらガタイのいい男たちに囲まれた。
そして、そのまま男たちにカジノの奥へと案内させられた。




